六十七話 ネロの主観と孤児院
四日連続投稿~~
アルレルトがシンシア率いる魔術師に襲撃され、逃げ回っている頃ネロの姿は平区にあった。
特に用事があったわけではないが、賢者の塔で本を読む気にもなれなかった(というかネロは簡単な文字しか読めない)ので街へ繰り出した。
「お前がいるのは予定してなかったけどな」
「グルゥ?」
首を傾げたヴィヴィアンになんでもないとネロは手を振った。
アルレルトはすぐに戻ってくると言って出掛けたので、同じく出かけようとしたネロはヴィヴィアンを留守番させようとしたのだが塔の主であるフルルに断られた。
「『亜竜が塔の中にいるのはヤダ』って気持ちは分かるけどよ」
愚痴が出るのは勘弁して欲しいとネロは思う。
そもそもネロには従魔の首輪が着いていないヴィヴィアンがアルレルトに従ってる理由もよく分からないからだ。
「はぁ」
思わず溜息が出るが、ヴィヴィアンが特に暴れずネロにはちゃんとついてくるだけマシかと考えを改めた。
(それにしてもあれだけ活気がない冒険者ギルドは初めて見たな、それともバーバラのギルドが特別活気があっただけなのか?)
ネロが平区に来た目的は冒険者ギルドに来ることだったのだが、先程訪れたレーベンの冒険者ギルドは驚く程に活気がなかった。
朝の早い時間にも関わらず冒険者がほとんどおらず、閑散とし依頼板を見ても、目新しい依頼はなかった。
バーバラの冒険者ギルドは早朝は見入りの良い依頼を取り合う冒険者でごった返し、その時間帯を過ぎても迷宮攻略を考える冒険者で溢れていた。
ネロはバーバラ以外の冒険者ギルドを初めて訪れたが、レーベンの冒険者ギルドは酷く寂しく感じた。
(リーダーの言う通り、魔術師の街だからなのか?)
バーバラは冒険者の街だがレーベンが魔術師の街というなら冒険者ギルドに活気がないのも納得出来る気がした。
そのせいというわけではないと思うが平区はバーバラの街と活気が劣っている気がした。
ネロは決してバーバラという街が好きというわけではなかったが、レーベンよりは良い街だったのかもしれないと思った。
「ん?」
そんなことを考えながら適当に平区を歩いているとふと視線を感じた。
ネロが視線を感じた方向に目を向けると、小柄の少年と目が合った。
ネロと目が合ったことに気付いた少年は慌てて、建物の影に隠れた。
「何だ…?」
殺気を感じないので首を傾げたネロは再び建物の影からこちらを伺う少年に直接に聞いてみることにした。
ヴィヴィアンの影に隠れて、探索役の技能で気配を消したネロは少年が見失って右往左往している間に少年の後ろに移動した。
「私になにか用か?」
「うぇ!?、うわぁ!?」
いきなり背後に現れたネロに話し掛けられた少年は驚いて転んでしまった。
「…何やってるんだよ、人のことをコソコソ覗いてたくせに」
「ご、ごめんなさい。同族が竜を連れているのを見つけたから」
「同族?、まさか小人族の子供か?」
「うん!、小人族のディオ!」
小人族は背丈の成長が子供の時に止まるので、小人族の子供は特に自己申告されないと小人族と見抜くのは難しいのだ。
「私はネロだ。それで?、何で私のことを覗いてたんだ?」
「竜を連れてる小人族は初めて見たから、気になって…」
「グルルゥ?」
「うわぁ!?、本当の竜だ!?」
ディオと名乗ったはヴィヴィアンを竜と呼んでいるがネロはその間違いを訂正した。
「そいつは竜じゃないぞ、そんな伝説の生き物を連れてるわけないだろ。亜竜だ。それにコイツは…仲間の剣士の従魔だ、私のじゃない」
「そうなの?」
「ああ」
ネロが首肯するとディオは悲しそうに俯いてしまった。
「おい…」
「初めて凄い同族に会ったと思ったのに…」
落胆の言葉を語るディオの目にネロは見覚えがあった。
(この目は知ってる、小人族という種族に劣等感を抱いている目だ)
かつてネロも抱いていたものであり、ネロは差別への怒りとカラへの想いで克服した。
そしてネロはこの目を見るのは大嫌いだった。
「失礼だな、私はこれでもこの街の魔術師を倒した女だぞ」
「ええ!?、嘘だ!、小人族が人間の魔術師に勝つなんて無理だよ!」
「嘘じゃない。お前が知ってるよりも世界は広いんだ、魔術師を倒せる小人族だっているんだよ。お前の目の前にな!」
本当はアーネがいたお陰で勝てたのだが、そんなことは今のネロには重要じゃなかった。
「いいか、ディオ。小人族は弱い種族なんかじゃない、人間なんかよりもずっと強い種族だ」
「で、でもレクスたちは小人族はなんにも出来ない弱い種族だって!」
「それこそ嘘っぱちだ、他人の言うことなんか気にするな、小人族であることを憐れむな、誇りに思うんだよ」
「そんなこと言われても…」
「馬鹿にされて悔しい筈だ、私は悔しかった!、だから強くなった、魔術師を倒せるほどにな!」
