六十八話 見学と最高の治癒師
「痛てぇよ、クソ竜」
「グルゥ!」
「同じ手を何度も食らうか」
ムスッとしたヴィヴィアンの頭突きを今度は避けたネロはなんだか疲れて溜息が出た。
「飼い主ではないと仰っていましたけど仲が良いのですね」
「今のやり取りの何を見たらそう思えるんだよ」
ネロは微笑ましそうに笑うユリハに悪態をついたが、頭を振って謝った。
「あー、悪い、見苦しいところを見せたよ。リューラン孤児院は良い所のなのは分かるよ、子供が笑ってるからな」
「子供の笑顔はかけがいのないものですからね」
ネロはユリハのような善意で人を助ける者もいるのだと、受け入れることにした。
(世界は広いな、こんな場所で私とカラも拾われてたら…いや、意味の無い考えは止めろ)
自分の意味の無い思考を止めたネロはこの孤児院に来た理由を説明した。
「なるほど、それでディオがネロさんに戦い方を教えてもらうと言っていたのですね」
「自分を卑下する同族は子供だろうと見てられなくてな、私は小人族であることを誇りに思ってるからよ」
「……ネロさんのような小人族には初めて会いました」
「そうだろうよ、昔は私もディオと同じ考えだったからな」
ネロは思う、小人族がまず取り組むべきは自意識の変革だ。
多くの小人族は自分を人間と比べ、劣っていると思い卑下してしまう。
それでは人間からの差別に打ち勝つなど決して不可能だ、まずは小人族たちが強くならなくてはいけない。
「良かったら孤児院の中を見ていきませんか?、中には子供たちくらいしかいませんが」
「見せてくれ、特に今日はこれといった用事はないからな」
ネロはユリハの言葉に甘えて、ヴィヴィアンを庭で待たせて孤児院の中に入る。
リューラン孤児院は三階建ての建物で、多少傷んでいるはいるが綺麗なところでそこら辺で子供と彼らを見守る大人の女性の姿を見かける。
「さっき仕事がどうとか言ってたけど掃除や洗濯のことなのか?」
「はい、五歳になった子供からお仕事として手伝わせています。何せたくさんの子供たちがいますから職員の私たちだけでは人手が足りません」
「なるほど、効率はいいな。成人するまで仕事をやらせるのか?」
「いいえ、十二歳になったら学のある職員が勉強を教えます。文字や王国の歴史、あとは魔術ですね」
「魔術も教えるのか?」
「はい、とは言っても月に一度王立治療院からリューラン先生が来てくださって治癒魔術を教えてくれるだけですよ」
治癒魔術はかなり高度な魔術で普通は治癒師の弟子になって、教えを受けるしかないとイデアが言っていたのを思い出して驚いた。
「そのリューラン先生って何者だ?、子供に治癒魔術を教えるメリットはないだろ」
「あの方はメリットやデメリットで行動する人ではないのですよ、ネロさんには信じられないかもしれませんがリューラン先生は怪我や病気の根絶を目指しているのです」
「いきなり褒め殺しとは照れるね、ユリハ」
「っ!!」
ネロは気配で向かいから人が歩いてきているのには気付いたが、声を掛けてきた人物には驚きを隠せなかった。
院長のことをユリハと呼び捨てで呼んだのは青色の髪に赤色の瞳を持つ美女、否、美青年だった。
(男だよな?)
