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六十九話 獣使いと炎獄


「へぇー、人獣も手帳も手に入れられずシルヴィアにノコノコ追い返されて帰ってきたんだ」

「申し訳ありません」


シンシアは自分の主である《獣使い》オーリックに向けて、深く頭を垂れた。


シルヴィアに追い返されたシンシアは特区にあるグレスベルト派の塔の一つに帰還し、事の顛末を報告した後のオーリックの第一声が先程の言葉だ。


「謝ることは誰でも出来るんだよ、シンシア。君は人獣を奪う外の仕事に失敗した、そして今回も失敗した、この責任どう取るんだい?」


『シュルルルゥ』『ガルルルゥ』『ギュウウ』

「!!」


シンシアの背後だけでなくオーリックの傍に控える獣たちが唸り、シンシアは戦々恐々とした。


「か、監視はつけおりますので剣士が一人になったところを再び…」

「えぇー、人獣を守ってるアルレルト、だっけ?、其奴がそれなりに頭の回る男なら襲撃を警戒してなかなか外には出ないと思うけど?」

「そ、それは…」


オーリックの言葉に対して反論できる考えが見つからずシンシアは脂汗を垂らした。


「まぁ、いいや。それでも何とかするのが君の仕事だ。期待はしてないけどなるべく早く奪ってきてね。折角向こうからレーベンにやってきたんだからさ」


頭を下げたシンシアが去っていくを見もせず、オーリックはソファーの上に寝っ転がった。


「あぁ、シンシアは無能じゃないだけど要領が悪いな、僕がわざわざ魔力を全部奪って可愛いトビリスに変えたのに捕まえらないどころか、変な男が護衛になるし物事はなかなか上手くいかないな」

「仕方があるまい、それが世の中というものだ」


オーリックが寝っ転がるソファーの後ろに一人の魔術師が立っていたが、オーリックは特に驚かずソファーから起き上がった。


「あれ?、リアド、珍しいね、君の方から来るなんてさ」

「用事があって来た、グレスベルトさんがお前を呼んでいる」

「グレスベルトさんが?、なんで僕を?」

「どうやら一人でも戦力が欲しいようだ、《双杖》が訪ねてくるらしい」


リアドの言葉にオーリックは目を見開いて驚いた。


「《双杖》が!?、なんでさ?」

「知らん、《双杖》本人に聞け。とにかくついてこい」

「分かったよ、そう言う話なら行くよ」


リアドが長杖を振るうと、空間が裂けて鈍色の世界が現れリアドとオーリックは迷わずその中に入った。


一瞬で通り抜けると、目の前には二人にとって見慣れた光景が映った。


アルテレス派の中でも巨大な派閥を率いる《炎獄》のグレスベルトの塔の中だった。


「空間転移、いえ空間跳躍ね。初めて見たわ」

「っ!、貴様は《双杖》のイデアか!」

「ええ、そうよ、優秀な臣下がいるわね、グレスベルト」


《双杖》の象徴である純白のローブを美しく着こなした絶世の美少女であるイデアは豪奢なソファーに腰掛ける赤髪の男へ話しかけた。


「貴様の入室を許可した覚えはないぞ、《双杖》」


ソファーに腰掛けたままグレスベルトは鋭い眼光でイデアを睨みつけるが、睨みつけられた当人は何処吹く風状態だった。


「扉の前で待ってたら空間の魔力が揺らいでたから珍しい空間魔術が見れると思ったのよ、許して欲しいわ」


イデアが後ろへ杖を向けると、イデアが入ってきた時に破壊された扉が時間が巻き戻るように再生した。


「まぁ、ここでやり合うって言うのなら私は別に構わないわよ?」

「ーーーーふん、今回に限り許してやろう。座れ」


グレスベルトに促されたイデアは彼の向かいに当たるソファーに腰掛けた。


リアドとオーリックはイデアのことを警戒しながらも、グレスベルトの傍に控えた。


「…客が来たのにお茶の一つも出さないなんて失礼じゃない?」

「貴様が客?、笑わせるな。フルグラス派の魔術師に出す茶など一滴もない」

「思考が凝り固まってるわね、グレスベルト。柔軟な思考が使えないとシルヴィアに負けるわよ?」


イデアの挑発に対してグレスベルトは僅かに眉をひそめる程度に留めた。


「…貴様と問答するのは時間の無駄だ。用がないならば直ちに去れ」

「邪険にしないで頂戴、単刀直入に言えば今貴方がやっているフルグラス派への陰湿な攻撃を止めて欲しいのよ」


真理を突くようなイデアの言葉にグレスベルトは全て見抜かれていることを悟った。


(イデアが帰ってきたのは昨日だと聞く、昨日今日でもう知られているのか、相変わらず怪物じみた頭の良さだ)


