五十四話 庇い立てと借り
「我が屋敷を襲撃した魔人の討伐見事である」
「オリビアとレオン?」
イデアの勝鬨を聞いて現れ、労いの言葉を送ってくれたオリビアだったが、その隣にはボロボロのレオンがいた。
「愚弟のことは気にするな、それより我の傍で休め。まだ終わりではない。被害の全容を確認せねばならん」
「分かったわ、私たちは大人しくしてるわよ」
オリビアの要請に疲れきった表情のイデアは素直に了承した。
「ガレオン、カイネ、すぐに全ての騎士を集め被害の全容を確認せよ!」
「「はっ!」」
「オリビア様!、第三騎士隊の騎士長クリムトと三十二人の騎士が参上致しました」
イデアとグラニスの戦いに巻き込まれないように下がっていたクリムトと騎士たちが現れてオリビアの眼前で膝をついた。
「姉様!、兄様!、無事で良かった!!」
「メリン、其方が無事で良かった。クリムトと騎士たちよ、良くぞメリンを守ったな」
笑顔のメリンに抱きつかれたオリビアは貴族の顔を崩して、一人の妹が無事であることに安堵の表情を浮かべてからすぐに貴族の顔に戻ってクリムトたちを労った。
「はっ!、光栄でございますがお嬢様を救ったのはアルレルトの手柄でございます」
「アルレルトだと?」
「うん!、アルレルトが怖い人たち皆やっつけてくれたの!」
自分の名前が出ていることに気付いたアルレルトはこちらに寄って軽く頭を下げてへりくだった。
「クリムト騎士長が声を掛けてくれたお陰です、俺は誰よりも速くメリン様の元に辿り着いたというだけです」
「それでも十分な功績だ、感謝するぞ。アルレルト」
「俺からもだ。アル、妹を救ってくれてありがとう」
オリビアとレオンの二人に感謝されたアルレルトは二人の言葉を受け取って、笑顔を浮かべた。
「よし!、クリムトよ、お前は負傷者を中庭へ運び手当てする指揮を取れ、半分の騎士はクリムトの元へ残り、もう半分は負傷者を運んでくるのだ!」
「「「はっ!!」」」
オリビアの指示でクリムトを含めた騎士たちは機敏に動き始めた。
「愚弟、お前にはこちらにやってくるであろう、冒険者ギルドの使いを任せる」
「わ、分かった。それと何度も言ってるけど済まない」
「過ぎたことを何度も言うな、今は自分の出来ることに専念しろ」
レオンはオリビアの言葉に頷き、去っていった。
「さて、我はお前らの相手をするとしようか」
「こっちは疲れてるんだけど?」
「邪険にするな、《双杖》。時にそこの小人、貴様は迷宮でこやつらのパーティーの探索役を務めていた者だな?」
「は、はい、そうですけど…」
「我の騎士たちを殺めた罪は重いぞ」
一瞬ゾッとする『圧』がネロを襲い、アルレルトは眼光を鋭くし、アーネは人獣化してイデアは立ち上がった。
「ちょっと!、いきなり殺気を振りまくんじゃないわよ!」
「《双杖》、お前は我の騎士を殺めた者を庇い立てするのか?」
「ええ、庇うわ。ネロは私の大切な仲間よ」
イデアとオリビアが鋭く視線をぶつけ合うと、火花が散ったように見えた。
「両者落ち着いて、まず第一にネロは誰も殺していません。これは負傷している騎士たちに聞けばすぐに分かることです」
「何?、誰も殺していないだと?」
アルレルトの言葉を聞いたオリビアは眉をそばだてて、ネロを睨みつけた。
ネロはオリビアの眼光に負けず、口を開いた。
「騎士は手強かったけど殺してない、それがグラニスの指示だったから」
「グラニス……《妖魔の館》のボスで魔人の名か、しかし何故殺さず行動不能にする必要がある?」
「グラニスの権能が男を魅了して支配する催眠系のものだからよ、貴方は相対したかどうか知らないけどグラニスが見たらある例外を除いて男なら操られてしまうわ」
オリビアは妙な雰囲気を持った妖艶な女のことを思い出した、確かにあの女と出会った瞬間、レオンを含めた男の騎士たちに襲われたのだ。
「あの女がグラニスならば辻褄は合うな、騎士たちを生かしておくのは全てが終わった後自らの手駒とする為か、しかし何のために…いや、今は重要ではないな」
思考を終えたオリビアは顔を上げて、イデアたちを見回した。
