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五十二話 小人の技とネロの夢


「ぐはぁ!」


魔人(ディアボロス)の魔術を避けきれず天井を突き破ってアルレルトは上の階の天井に激突した。


あまりの衝撃と痛みに身体が動かず、下の床に落下した。


早く動かなければと思考した瞬間凄まじい轟音が響いて、目の前の床が崩落して灼熱の炎が立ち上った。



イデアの魔術だと見抜くと同時にアルレルトは近くに見知った気配がいることに気付いた。


「うぐっ、けほぉ。偶然ですね、こんなところで会うとは」

「ーーー」


口内に溜まった血を吐き出しながら立ち上がったアルレルトの目の前にはメリン護衛依頼の時に戦った短い二本の槍を握る黒装束の小人が立っていた。


その足元には血を流して倒れる数人の騎士たちがいた、二槍使いに敗れたのだろう。


気配から察するに幸いにも死んではいないようだ。


「ーーー」


二槍使いはアルレルトの軽口に応えず、無言で槍を構えた。


「君と戦う理由はありません。そうでしょう、()()

「!!」


ネロと呼ばれた二槍使いの顔はスカーフで見えなかったが、明らかに動揺したのが分かった。


「隠しても無駄です、その気配はネロのものだ」

「…いつから分かっていたの」

「疑問を抱いたのは出会った時、確信を得たのは今この瞬間です」


スカーフを取って素顔をあらわにしたネロの疑問にアルレルトは澱みなく答えた。


「出会った時から疑ってたのならどうして一緒に迷宮に潜ったりにしたの?」

「怪しいというだけで拒絶するほどの余裕がなかったというだけです」

「…意味が分からない!」


ネロは叫びながら、床を蹴って突きを放ってきた。


アルレルトは黒鬼を斜に構え、冷静に二方向から襲いかかる突きの連打を捌いて、返しの剣を振るうがネロは後ろに跳んで躱した。


「ネロ、俺と君が戦う理由はありません…」

「こっちにはある!、グラニス様の邪魔をする者は全て排除しないといけないんだ!」

「それが仲間だとしてもですか?」

「お前は仲間じゃない!」


叫びながら振るわれる槍撃をアルレルトは丁寧に捌き、反撃の剣を振るうがネロは槍の柄で受け、その場でコマのように一回転し、返ってきた突きが喉元を狙って飛んできた。


アルレルトは前に踏み込みながら、黒鬼で突きを逸らし驚いたネロの反対の腕を槍ごと掴んで接近戦に持ち込もうとしたがネロの蹴撃を受けて後退した。


「酷いですね、共に迷宮(ダンジョン)で死線を潜り階層主(フロアボス)を倒したではありませんか」

「それは金の為だ!、私は金の為にお前らを利用したに過ぎない!」

「知っていますよ、カラを助ける為ですよね」

「っ!?、何故それを…」


カラの名前を出すとネロは正体を見破られた時よりも激しく動揺した。


「誠に勝手ながらネロのあとをつけました、その先で入った娼館で会ったのです。全くの偶然ですけどね」

「まさかアルレルトが…!?」


ネロはカラが娼婦として働かされそうになった昨日の夜のことを思い出した。


カラをまた守れなかったと絶望したが、何故かカラが取った客は彼女を抱かなかったと言っていた。


「あの夜、アルレルトがカラを助けてくれた?」


あの時は不幸な身の上の自分たちにやっと奇跡が起きたのだと意味の無いことを考えたが、それを起こしてくれたのはアルレルトだった。


「いや、いや!、それでも!、たとえアルレルトがカラを救ってくれたとしてもそれは一時しのぎだ!、何の解決にもならない!」


ネロは激情のままに前傾姿勢で吶喊し、アルレルトの足元を狙った。


小人という小柄で非力な種族であるネロの槍術は敵の急所を穿つ技だ、どんな強い人間でも目や内臓は鍛えられない。


これはネロがバーバラの裏社会でカラを守り生き抜く為に死に物狂いで編み出したものだ。


(アルレルトは強いけど対人戦闘では私が上のはずだ!)


