五十八話 重力魔術と天衣無縫
「あ、貴方は《重力使い》ベルナルド!、どうしてここに…!?」
凄まじい重さに押さえつけられながら、何とか顔を上げたイデアが畏怖と戦慄の声で目の前の男を睨んだ。
「理由は一つだ《魔術姫》、カイゼル卿からの言伝だ。『遊びは終わりだ、帰って来い』だそうだ」
「だ、れがクソ親父の元になんか…!!」
「君の意見はどうでもいい、親の言う事を聞くのが子供の役目だろうに」
聞き分けの悪い子供を諭すような口調でベルナルドが語ると、イデア以外の重さが増してアルレルトとネロ、アーネは地面に仰向けに倒れた。
「皆!?、皆を人質に取る気!?」
「その通りだ、多少の折檻はカイゼル卿より許可されている」
「ベルナルドさん、さっさと終わらせてレーベンに帰りましょうよー」
「私も同じく、やはりレーベン以外の街の空気は澱んでいる気がします」
ベルナルドの他に二人の男女の魔術師がおり、いくらイデアでも重力に囚われてまともな身動きが取れない状況では何もすることができなかった。
そんな中アルレルトは立ち上がろうと力を込めていたが、異常な重さのせいで指一本も動かせなかった。
(単純な重さではない、まるで空間そのものの重さがのしかかってきているような気がする…抜けるにはどうすれば…!?)
何かしらの魔術だということはわかるが、アルレルトには対抗手段がなかった。
『アル様!、全力で魔力を放出して風魔術を使って!、アル様の風ならこの結界を破れるはず!』
歯噛みしていたアルレルトの頭の中にアーネの声が聞こえてきた。
成功する確証はどこにもなかった、しかしアルレルトにとって家族の言葉は何よりも信頼できるものだ。
(アーネを信じて仲間を助けろ!)
「"風よ・吹き荒れろ"!!」
「何!?」
突然アルレルトを中心に暴風が吹き荒れ、重力の結界を破り、目の前の魔術師たちを吹き飛ばした。
「アル!?」「アルレルト!?」
イデアとネロの驚く声が聞こえ、アルレルトは二人に反応する前に黒鬼を鞘引きしながら吹き飛んだベルナルドに斬りかかった。
「うぉぉぉぉぉ!、"神風流 鳳凰剣"!」
「…!!?」
驚きで声が出なかったベルナルドだったが、反射で防御魔術を展開しアルレルトの剣を防いだが彼の気迫に負けたかのように障壁に亀裂が走った。
「ちっ!」
「ベルナルドさん!」「ベルナルド様!」
取り巻きの魔術師の援護が飛んできたので、アルレルトは舌打ちしながら後ろへ飛んで避けた。
「ベルナルドさんの重力結界を破った!?、はっ!?、意味わからないんだけど…!?」
「内側から風魔術で破壊したように見えましたがそれでは《魔術姫》と小人が無傷な説明が…」
「"雷槍"!」
イデアの魔術が二人の魔術師を襲ったが、難なく防御魔術で防いだのでそれなりに実力のある魔術師たちであることが分かった。
『アル様!!』
「助かりました、アーネ」
肩の上に乗ってきたアーネにアルレルトは即座に感謝の言葉を述べた。
『やっぱりアル様はすごい!、イデアとネロを避けて結界だけを破壊する風魔術を使うなんて熟練の魔術師みたい!』
「ありがとうございます。イデア!、俺は《重力使い》を倒します!、いいですね!?」
アルレルトの言葉をイデアは了承して、二本の杖を構えた。
「良いわよ!、存分に叩きのめして!」
「承知しました!」
アルレルトはアーネを置いて、態勢を立て直しているベルナルドへ向かって駆けた。
「行かせるかよ!」
取り巻きの魔術師の攻撃が飛んでくるが、常人離れした速さと卓越した歩法で走るアルレルトは捉えられず魔術は空を切った。
「なっ!?」
唖然とする男の魔術師の横を通り過ぎて、ベルナルドに斬りかかろうとしたが、アルレルトの直感が『進むな!』と叫んだ。
アルレルトが直前で速度を緩めず直進から鋭角方向へ切り替えると、ベルナルドの目の前の地面が押し潰されるように陥没した。
「っ!?」
「ほう?、躱したか。ならばこれはどうだ?、"重力球"」
無数の紫色の球体がベルナルドの周囲に浮かぶと、アルレルトへ向けて飛んできた。