グレスベルトは感心すると共にとりあえずとぼけることにした。


「はて?、貴様が何を言っているか、俺には分からんな」

「寝惚けたことを言うのは止めなさい、こっちは貴方の子飼いの魔術師の研究を片っ端から潰せることも出来るのよ?」

「やるがいいさ、《双杖》よ。そうなれば我らアルテレス派と貴様らフルグラス派は全面戦争になるぞ、貴様の望みはそれではないはずだ」


押し黙ったイデアにグレスベルトは口角を上げた。


「《双杖》よ、対立流派であるが魔術師としての功績に免じてそのまま帰ることを許そう」

「そう、対話する気はないということね」


イデアの眼光が鋭くなった瞬間、イデアの魔力が放たれてグレスベルトたちを包んだ。


「「!?」」


オーリックとリアドは動揺を顕にしたが、グレスベルトは特に驚かず涼しい顔をして魔力を放出し返した。


イデアとグレスベルトの凄まじい魔力同士が激突し、中間点で弾けた。


「帰るわ」


それだけ告げたイデアはソファーから立ち上がって、部屋から去っていった。


「リアド、《双杖》ってすげぇ美人だったね」

「貴様、あの場でそんなことを考えていたのか」


呆れた目でオーリックを見たリアドは溜息を我慢して、グレスベルトに話し掛けた。


「グレスベルトさん、《双杖》は我々がフルグラス派に攻撃していたことに気付いていましたけどいいんですか?」

「構わん、頭の良さは流石《双杖》と言ったところだがあの女には何も出来んさ。レーベンを離れ《双杖》にも関わらず派閥を持たんあの女は自らの流派でさえ味方ではないのだからな」


イデアを嘲笑うグレスベルトは優雅にソファーの背もたれに広げた手を乗せた。


「《双杖》よりも俺たちの敵は《天雷》だ。《剣神》などという厄介な存在を味方につけおって忌々しいが、オーリック、人造魔獣(キメラ)は完成したか?」

「あと一歩だよ、ウェアウルフ家の手帳か、あの可愛いトビリスちゃんが手に入れば今すぐにでも完成するのになー」


擦り寄るオーリックが何を求めているか、グレスベルトは即座に理解した。


「"暗闘団(ダークレギス)"を動かして欲しいのか?」

「うん!、あの影魔術の子を貸してほしいな、あとリアドも協力してくれたら完璧だね!」

「何故私がお前の為に動かねばならないのだ」


難色を示すリアドだったが、グレスベルトが冷たい目で見ていることに気付くと即座に態度を変えた。


「い、良いだろう。喜んで力を貸そう」

「やったね!、ありがとう、リアド!」


喜ぶオーリックに反応せずリアドは冷や汗を拭うのだった。


◆◆◆◆


「グレスベルト、相変わらず嫌な男ね。これなら望みは薄ね、やっぱり担ぎ上げるならシルヴィアかしら?」


グレスベルトの塔を出たイデアは帰還するために飛行する最中、考えを口にしながら思考を纏めていた。


「(シルヴィアは良識があるし古代魔術の知識を代価にすれば引き込めるかしら?、それとグレスベルトたちが何かしようとしていたのも気になるわね)」


色々考えているとイデアは周囲に建ち並ぶ塔の中でも最も高い《双杖の塔》へ到着し、中層に位置する場所のベランダに着地した。


「「お帰りなさいませ、イデア様」」


ベランダに着地したイデアをメイド服を来た二人の魔術人形(ドール)が出迎えた。


「イデア様、お父上であるカイゼル・ガーランド卿がお見えです」

「追い返して、あのクソ親父と会う気はないわ」


「クソ親父とは酷いことを言ってくれるな、イデア」

「!?」


聞きたくもなかった男の声にイデアが目を向けると、イデアがこの世で最も嫌悪する男で父親でもある男が立っていた。

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