六十六話 嫌がらせと倒すべき敵
筆が進む!
シルヴィアを完全に信用したわけではなかったが、アルレルトは魔術師に追われている理由を話した。
奴らはアーネと偶然手に入れた手帳を狙っていることと、アルレルトをどちらも絶対に渡す気がないことを伝えた。
「マイナスに受け取らないで欲しいんですけど君は愚かですね」
真正面から罵倒されたアルレルトはキョトンとした顔になった。
「命は何よりも大切なものです、他のものと天秤に掛けるまでもない。それを理解してないわけではない君はそれでも守ることを選んだ。だから愚かと言ったのです」
「傍から見ればそう見えるかもしれませんが、俺は愚かであることを誇りに思います。そのお陰で家族を守れるのですから」
一切飾り気のない笑顔で言うアルレルトにシルヴィアは毒気を抜かれたような表情になった。
「てっきり怒るかと思っていましたが、君は私が思っているよりも愚かで芯が強い人なのですね」
「褒め言葉として受け取ります、それでこちらは理由を話した、今度は其方が助ける番です」
「もちろん、約束を違える気はありませんよ」
ニコリと笑ったシルヴィアは長杖を片手に持って立ち上がると、部屋の窓際へ移動し窓を開けた。
「グレスベルト派の者共が私の領域に何の用ですか?」
「こちらに貴女と対立する意図はない!、貴女の城へ落下した黒髪の剣士とその従魔が目当てだ!」
シルヴィアの研究室を囲む形で空に展開する魔術師たちを代表してシンシアが話したが、窓から降りて長杖に腰掛けて宙に浮いたシルヴィアはシンシアを鋭く睨みつけた。
「貴様、誰に口を聞いているのですか。私は《天雷》のシルヴィア、対立派閥とはいえ敬称を付け敬語の話すのが礼儀ですよね」
シルヴィアの怒りの発露で周囲の空間に電撃が走り、シンシア配下の魔術師たちはシンシアを含めて皆たじろいだ。
「それとも雷で灼かれたいのなら望み通りにして差し上げますよ?」
「も、申し訳ない!、無礼な態度を許していただきたい!」
シンシアはこれ以上シルヴィアの怒りを買うのは愚策と判断し、即座に頭を下げて謝罪した。
「ふん、まぁ、いいでしょう。それよりお前たちが探す剣士は私がここに招いた客です。この意味は分かりますね?」
「ぐっ、何故貴女様が剣士を庇うのですか!」
シルヴィアの見え透いた嘘に歯軋りを立てたシンシアは理由を問うた。
「嫌がらせですよ?、グレスベルト派の邪魔をできるならそれはとても素晴らしいことです」
とても良い笑顔で笑うシルヴィアにシンシアは罵声を浴びせたくなったが、魔術師の実力差は歴然であり下手に喧嘩を売ればグレスベルト派に迷惑がかかる恐れがあった。
「今日のところは諦めましょう、しかし聞こえているな、アルレルト!、これで終わったと思うなよ!、レーベンに居る限り貴様の安寧はないと思え!」
そんな捨て台詞を残してシンシアと配下の魔術師たちは去っていった。
「ふふ、諺で言う負け犬の遠吠えですね。実に聞き心地が良いです」
部屋の中に戻ってきたシルヴィアの意地の悪い笑顔を見たアルレルトはできれば敵には回したくない魔術師だと、若干慄いた。
「コホン、助けていただき感謝します。この礼は必ず何処かで返させていただきます」
「必要ありませんよ、これは私と君が対等な対価を支払いあった契約です。故に礼は不要です」
やんわりと断られたがシルヴィアの言葉には譲れない信条があるように感じた。
「シルは……契約にうるさい……」
「うるさいとは失礼ですね、対等な契約を結んだのならそれ以上のものは望まないし望ませない。それが私の家の教えです」
対等な契約にこだわるシルヴィアの家の理由は分からないが、アルレルトは別にどっちでもよかった。
「どちらでも構いませんよ、もし戦場でシルヴィアさんと出会ったら見逃す、もしくは勝手に助けるだけです」
「ーーー」