ネロの言葉に俯いたディオは顔を上げた。
「本当に小人族でも魔術師を倒せるくらい強くなれるの?」
「なれる、私は小人族のことでは嘘をつかないよ」
自信満々に頷くネロにディオは瞳を輝かせた。
「じ、じゃあ僕に戦い方を教えてよ!」
「それくらい構わないけど…っておい!」
「着いてきて!、僕の家に案内するよ!」
元気よく駆け出したディオの言葉に従ってネロはヴィヴィアンを連れて彼を追いかけた。
小人族の足なのですぐに追いついたが、ネロはそのままディオの背についていった。
しばらく走ると門と開けた庭を持つ大きな建物が見えてきた。
「ここは…」
「僕が住んでるリューラン孤児院だよ!」
ディオの後について門を通って中に入ると、庭で遊ぶ多くの子供たちが目に入った。
ネロが驚いてると、子供の一人がヴィヴィアンに気付き大声を上げた。
「竜だ!、すげぇ!!」
「えっ!、なになに?」
好奇心旺盛な子供たちにヴィヴィアンは一瞬で取り囲まれた。
「グルルゥ!、グルゥ!」
「うわぁ!、今唸ったよ!」
「すげぇ!、絵本みたいに吐息とか吐けるのかな!?」
「な、何でこんなに子供が沢山…」
「皆、珍しいのは分かるけど飼い主の許可を得ずに従魔に触れてはいけませんよ」
ネロが困惑していると小さな女の子たちを連れた老婆が優しい声でヴィヴィアンに群がる子供たちを注意した。
「貴女が飼い主の方ですか?」
「えっ、いや、私は預かってるだけなんだ。というかここはなんなんだ?、子供がこんなに沢山いるとか」
「ここはリューラン孤児院ですよ」
「孤児院?」
初めて聞く単語にネロが首を傾げていると、老婆と同じ格好をした女性たちが現れてヴィヴィアンから子供たちを引き剥がした。
「皆!、まだお仕事が残ってるでしょ!」
「遊ぶのはお仕事が終わってからだよ」
不平の声を漏らす子供たちは女性たちに連れていかれた。
「ディオ、君も戻りなさい」
「ヤダ!、僕は同族の人に戦い方を教えもらうんだ!」
ディオの言葉に一瞬驚いた老婆はネロのことをチラリと見た後、膝をついてディオと目線を合わせた。
「戦い方を教えてもらう前にお仕事は終わらせたの?」
「あっ、忘れてた」
「それじゃあお仕事を終わらせてからにしなさい」
「す、すぐに終わらせてくる!」
そう言ってディオは足早に去っていき、老婆は連れていた少女たちも帰した。
「改めまして私はリューラン孤児院の院長を務めています、ユリハといいます。冒険者さんのお名前は?」
「私はネロ、こっちは亜竜のヴィヴィアンだ。ちなみに私は飼い主じゃない預かってるだけだ」
「あら、そうでしたか。勘違いしてごめんなさいね」
目を伏せて謝ったユリハに手を振ってネロは頭を上げさせた。
「それはともかく孤児院ってなんだ?、初めて聞く言葉だ」
「ネロさんは他の街からいらしたのですね、孤児院とは身寄りのない子供たちを引き取り育てる場所です」
「身寄りのない子供を育てる?」
全く知らない概念にネロは疑問符が浮かぶばかりで、そんなネロの様子を察したのかユリハは悲しげに目を伏せた。
「外から来た聞き覚えのない言葉でしょうが子供の命は何よりも大切、私たちはそんなリューラン様の考えに賛同し親のいない子供たちを育てているのです」
「全くの他人の子供を育てるのか?、何のために?、売るためか?」
「……いいえ、信じられないのも無理ありません、けれどただ身寄りのない子供たちを育てる、それがこのリューラン孤児院です」
ネロは善意というものを唾棄する、そのためユリハと名乗る老婆の言う事がネロには理解出来ない。
否、理解したくなかった。
「善意で人が人を助けることなんかあるかよ!、そんなことあるわけがない!」
「ネロさんは私が想像すら出来ない厳しい世界で生きてこられたのですね」
慈しみに満ちたユリハの声と目をネロは直視できなかった。
「…っ!!、止めろ!、私を憐れむな!、私は憐れむ奴が大っ嫌いだ!」
「憐れんではいませんよ、ただそんな世界で生きたネロさんは凄いと他人事ながらに思っただけです」
ネロが知る現実とは別の現実が存在するということを認めたくなくてネロは逃げ出そうとしたが、ヴィヴィアンに阻まれた。
「退けよ!、っ!?」
「グルルゥ!」
ヴィヴィアンの頭突きを受けたネロはあまりの痛さに頭を抑えて悶絶した。
「いぎっ、何しやがる…」
「グルゥ!、グルルルゥ」
ヴィヴィアンは悶絶するネロの頭を尻尾で器用に撫でた。
ネロは『私がついてるぞ!』と言われた気がして、痛みのあまりヴィヴィアンを睨みつけた。
「元気づけ方が下手くそなんだよ、亜竜め!」
そう言ってネロはヴィヴィアンに頭突きし返し、跳ね返されたネロは再び痛みで悶絶するのだった。
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