六十四話 因縁の再会と逃走劇
魔術都市レーベンに到着した次の日、アーネを連れたアルレルトの姿は学区の通りにあった。
『アル様、別に気を使ってくれる必要はない』
「そんなこと言わないでください、俺が行きたいんです。アーネが昔居たという場所に」
アルレルトとアーネが今向かっているのはかつてアーネの生家であるウェアウルフ家の屋敷があった場所である。
「でも多分廃墟だし何もないと思うけど…」
「形だけでも弔わせてください、たとえ亡くなっていてもアーネの家族は俺の家族ですから」
『アル様…』
底知れないアルレルトの優しさにアーネは二の句が告げなくなったが、同時に理由が気になった。
『アル様はどうして私とヴィヴィアンを家族と呼ぶの?、イデアやネロは家族と呼んでないのに』
「それは……多分守りたい人たちだからです」
アルレルトは思い返す、死期が近くなりだんだんと弱っていく師匠の姿を。
師匠は大丈夫だと気丈に振舞ってたけど、ずっと一緒に過ごしてきたアルレルトには分かってしまった。
あんなにもあんなにも自由で高潔で自分にも俺には厳しかった師匠が死ぬということが受け入れられなくて、終いにはそんな師匠を助けられない自分に絶望した。
「アーネと出会って魔術師を倒した時、俺は初めて誰かを守れたんです。その時俺は誰かを守れるほど強くなったのだと気付きました」
握られたアルレルトの拳の中には様々な感情が詰め込まれているようにアーネには見えた。
「ヴィヴィアンも同じです、彼女を俺は守らなければいけないとそう思ったんです」
『それだとイデアとネロのことは守りたいと思ってないってこと?』
「それは違いますよ、二人は俺が守る人ではなく共に戦う人と言うだけです。二人は家族ではなく仲間ですから」
アルレルトには信頼以外の他意はないだろうが、アーネは共に戦う人という表現にチクリと来た。
『僕もアル様と一緒に戦えるよ?』
「もちろん、アーネもヴィヴィアンも俺に守られるだけの人ではないことは分かってますよ。ただ師匠を助けられなかった俺は誰かを守り助けられるんだと思いたいんだと思います」
ある意味利己的な感情でアーネとヴィヴィアンを家族と呼んでいるのだとアルレルトは自分を客観的に分析する。
『別にいいよ、アル様が家族と呼んで大切にしてくれるなら僕はアル様に尽くすだけ。あの夜アル様に助けられた日から僕はそう決めてる』
「ありがとうございます、アーネ。とても嬉しいですが叶うなら互いに尽くし合う関係にしましょう」
優しげなアルレルトの笑顔がアーネは好きなのだと改めて自覚したが同時に疑問に思っていることを聞いてみた。
『アル様はイデアのことをどう思ってるの?』
「どうとは?」
『アル様にとってイデアはどんな存在なのか気になる』
「なるほど、彼女のことを一言で言い表すのは難しいですね……彼女は恩人であり仲間であり憧れの人です。彼女の在り方に惹かれているのは認めますよ」
『それはイデアのことが好きってこと?』
アーネの確信を突く質問にアルレルトは一切たじろがなかった。
「俺はイデアだけではなく皆のことが好きです、だからアーネ、変に誰かと比べる必要はありませんよ?」
『……アル様にはなんでもお見通しだね』
自分の言葉に隠された真意を簡単に汲み取ってくれるご主人様にアーネはとても嬉しくなった。
『あっ、アル様、ここだよ。僕が住んでた屋敷…の跡地』
閉められた門を飛び越えると、朽ちた廃墟が現れた。
廃墟になる以前は周囲の建物と同じような大きな屋敷だと想像できるが今はただの廃墟だった。
「ーーー」
アルレルトは一言も話さず、廃墟を歩き回った。
特に目的がある訳ではなくかつてのアーネの居場所であり、今や廃墟となったこの場所を見てみたかったのだ。
「ん?、これは……手帳?」
砕け散った机の残骸の中に光るものを感じて、探ると古ぼけた手帳を見つけた。
『アル様、多分それは当主様の手帳だよ』
「当主様の手帳?、アーネにとって大切なものですか?」
『うーん、気にはなるかも。人獣魔術について詳しく書かれているかもだし』
「そうですか、それならこれはアーネに…!?」