アルレルトは剣で受けることを捨て、避けることのみに注力し地面から離れて、建物の屋根に移動したが重力球は建物を破壊して追ってきた。
「私の重力球から逃げ切れるかな?」
ベルナルドの戯言には答えずアルレルトは無数の重力球を避けながらベルナルドを観察した。
(奴の持つ杖は二本、つまりはイデアと同じ手数重視。使う魔術は今のところは重さをぶつける魔術のみ、接近したいが近付いたら先程のように重さに絡め取られる)
動けなくなったそこで終わりだ、向かいの建物に移動しながらそう思考し、アルレルトは試しに重力球を斬ろうとしたが刃が通らず逆に弾き飛ばされた。
貧民街のオンボロな建物のお陰で屋根を突き破って建物の中に落ちても、大したダメージはなかったが追撃を予期してすぐに立ち上がって走ったが予想を裏切って重力球は飛んでこなかった。
「重力球が斬れないのは想定通りとして、どういうことだ?」
疑問に思いながら、ボロボロの窓から外の様子を伺うとベルナルドは一本の杖を掲げ、頭上に巨大な重力球を生成していた。
(小さな重力球では俺は倒せないと踏んだか)
それが分かっているアルレルトだったが、だからこそ不用意には斬りかかれなかった。
(誘われているな、わざと隙を見せている)
ベルナルドの杖は二本、イデアと同じで片方の杖で魔術を行使中で隙があるように見えて、もう一本の杖があることを忘れてはいけない。
「強い、攻防共に隙がなく俺との相性という意味ではイデアより強いかもしれませんね」
しかしだからと言ってアルレルトが剣を置く理由にはならない。
(魔術には魔術、先程の結界を破ったような風魔術が使えれば…)
アルレルトは黒鬼を鞘に納め、己の内に集中した。
(俺の強みは速さだ。それを伸ばす風魔術を想像するんだ)
アルレルトは幼い頃の記憶、風を従えたかのように空中に立つ師匠の姿を思い出した。
『アル、凄いでしょ?、風と調和すればこんなことも出来る、アルだってできるようになるさ。なんたって私の弟子だからね』
あの時の師匠は誰よりも自由でアルレルトはその姿に憧れた。
「申し訳ありません、師匠。俺は少しだけ貴方の教えを忘れていました。風は俺たちと共に生き、そして共に戦うのが神風流だと!」
アルレルトが力強く宣言すると放出された魔力が風へと変わりアルレルトの全身を包んだ。
「"神風流 天衣無縫"!」
建物の二階部分を吹き飛ばして現れ一直線に突っ込んできたアルレルトを見て、ベルナルドは口角を上げた。
「引っかかったな!、阿呆め!」
無数に展開された重力球が空中で満足な動きができないアルレルトを押し潰す未来を想像していたベルナルドは次の瞬間目を見開いた。
アルレルトが空中で加速して、重力球を躱したからだ。
「"神風流 突風"!」
「馬鹿な!?、一体どうやって…っ!?」
驚きながらもアルレルトの突きを障壁で受け止めたが、僅かな拮抗を経て砕けベルナルドの心臓へアルレルトの剣が吸い込まれる寸前に自分に掛かる重力を軽くしたベルナルドは大きく跳躍して突きを避けた。
「威力が先程よりも上がっている?、まさか風で自らの動きを補助しているのか!」
牽制で無数の重力球を降らせ、重力を操作して空中に踏みとどまりながら魔術師としての思考を巡らせ、予想外のアルレルトの動きの正体を見抜いた。
先程よりも数段上の速度で動くアルレルトをよく観察すれば、彼の全身を風が包んでいるのが分かる。
「仲間を傷つけたお前を俺は許しません、その首貰い受ける!」
「杖を持たぬ小僧の分際で私の首を取るだと?、笑わせるな!!、その減らず口諸共重力で潰してくれる!」
気炎を上げたベルナルドは頭上で生成した巨大な重力球をアルレルトへ向けて、落とした。
「"巨星重力球"!」
貧民街の一角が巨大な重力球に呑み込まれ、眼下にいたアルレルト諸共周囲の建物を押し潰すのだった。
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