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七十三話 返礼と乱入


ニュクスの一撃によって吹き飛ばされたアルレルトは反射的に"天衣無縫(てんいむほう)"を発動して、建物に衝突する際の衝撃を何とか和らげた。


「うえぇぇぇ、がほっ!、げほっ!」


それでもアルレルトのダメージは少なくなく、腹に食らった一撃のせいでお腹を押さえて吐瀉物を撒き散らしてしまった。


「げほっ、先程食べたものが全部出てしまいました」


ほとんど吐き出しきったアルレルトはお腹を押さえながらも、黒鬼を杖のようにして立ち上がった。


「腹を貫通させるつもりで放ったんだけど生きているとはね!」

「…杖を持たない魔術師とは驚きましたよ」


三対の漆黒の羽を広げて近づいてきたニュクスの言葉に対してアルレルトは素直な感想を漏らした。


「それはそうだよ!、杖を使わず自在に魔術を使えるのは私くらいだからね!」


ニュクスは自慢げに胸を張ったが、意外にもその怪物じみた見た目に反してニュクスは整った顔立ちをしていた。


「ニュクス、《黒影の魔女》ですね」

「いかにも!、アルレルトが持つ手帳か、トビリスを渡して。渡さないなら殺すよ」

「アーネについては断固お断りですが、手帳ならば差し上げますよ、貴女が引いてくれるのならですが」


アルレルトが懐から手帳を取り出して見せると、ニュクスは露骨に嫌そうな顔を浮かべた。


「えぇー、正直言えばアルレルトとは死ぬまで殺し合いたいんだけどな!」

「戦闘狂の類いですか、引く気がないなら交渉は決裂です、それに俺だけ大きなダメージを負って貴女が軽傷なのも癪に障りますからね」

「今話してる間に少しは回復したでしょ?、なんなら回復瓶(ポーション)も使っていいよ?」


ニュクスが回復を勧めるのは十中八九万全のアルレルトと戦いたいからだろう、それを察したアルレルトは迷いなく回復瓶(ポーション)を煽って飲み干した。


回復瓶(ポーション)の空き瓶を捨てたアルレルトは深呼吸し、黒鬼の剣先をニュクスへ向け突きの構えを取った。


「回復したね、それじゃあ続きを始めようか!」

「はい、覚悟して下さい」


瞬間アルレルトの姿が消え、すぐさま滞空するニュクスの目の前に現れた。


「っ!」

「"神風流 白虎剣(びゃこけん)"」


ニュクスでも一瞬見失う速度は殺意の解放に加えて、天衣無縫による加速によってもたらされたものでアルレルトはそれを乗りこなして全力の突きを放った。


常人が食らった風穴が空くどころか、五体が砕けるほどの威力を誇る白虎剣をニュクスは反射的に六枚の羽と両手の爪を盾にして防いだが、突きは止まらずアルレルトとニュクスは遥か後ろの建物に衝突した。