刹那。背筋に悪寒が走り、アルレルトはその場から飛び去った。
先程までアルレルトがいた場所が爆発し、粉塵が舞った。
「その手帳とクローディアをこちらに渡してくれないか?」
「お前は…!?」
粉塵が晴れて現れたのはグラールでアーネを守る為に戦い、その片手を切り落として退けた魔術師シンシア・ハーウッドその人だった。
「今更お前に渡すと思うか!!」
アルレルトはいつでも黒鬼を抜けるように柄に手を添えて、シンシアを睨みつけた。
「吠えるねぇ、剣士如きが調子乗ってんじゃねえよ!」
シンシアが怒声を上げると、一斉にアルレルトとアーネを囲むように十数人の魔術師が舞い降りた。
「この数の魔術師を相手にお前は同じ啖呵を切れんのか!」
「何人が敵であろうと関係ない!、アーネを狙うなら全員斬る!!」
アルレルトは殺意を解放し、周囲を囲む魔術師に威圧としてぶつけた。
「はは、そうかよ。やっぱりお前はそう言うよな」
不気味に笑ったシンシアは次の瞬間、とても邪悪な表情に変化した。
「お前には左手を切り落とされた恨みがあるからな!、抵抗してくれるなら喜んでなぶり殺しにしてやるよ!」
アルレルトが切り落とした左腕の先から触手のようなものが溢れ出した。
「っ!?、アーネ!、懐へ!」
一瞬触手に気を取られた瞬間、包囲する魔術師たちから魔術から放たれるがアルレルトは後ろに跳んで回避しアーネを懐へ入れた。
(多勢に無勢、ならば逃げるしかない!)
アルレルトはすぐさまその場から走って逃げた。
「逃がすかよ!、"草手突"!」
左腕からアルレルトの背中目掛けて射出された触手をアルレルトは気配で捉え、振り向きざまの抜刀で切り捨てた。
触手はすぐに再生するが、アルレルトにとって一時的に止めるのが目的だった。
「追え!、黒髪の剣士は殺して手帳と人獣を奪え!」
門を飛び越えたアルレルトが地面に着地する瞬間には追撃の魔術が飛んできた。
アルレルトは黒鬼を鞘に納め、前傾姿勢で通りを駆けた。
しかし空を飛ぶ魔術師たちから逃げるのは容易ではなく、すぐに追いつかれて魔術を撃たれた。
「空を飛ぶとはずるいですね!、こちらは地面に足をつけて必死に走っていると言うのに!」
『アル様!、文句を言ってる場合じゃないと思う!』
「文句ぐらい言いたくなりますよ!」
路地裏に入ったアルレルトは流れるように抜刀して振り向き、路地裏に入ってくる瞬間の魔術師たちを狙った。
「"神風流 天刃"!」
「「ぎゃあ!?」」
飛翔する刃が二人の魔術師を落としたが、頭上から触手の雨が降ってきた。
「"神風流 荒風"!、かはぁ!?」
後退しながら次々と触手を斬り落とすと、斬り落とした触手がひとりでに動いてアルレルトの腹に突っ込んできた。
呼気を吐いたアルレルトは吹き飛ばされたのを利用して、空中で一回転して体勢を立て直して着地した。
「死ね!、"捕食華"!」
パックリと口のようなものを開いた花がアルレルトを飲み込もうと落ちてきた。
「"神風流 大風"!!」
大上段の一撃で捕食華を一刀両断したアルレルトは立つ石畳が泥濘化したのを見て、瞠目した。
(しまった!?、ハマって動けない!?、このままでは殺られる!!)
心はそう思考するが身体は『死』への恐怖で竦んではいなかった。
「"神風流 天衣無縫"!」
「何!?」
アルレルトの全身から放出された風が泥濘化した石畳を破壊して、斜め上に飛び上がった。
「うぉ、何だ!?」
「危ない!?」
空を飛ぶ他の魔術師とぶつかりそうになるが、彼らが避けてくれたので激突せずに済んだがアルレルトは風の出力を上げてさらに飛んだ。
「不味いです!」
『どうしたのアル様!』
「方向を決めずに適当に飛んでしまいました!」
『それってかなり不味いよ!、アル様!?』
アルレルトは必死に風を操作して止まろうとするが、思うようにいかず目の前に巨大な建物が見えてきた。
「くっ!、アーネ!、踏ん張って下さい!」
アルレルトは懐のアーネを抱き締めて、目の前の巨大な建物の壁を突き破って墜落するのだった。
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