ネロが疑問に思ったのも無理はなかった、目の前の人物は佇まいが女性のそれであり、唯一低い声音のお陰で男であることが分かった。
「其方の君はお客さんかな?、私はサルース・リューラン、しがない治癒師だよ。皆には先生と呼ばれてる」
「私はネロだ、勘違いだったら悪いがアンタがこの街最高の治癒師か?」
ネロがそんなことを聞いたのはサルースが持つ雰囲気のせいだった。
力のある人間はその人が纏う雰囲気で分かるというのがネロの持論だが、サルースが持つ雰囲気はアルレルトやイデアのように力がある者と同じであった。
「巷では私をそう呼ぶ者もいるようだけど、誰か治癒して欲しい人がいるのかな?」
「あっ、いや、そうじゃなくて何となく気になっただけだよ」
目の前に立つサルースがイデアが勧誘したがっている治癒師であることは分かったが、いきなり彼を勧誘する勇気はネロにはなかった。
「先生、ネロさんは外の街から来た方だそうで孤児院を見て大変驚かれていました」
「無理もないね、私だってこの施設を作るのにとても苦労した。ネロ君、君はこの孤児院をどう思った?、率直な感想を聞きたい」
リューランの問いにネロは特に考えず淀みなく答えた。
「ユリハ院長にも言ったけど良い所だと思うよ、この施設をアンタが作ったのならとんでもない功績だ」
「ありがとう、ネロ君。立場上褒められたり感謝されるのは慣れてるが外の街から来た君に言われると誇らしいね」
嬉しそうに微笑みを浮かべるサルースにネロもなんだか照れ臭い気持ちになった。
「それじゃあ私は仕事が立て込んでいるから失礼するね。ネロ君、いつでも孤児院には来てくれ、子供たちも喜ぶと思う、私に会いたければ治療院に来てくれたまえ」
それだけ言い残してサルースは去っていった。
「今のがレーベン最高の治癒師か、孤児院を作った人って聞いたから年老いた人間を想像してたけど随分と若いんだな」
「ふふ、違いますよ、ネロさん。リューラン先生はお若く見えますが私よりも年上ですよ」
「ええっ!?」
ネロは驚いて、大きな声が出てしまった。
「リューラン先生は何の種族かは知りませんが長命種との半血だそうで私が物心ついた時から姿は少しも変わっていませんので恐らく百年は生きていると思いますよ」
「今日聞いたことの中でも一番驚いたぞ、でも長生きならこんな施設を作れたのも納得だな」
長命種と言えばイデアの師匠の賢者フルルも同じ存在だが、バーバラでは一度も見た事がなかったのでネロはレーベンは広いだけはあると思った。
「あっ!、見つけた!、同族の姉ちゃん、ユリハ先生と一緒だったのか!」
「ディオ、お仕事は終わったの?」
「うん!、ちゃんと運び終わったよ!」
元気良くユリハに答えたディオはネロの前にやってきた。
「同族の姉ちゃん、僕に戦い方を教えて」
ディオに頼まれたネロはユリハに目線を向けた。
ネロの意図を察したユリハが頷いてくれたので、ネロは改めてネロに向き直った。
「その前に聞いておくか。ディオ、お前は何のために戦い方を学ぶ?、気に入らない奴をぶっ飛ばすためか?、それとも魔獣を倒せる冒険者になるためか?」
「えっと、それは…」
「強くなる為には理由が必要だ、それが答えられないなら私は戦い方を教えないよ」
ネロは妹を守る為に強くなったが、その妹を人質に取られて、グラニスに利用され多くの人間を殺した。
それを後悔してはいないが、力を持つ小人族は邪な考えを持つ輩に利用される恐れがある。
ネロはディオに自分と同じ轍は踏ませる気はないし、力に溺れた小人族の面汚しにも育てるつもりもなかった。
「ネロさん、ディオにはまだ…」
「難しいことを言ってるのは分かってるよ、けどこれは大事なことなんだユリハ院長」
ネロはキッパリとそう言うが、結局ディオは答えが出せなかった。
「焦って答えを出す必要はないよ、ディオ。ここには何度も来てやるからその間に答えを出しといてくれ」
口には出さないがレーベンで特にやることのないネロは暇なので時間はあるのだ。
「…うん」
力無く頷いたディオはトボトボとした足取りで去っていった。
「ネロさん、ディオの為に色々ありがとうございます。孤児院にはご自由にいらっしゃってください」
「ありがとう、ユリハ院長。ディオのことに関しては私のためでもあるから気にしないでくれ。また明日来るよ」
ディオの後ろの姿を見ながら、ネロは無意識に固く拳を握るのだった。
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