「殺していなくとも騎士たちを襲った罪は消えぬぞ」
「それは魔人を討伐してバーバラの領主を救ったという私たちの功績で相殺して欲しいわね。オリビア、貴方だって私たちと積極的に敵対するつもりはないでしょ?」
騎士を襲撃した罪と魔人の討伐という功績を天秤に掛ければ、確実に功績の方に秤は傾く。
そしてオリビアの貴族としての思考はイデアたちと敵対せず、良好な関係を築いた方が良いと囁いている。
ネロが騎士たちを傷つけたことが許せないのはオリビアという一人の人間が持つ感情であった。
「ふー、良いだろう。小人、貴様のことは不問してやる。その代わりこれは我が伯爵家への借りとするぞ」
「…やっぱり貴女も立派な貴族ね」
「それは褒め言葉か?」
「そんなわけないでしょ、嫌味よ」
苦虫を噛み潰したような表情になったイデアに対して、オリビアはほくそ笑んだ。
貴族家に借りを作ったらそれを口実に何をやらされるか、分かったものではないので本音は遠慮したいがこれくらいが落とし所なのでイデアは素直に引いた。
「姉様、アルレルトたちと喧嘩したらダメだよ!?」
「喧嘩はしてない、ほんの戯れだ」
仲が良いグラール伯爵家の姉妹にアルレルトが目を細めていると、ネロがイデアに話し掛けていた。
「リーダー、アルレルトが言ってたリーダーの夢って何?」
「私の夢?、《世界三大秘境》の攻略よ」
「は?、せ、《世界三大秘境》って確か誰も攻略してない三つの秘境のことだよね?」
「ええ!、《大迷宮》、《天竜之峡谷》、《深黒大森林》の三つよ!」
堂々と宣言したイデアの様子に圧倒されたネロは魂が抜けたようなアホ面を晒してしまった。
「わ、私、加入するパーティー間違えたかも…」
「あら、一度加入したら抜けるのは許さないわよ?」
「最悪だぁー!!」
ネロの魂からの叫びが中庭に響き、それを聞いたアルレルトの顔に思わず笑みがこぼれた。
「ちょうどいいじゃないですか、ネロの夢は小人族ネロの名を世界に轟かせること。《世界三大秘境》を攻略するのは回り道ではないと思いますが?」
『アル様の言う通り』
「アルレルトを肯定しかしない奴は黙ってろ!?、それとアルレルト、今の私に正論を叩きつけるな!」
うがあああ、と悲鳴を上げるネロを見て、こんなに感情豊かだったのかと改めて知った事実に笑みが深まった。
「話は変わりますが、イデア。これからどうするのですか?」
「うーん、まだ具体的なことは考えてないしこれからの事後処理もあるからしばらくの予定は分からないけど丸々全て終わったら治癒師を探すつもりよ」
「…アテはあるのですか?」
「まぁ、一応ね」
アルレルトはイデアの表情に影が差したことに気付いたが、アルレルトに見られていることに気付いたイデアはすぐに微笑みを浮かべて取り繕った。
「心配しなくても大丈夫よ、アル」
「何かあればなんでも言って下さい、俺にできることなら何でもしますから」
優しさと慈しみが篭ったアルレルトの言葉と笑顔にイデアは心臓がドキンと跳ねた気がした。
「イデア?、顔が赤いですよ?、やっぱり何か…」
「だ、大丈夫だから!、魔力を使い過ぎたせいじゃないかしら!?」
「なるほど」
イデアの必死の言い訳に対してアルレルトは特に疑いもせず、納得した。
「ふっ、天下の《双杖》も好きなおと…うぉ!?」
「そこ!、次余計なこと言おうとしたら動けない程度に痺れさせるわよ!?」
「上等だ、素直になった方が身のためだぞ?」
「うるさい!、その歳で婚約もしたことない女がよく言うわ!」
「っ!?、そ、それは我に相応しい男がいないだけだ!」
「そうやって選り好みしてたらおばあちゃんになっても独り身よ!」
「黙れ!、それ以上我を侮辱するのは許さん!」
何かを言おうとしたらオリビアにイデアがキレて弱い魔術を撃ち込むとそれを皮切りに喧嘩が始まってしまった。
「姉様と魔術師のお姉ちゃん、仲がいいね!」
「そうですね、微笑ましい光景です」
「いや!?、どこが微笑ましい光景なんだよ!?」
ネロのツッコミが入り、二人の喧嘩の余波で地面が抉り始めたところでアルレルトは止めに入るのだった。




