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五十一話 催眠と価値観


「愚弟め!!、妙な魔術にかどわかされおって!」

「ーー」


虚ろな目をした実弟であるレオン・ヴォルス・グラールの一撃を躱しながら、オリビアは怒鳴った。


屋敷が賊の襲撃を受けていると気付いたのは執務室に配下の騎士が駆け込んで報告された時だった。


すぐさま騎士を集め、レオンと合流した時目の前に妙な姿の女が現れた。


妖艶な雰囲気を纏った女だったが、その目を見た時オリビアは本能的に目の前の女が人間でないことに気付き、剣を抜いた瞬間隣に居たレオンに攻撃を受けたのだ。


それと同時に()()()()たちが一斉に攻撃してきたのだ。


自分はレオンと戦いながら中庭に誘導し、正気を保っていた女の騎士たちには騎士長の誰かと合流しろと命令するのが精一杯であの女を取り逃してしまった。


「ぐぅ!」


レオンの大剣が砕いた地面の破片を躱し損ねて、オリビアは一歩下がった。


「ふん!」


爆発的な踏み込みで追撃してきたレオンの切り払いを身をかがめて避け、手首を狙って剣を振るうが腕を下げて剣で防がれた。


「幸いなのは正気でないせいか、微塵も本気を出せていないということか」


しかしそれはオリビアがレオンに勝てるという事実を示さない。


レオンの必殺の一撃が迫り、オリビアは紙一重で躱すが死角から蹴りが飛んできた。


剣で受けるが衝撃までは殺せず、オリビアは後ろに下がらされて、真上からレオンの唐竹割りの一撃が振ってきた。


「ぐううぅぅ!!」


咄嗟に剣で受けるが一瞬で地面が陥没し、オリビアの細腕が悲鳴を上げた。


レオンは王国最強に名を連ねる英雄だ、グラール伯爵家の長女として武の研鑽を積み、抜きん出た強さを持つオリビアでさえもたとえレオンが実力の半分しか出していないとしても勝てない。