「がはぁ!!?」

「これでおあいこですよ、ニュクス」

「があぁぁぁ!!?、痛っ!、けほっ!」


貫通こそしなかったもののアルレルトの突きの威力は余すことなく伝わり、ニュクスの胸の奥、肺へとダメージを与えていた。


それに加え、建物の壁に衝突としたせいで背中も痛かった。


アルレルトは剣を引き、後ろへ下がった。


「白虎剣でも貫けないとは貴女の魔術は攻守共に大変優れていますね」


胸を押えて血反吐を零すニュクスを他所にアルレルトはニュクスの魔術を分析していた。


「影を操っているようですのでさしずめ、影魔術と言ったところでしょうか」

「せ、正解。なかなかの分析力だね」


顔面蒼白で胸を押えながらもニュクスはよろよろと立ち上がった。


「ははは!、血を吐くなんて久しぶりだよ。赤髪君もたまには良いチョイスしてるね!」


ダメージを負っているにも関わらず高笑いするニュクスに呼応するように影の羽が広がり、両手から影の爪が伸びた。


回復瓶(ポーション)を使っても良いのですよ?」

「さっきの私の真似?、まぁ、お言葉には甘えるけど」


爪を通常の手に戻したニュクスは腰に下げるポーチから取り出した回復瓶(ポーション)を飲み干して、空瓶を捨てた。


「これで互いに万全だね!、存分に殺し合おう!、アルレルト!!」

「礼には礼を、殺意には殺意を返えさせていただきます!」


ニュクスとアルレルトは互いに一瞬消えると、互いの間合いの境界線で激突した。


「"影爪(クローズ)"!」

「"神風流 辻風"!」


左右から襲いかかる凶爪の乱舞を左右への連撃で対処し、捌いたアルレルトは牽制として屋根の一部を蹴り砕いて、射出した。


ニュクスは回避ではなく受けることを選択し、影爪で屋根の破片をバラバラに切り裂いた。


その隙に接近するアルレルトに対してニュクスは背中の羽でアルレルトの急所を狙ったがアルレルトが剣を鞘に納めていることに遅れて気付いた。


「"神風流 青龍剣"」


既に天衣無縫を発動したアルレルトの剣速はニュクスの反射速度を超え、彼女の胴を捉えて斬り裂いた。


「ぐぅ!、"影羽(フリュゲル)"」


苦し紛れの漆黒の羽の攻撃をバックステップで躱したアルレルトはニュクスを鋭く睨んだ。


「(わずかに身を反らして致命傷を躱したのか、やはり強い)」

「痛いなぁ、うふふ、これが凄腕の剣士の一撃かー」

「素敵な笑顔と褒めたいところですが、出し惜しみしてる余裕があるのですか?」


恍惚な笑みを浮かべるニュクスが本気を出てないことにアルレルトは薄々勘づいていた。


「誤解しない欲しいんだけど私の本気は見た目がダサいし制御が難しくて暴れ牛(ロデオ)みたいに暴走するから使えないんだよね」

「致命的な欠陥がある奥の手ということですか」

「そうそう、ごめんね。これはひとえに私の鍛練不足だよ」


今も傷口から出血しているのにも関わらずニュクスの表情に陰りはなく、笑みを浮かべてアルレルトと会話していた。


「そうですか、本気を出さないのならば次は苦しまずに一太刀で仕留めます」

「っ!!」


ニュクスはアルレルトが剣を八相に構えたのを見て、直感的に『死』を悟った。


(ああ、アルレルトは本当に次の一撃で私を仕留める気だ)


歴戦の勘からそう悟ったニュクスは非常に勿体ないと思った。


(赤髪君や腹黒王女様からは禁止されてるけど別にいっか!、アルレルトと本気で戦うには!)


「"影王の装い(ロードドレス)"」

「っ!」


祝詞を始めていたアルレルトはすぐにニュクスの変化に気付いた。


ニュクスの足元の影が膨れ上がり、彼女を全身を包み()()を始めた。


アルレルトは攻撃するか、一瞬迷ったがすぐに祝詞を続けることにした。


直感はニュクスに何もさせてはいけないと告げるが、それでも祝詞を優先した理由はニュクスの本気を見てみたいというアルレルトの剣士としての本能に他ならなかった。


ニュクスの変身は止まらず、黒い羽は大きさを増して合体すると一対の鳥の翼のように変わり、ニュクスの顔を影が覆うと恐ろしい形相の鬼面が現れた。


変身前のニュクスを見ていなければ、魔人(ディアボロス)が現れたのかと勘違いしてしまうほどの禍々しい姿だった。


「ふふ、なるほど、彼女自身が禁止するわけです。ニュクス、会話は出来ますか?」

『無理』

「要らぬ質問でしたね」


端的に返された鬼面越しのニュクスの低い声音からは何かを我慢しているのを感じ取り、アルレルトを笑みを浮かべた。


次の瞬間アルレルトとニュクスの姿は掻き消えた。


「"秘剣・龍爪(りゅうづめ)"!」

『"影王撃(ロードストライク)"!』


アルレルトの一撃はニュクスへ袈裟に振り下ろされるが、屋根の上で踏みとどまるアルレルトと空中で加速したニュクスではニュクスの方が速く、彼女の重い爪の一撃がアルレルトの左肩に命中した。


ゴキッンと鎖骨が折れて左肩が悲惨なことになり、ニュクスがそのまま袈裟に切り裂く前にアルレルトの龍爪がニュクスの左肩にめり込んだ。


既に鎖骨を斬り断ち、ニュクスを両断するべく刃が走っていた。


アルレルトとニュクスの戦いは先に相手を切り裂いた方の勝利である、二人は間延びした一瞬で鬼面越しに視線をぶつけ合い己の刃と爪に全力を込めた。


アルレルトとニュクスが死合に突入した瞬間、二人の横の空間が不自然に揺らいだ。


アルレルトが其方に目を向けた瞬間、空間が裂けて()()()()が二人を飲み込もうとするかのように現れた。


互いに集中していた二人は咄嗟に反応できず、二人がそのまま飲み込まれるかに見えたが屋根の上を走る別の獣がそれを阻止した。


「アル様!!」


両手両脚を獣化したアーネが裂けた空間から現れた獣の脳天に踵落としを打ち込んだ。


「ガブァァ?!」


獣は屋根に顔面をめり込ませて、アルレルトとニュクスは互いに剣と爪を抜いて横に跳んだ。


不安定な屋根の上なので少し滑ったが、無事に踏みとどまることが出来た。


「ローデス派の木っ端魔術師のくせにそこそこやるではないか」

「アルテレス派の魔術師!」


アーネは獣が現れた空間の裂け目とは別の裂け目から現れた魔術師を犬歯を剥き出しにして睨みつけるのだった。

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