冒険者は魔獣を狩ることを生業にしている為、魔獣と戦うことには慣れていても人間と戦うことに慣れていない者が多いことをネロは経験則として知っていた。


しかし前傾姿勢で飛び込んでくるネロを見るアルレルトの表情に動揺の色はなかった。


「!?」

「"神風流 逆風"」


下から飛び込んでくるネロに対して瞬時に剣を横に倒すと、鋭い切り上げが襲ってきた。


嫌な予感に襲われたネロはかろうじて横に跳んで、切り上げを回避した。


通常なら追撃に出るところだが、アルレルトは何もせず剣を構え直した。


「くっ!、どうして真剣に戦おうとしない!?」

「先程言いました、仲間であるネロとは戦いません」

「私は仲間だなんて思ってない!」

「いいえ、ネロ、たとえ本心からそう思っていたとしても共に迷宮で冒険した時は楽しかった筈です」

「!?」


楽しかった、それを否定する言葉がネロには咄嗟に出てこなかった。


確かにイデアは頭が回り良いリーダーだしアルレルトの剣士としての実力は申し分なく、ペットの人獣と亜竜は怖くて、迷宮では死にそうにもなかったがそれを乗り越えて階層主(フロアボス)すら討伐できた。


いつものように金を手に入れる為に入ったパーティーだった、それでも彼らとの冒険は確かに楽しかった。


「ネロ、俺もイデアも君が何を思い何を背負って生きてきたのか、その全てを知っているわけではありません」


事実を認めたネロの耳に剣を下ろしたアルレルトの諭すような声が入ってきた。


「今、下で魔人(ディアボロス)のグラニスとイデアが戦っています」

「グラニス様と戦ってる…!?」


ネロの中でグラニスは正真正銘の化け物だ、誰も逆らえない、たとえ逆らったとしても何も出来ず殺されるだけだ。


それと戦っているなどネロには信じられなかった。


「彼女は《双杖》のイデア!、万人が聞けば不可能だと断じる夢を本気で目指す者!、そして俺たちのリーダーです!」

「ーー」


熱が篭ったアルレルトの言葉にネロは何も言えず圧倒された。


「必ずやイデアがグラニスを倒します。ネロとカラを救う為に」

「私たちを?」

「はい、ネロを縛る者を倒し仲間の君を取り戻す。イデアはそう考えていると思いますよ」


アルレルトは確信したような優しさが篭った顔で笑った。


「共に見届けましょう、イデアが魔人を打ち倒すところを」

「イデアが負けるのを疑ってない口振りだね、相手は本物の化け物だよ」


ネロは槍を納めて、呆れた口調でそう言った。


「いえ、あの程度の魔人(ディアボロス)も倒せなければ俺たちの夢を叶えることなど不可能だと思います」

「はぁ?、お前らは一体何を目指してるんだよ」

「それは…イデアの口から聞いてください。それよりネロには夢はありませんか?」

「夢?」


ものすごく縁遠い単語を聞いたネロはオウム返しのように聞き返した。


「はい、夢です。ちなみに俺の夢はイデアの夢を叶えることです」

「それ、アルレルトの夢って言えるのか?」


ツッコミながらもアルレルトの笑顔に負けて、ネロは考えてみることにした。


(夢とか言っても今まで生きるのに必死で考えたこともなかったな、カラが幸せに生きること?、たくさんのお金を手に入れる?、いや、これは生きる為の目標で夢じゃないか)


真剣に考えたネロの中にずっと抱いていた原初の想いが浮かび上がってきた。


「…誰も文句が言えないでっかいことを成し遂げて小人族を馬鹿にする奴ら全員に吠え面をかかせてやる、そして大陸中にいる同族たちを鼓舞したい!、私たちは非力で何も出来ない劣った種族じゃないって証明してやりたい!」


ネロが吐き出した熱のある想いに今度はアルレルトが圧倒された。


生唾を飲み込んでからアルレルトは近付いてネロの肩に手を置いた。


「その夢、是非俺たちと叶えましょう」

「ふぅ、アルレルトたちには無理かもね。こんな馬鹿げたことを口にした生まれて初めてだよ」

「でもスッキリしましたよね?」


アルレルトの指摘にネロは苦い顔をしながらも頷く他なかった。


「さて、そろそろ行きましょうか。俺たちのリーダーの所へ」

「うん、お前たちのこと少しは信頼してみることにするよ」


異装の剣士と小人の槍使いはリーダーの勇姿を見届けるべく、歩き出すのだった。

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