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六十三話 賢者の塔と活動拠点


「外からはこれほど高い塔を見えなかったのに何故?」


平区や学区を通った時に特区の外壁も見えていたが、外壁を超えるほど高いはずの塔は見えなかった。


「それは三重連層(さんじゅうれんそう)結界(けっかい)の力よ、特区を覆う一枚目には認識阻害の力もあるのよ」


イデアは説明しながら、歩き始めたのでアルレルトたちもそのあとを追った。


「結界って、この広さの街を全部覆ってるのかよ」

「ええ、《使徒》と《双杖》、そして《悠久者》が作った"始まりの時代"の遺物ね」

「始まりの時代?」


『約千年前の魔術勃興期を指す言葉、《原初の魔術師》の優秀な三人の弟子が魔術都市レーベンを作ったと言われる』

「えっ、ということはレーベンってアルテイル王国より歴史があるのか?」

「無駄に歴史が長いだけ嫌になるわよね」


イデアはそう嘆息するが、ネロはただ驚くしかなかったアルレルトはよく分かっていなかったが。


「それはともかくそこら中から視線を感じるのはどうにもむず痒いのですが…」


アルレルトは此方を伺う()()()()()たちと順に目を合わせ、ポツリと呟いた。


遠目から視線もあるが、何もないところからも視線を感じてどうも薄気味悪い。


「はぁ、ごめんなさい。《双杖(わたし)》が帰ってきたせいで注目を集めてるのよ。流派関係なしにね」

「有名人は辛いね、リーダー」

「面倒極まりないわ、できれば《双杖》の称号なんか誰かに押し付けたいんだけどね」


《双杖》の称号はフルグラス派の魔術師にとって最高の名誉だが、今のイデアにとっては煩わしくて仕方がなかった。


「まぁ、ここまで来れば大丈夫よ。覗き見する変態共もさすがに同じ特級(とっきゅう)の塔の中を覗くことは出来ないわ」


イデアが立ち止まったのは一つの巨大な塔の前で、アルレルトたちはその迫力に圧倒されるがイデアは構わず中に入っていった。


「あっ、ヴィヴィアンも問題なく入れるけど蔵書は絶対に傷つけないでね。賢者フルルは知識が傷つけられるのを最も嫌うから」


イデアの忠告を聞くと、周囲を囲む数え切れない数の本が並ぶ本棚が目に入った。


本棚は塔の天井にまで続いているように見えた。


「なんつう数の本だよ」

「まったくもって驚きです」


開いた口が塞がらないとはこのことである、魔術師であるアーネさえも驚いていた。


「おやおや、魔術師ではない人間には少々珍しかったかな?、これほどの本に囲まれる機会はそうそうないだろうから仕方がないね」


綿のような大きなクッションが上から降りてきて、その上に座る小柄で耳が尖った少女が現れた。


「やぁ、初めまして《双杖》の従者と従魔たち、私の名前はフルスセルイルス、長いからフルル、もしくは《賢者(けんじゃ)》と呼んでくれ」

「知識欲の権化、なんでも知ってる変人ババア、そして私の師匠でもある人よ」

「ねぇ、イデア、私の紹介文のほとんど罵倒じゃない?」

「気の所為よ」


イデアの気負いもなく話す感じからして、賢者フルルと名乗る少女はイデアと長い付き合いなのがすぐに分かった。


「ほうほう、中々に面白い従者と従魔たちだね。小人に奇妙な魔力の竜と人工人獣、そして君は…!?」


フルルの視線がアルレルトに止まったところでその目が見開かれた。


「すごいすごい!、それだけの精霊に囲まれてるなんて君はもしかして"精霊の民"!?、絶滅したんじゃないの!?、生き残り?、それとも隔世遺伝とか!?」

「ちょ、あまり近寄るのは…」


興奮して詰め寄ってくるフルルに生理的な危機を感じ取ったアルレルトは後ろに下がった。


「こら!、知りたがりのババア!、アルに近づくんじゃないわよ!」


イデアが杖を振るうとアルレルトに詰め寄っていたフルルはクッションごと、イデアの元に引き寄せられた。