飾り気のないアルレルトの本心から出た言葉にシルヴィアはキョトンと呆けてしまった。
「シル……アルに一本取られた……」
「と、取られていません!、呆れただけです。こちらから恩を感じる必要は無いといっているのに」
エルネスティアは柔和に笑うアルレルトも大概頑固だと思った。
「それと敬称は不要です、私と君は対等なのだから」
「そうですか?、ではシルヴィアと、俺のことはアルと呼んでください」
「アル君と呼びましょう、それでアル君はこれからどうするのですか?」
シルヴィアに今後の方針を聞かれたアルレルトは顎に手を当てて考え込んだ。
(シンシアはひとまず退けましたが奴の言う通りずっと追いかけ回されては敵いません。ここは一つこちらから仕掛けるのが良いですね。そのためには…)
「シルヴィアはアルテレス派の中でも位の高い魔術師とお見受けしました」
「ええ、その通りですよ。それが何か?」
「先程俺を追っていた魔術師たちに命令を出していた者に心当たりはありませんか?」
アルレルトの質問にシルヴィアは興味深そうに口角を上げた。
「なるほど、反撃するつもりですか」
「はい」
魔術師は皆頭が良いのか話が早くてアルレルトとしては無駄が省けるので大いに助かる。
「心当たりはありますがアル君一人で倒せる相手ではありませんよ?」
「敵が強大なのは承知しています、しかしどの程度強大なのかを知らなければ戦うか逃げるかの決断もできません」
とはいえ家族を狙われている以上アルレルトの中に逃げるという選択肢はないのだが。
「私がもしアル君の敵の名を教えたらすぐに突撃するつもりなのは手に取るように分かります。正直に言えば私はアルテレス派の魔術師として君の敵の名を教えることは出来ません」
眉をひそめたアルレルトにシルヴィアは勘違いするなと片手を突き出した。
「教えられないのは庇っているわけでありませんが君の敵がアルテレス派で持つ影響力は大きく彼が死ねばアルテレス派が大きく揺らぐことになります」
「フルグラス派と抗争している今の現状では到底受け入れられない、ということですね」
「その通りです」
鷹揚に頷くシルヴィアの表情を伺いながらアルレルトは思考を巡らせていた。
(先程でてきた単語はグレスベルト派とシルヴィア派の二つ、俺の敵は恐らくグレスベルトという男ですね。シルヴィア派のトップが目の前の銀髪金眼の少女として……そういえばイデアはアルテレス派は後継者争いをしていると言っていましたね)
イデアはアルテレス派のトップである《使徒》の座を狙って跡目争いが起きていると言っていた。
(もしかしたら…)
「その言葉は半分本当でもう半分は嘘ですね」
「へぇ、何故そう思ったのですか?」
「シルヴィアは《使徒》の座を狙っている筈、対立候補であるグレスベルトなる男は邪魔な筈です。少なくとも死んで欲しいか、死んで欲しくないかの二択ならば死んで欲しいはずです」
アルレルトの言葉にシルヴィアは人差し指を一本立てた。
「正解です、よく見抜きましたね。グレスベルトには叶うなら死んで欲しいです。しかしグレスベルト派は強大で私としても全面衝突は避けたいのですよ」
根底の部分は変わらないかとアルレルトは諦めかけたが、シルヴィアがいたずらっ子のような笑みを浮かべていることに気付いた。
「私の嘘を見抜いた褒美をあげましょう。グレスベルトは無理でもアル君の家族を狙っている魔術師の名は教えてあげますよ?」
「っ!!、その魔術師の名前は!?」
「人獣を狙いそうなグレスベルト派の魔術師と言ったら《獣使い》オーリック。それがアル君が倒すべき相手の名ですよ」
「《獣使い》オーリック!!」
ニコリと笑うシルヴィアにアルレルトはやっと聞けた敵の名前に戦意を昂らせるのだった。
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