「ぐぇ!?、師匠である私を引っ張るとは酷いじゃないか」

「いくら師匠でも仲間に迷惑をかけるなら別よ」


イデアは冷たく言うがフルルは慣れているのか、気にした様子はなくクッションの上に寝っ転がった。


「イデアの従者達なら歓迎するよ、と言っても出せるものは何もないけどね。ここの本を読むくらいは構わないよ」


そう言ってフルルは浮かび上がってどこからか本を取り寄せて、読み始めた。


「イデアの師匠はマイペースな方ですね」

「マイペースというか知識の源である本を収集して読むのが彼女の生き甲斐なのよ、それゆえ何でも知ってるから《賢者(けんじゃ)》と呼ばれているの」


「《賢者》って耳が尖ってたよな、まさか森人(エルフ)なのか?」

「ええ、その通りよ」

「マジか!?、森人(エルフ)って本当に実在するんだな」


「ネロ、何をそんなに驚いてるんですか?」

「驚くだろ、森人って言ったらほとんど御伽噺の存在だぞ、妖精族とかと一緒だ」

「なる、ほど?」


いまいちよく分からないアルレルトは首を傾げたが、イデアが手を叩いて空気を切り替えた。


「とりあえずこの街で何か困ったことがあったら彼女を頼って、抗争を解決するまでどれくらいかかるか分からないからひとまずこの塔が皆の活動拠点よ」

「皆の、ということはイデアはどこに居を構えるのですか?」

「一応私はフルグラス派のトップだから、私個人の塔があるのよ。そこを活動拠点にするわ」


イデアの塔があるならばそこを《ゼフィロス》の活動拠点にした方がいいと思うが、イデアには招きたくない理由がありそうなのでアルレルトたちは深くツッコまなかった。


「それじゃあリーダーの用事が終わるまで自由行動か」

「そうなるけど、レーベンを散策するなら特区や学区はオススメしないから、平区なら割と自由に行動できるわよ、危険も少ないしね。あと夜はなるべく出歩かないことを言い含めておくわね」


「いや、そこまで注意されるとこの街が危険地帯みたいに聞こえるんだが?」

「一切の誇張なく危険地帯よ、できるだけ魔術師と関わり合いにならない方が身のためよ」


イデアの言葉はこの街で生きてきた重みを感じるもので、アルレルトたちは素直に頷くのだった。



ひとまずの活動拠点が賢者の塔に決まり、寝泊まりできる場所があるかとフルルに聞くと塔の地下に仮眠室があるらしいのでそこへ移動した。


「ヴィヴィアンも入れるとはかなり広いですね」

「広いけどほとんど何もないな、あの賢者さんはどこで生活してるんだよ」

「何となく想像はつきますが考えるのは止めませんか、ネロ?」

「…そうだな。考えるだけ無駄か」


イデアは既に自分の塔へ行ってしまったので、アルレルトたちは荷物を下ろしてベッドの上でくつろいだ。


「キッチンはあるようですね、それ以外の内装は何もありませんね」

「好きに使っていいってことだろうね、賢者さんも特に何も言ってこなかったし」

「そうですね、とりあえず明日からの予定を決めませんか?」


アルレルトがそう提案すると、ネロはベッドから起き上がった。


治癒師(ヒーラー)を勧誘しないといけないんだよな、明日からその治癒師がいるとこに行くか?」

「いえ、明日は行きたいところがあるので明後日にして貰えませんか?」

「…まぁ、別に構わないけどリーダーに忠告されただろ?」

「物見遊山に行くわけでありませんよ、大切な用事です」


優しげなアルレルトの目線は膝の上で寝転がるアーネに向いていたので、ネロは何となく事情は察した。


「そうかよ、今更アルレルトの心配はしないけどいちおう気をつけろよ。私たちはこの街のことをほとんど知らないんだからな」

「…分かっています」


ネロの言葉にアルレルトは同意するように深く頷くのだった。

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