相打ち覚悟でならば行けるがグラール伯爵家の次期当主であり、何より実弟であるレオンを斬るという選択肢はオリビアの中には存在しない。


「「オリビア様!!」」


ガンっ!、という鈍い音とともにレオンが弾き飛ばされてたららを踏んだ。


「こんな非常時に兄弟喧嘩とは呑気なものですな」

「そんな訳がないだろう!?、呑気なのは其方だ!」


「遅いぞ、ガレオン、カイネ」


レオンを弾いてくれたのは第一騎士団騎士長の老騎士ガレオンと第二騎士団騎士長の美顔(イケメン)騎士カイネの二人だった。


「「はっ!、申し訳ございません」」

「よい、ひとまずは我が愚弟を叩きのめすのに協力しろ。決して殺さず無力化するのだ!」

「「はっ!」」


命令に機敏に答えた二人と共にオリビアは愚弟を倒すべく地面を蹴るのだった。


◆◆◆◆


時は少し戻り、アルレルトとイデア、そしてメリンを抱えたアーネとクリムト騎士長の五人は中庭で戦う気配を目指しながら、侵入者を倒しつつ騎士を集めていった。


そして合流した女性の騎士から衝撃的な言葉を聞いた。


「何!?、男の騎士が正気を失い私たちに襲いかかってくるだと!?、それはまことなのか!」

「はっ!、ピリル家と剣に誓って嘘ではございません」


貴族にとって最も重い言葉が、それを事実だと示していた為クリムトは頭を振って思考を回した。


「正気を失った騎士はどれほどいる?」

「分かりません、私たちが襲撃された時は二十人ほどでしたが…」

「それより増えているかもしれんのだな?」


女騎士は無言で首肯しクリムトは舌打ちしたいのを我慢して、指示を出した。


「もし正気を失った騎士と交戦した場合は戦うのを避け…」

「うわわぁ!!」


クリムトが指示を出していると突然悲鳴が聞こえ、声がした方を振り向くと剣を抜いた複数人の騎士たちがこちらへ走ってきた。


「"氷柱(アイスボーン)"」


イデアが二本の杖を向けると床から生えてきた氷の柱が迫ってきた騎士たちを拘束した。


動けなくなり藻掻く騎士の一人をイデアは真剣な目で観察した。


「イデア、何か分かりましたか?」

「ええ、彼らはおそらく催眠系の魔術で操られてるわ」

「正気には戻せるか!?」

「可能よ、"夢幻霧消(アンチポシス)"」


イデアが二本の杖を振りながら魔術を唱えると、藻掻いていた騎士たちが気を失った。


「し、正気に戻ったのか?」

「戻ったわ、精神力を使い果たして寝てるだけよ」


イデアが見せた一連の光景のお陰で操られている騎士たちを正気に戻せることが分かったことでクリムトは人知れず安堵した。


「アル、この魔術は男を魅力することで発動する魔術のようだから美女を見かけたら絶対に目を逸らしてちょうだい」

「善処します」


そう返すとイデアに睨まれたが、アルレルトは苦笑する他ない。


否とは言えないのは男の性ということで許して欲しい。


再び移動を始めた一行は操られた騎士や侵入者と交戦しながら、進み続けやがてネロの気配を近くに感じる場所まで来た。


そして中庭が見える窓からは中庭で戦うオリビアとレオンの姿が見えた。


「あははぁ、こんなところに集まってたんだねぇ」

「「「!!?」」」


突如聞こえてきた異質な声に全員が警戒して、声をした方に目を向けると妖艶な雰囲気を醸し出す美女が立っていた。


絶世の美女と言っても過言では無い美貌を持つ女に男は意識が自然と吸い寄せられた。


ただ一人アルレルトを除いて。


「"神風流 鳳凰剣"!」


抜刀したアルレルトが何の躊躇もなく女に斬りかかった。


しかしアルレルトの不意打ち気味の斬撃は硬質な音を立てて、弾かれた。


「硬い防御魔術、いや、そんなものなくても分かる。お前は魔人(ディアボロス)ですね」

「…人間に見破られたのは初めてだねぇ、でも私の権能には勝てないよねぇ?」

「"夢幻霧消(アンチポシス)"!」


イデアの魔術で目の前の魔人に催眠されかけたクリムトを含めた男の騎士たちが正気に戻った。


「あれれ、打ち消されちゃたねぇ。しかも目の前の君は私の権能が効いてないぽいっねぇ。どうしてかなぁ?」

「存じ上げません、"神風流 斬風"!」


アルレルトは黒鬼を振り下ろすが、堅固な防御魔術に弾かれた。


余裕の表情を崩さない女の魔人は心底不思議そうな様子で話した。


「だってぇ、私ほど美しい女はいないよぉ。人間の男は優れた容姿を持つ女に自然と惹かれるぅ。私に見蕩れた男を操るのが私の権能なんだよぉ?」

「なるほど、合点が行きました。それではお前の権能が俺に効かないのは道理です」


自らの権能について話してくれたお陰でアルレルトの中で納得がいった。


「お前は微塵も綺麗じゃない!、美しくもない!、本当に美しい女性(ひと)はお前のように瞳が濁ってはいない!」


アルレルトには目の前の女魔人が美しいなどとは思えなかった。


アルレルトにとっての美しい人は瞳が綺麗な人であり、だからこそ瞳が綺麗なイデアやレイシアを美しいと思ったのだろう。


目の前の女魔人の瞳は濁りきっている、この世の不純物を凝縮したようなそんな瞳だ。


「人を食い物にする魔人(ディアボロス)が美しいものか!」

「あっそぉ、それじゃあ死ねばぁ?」

「!?」


突然足元から水が噴き出した、咄嗟に跳んで避けるも今度は無数に展開された水の矢と槍を避けきれずアルレルトは轟音を立てて天井を貫通して吹き飛ばされた。


「アル!?、"炎嵐槍(フレアストームランス)"!」


追撃に放たれた水の槍や矢を凄まじい轟音と共にイデアの魔術砲撃が呑み込んだ。


蒸気が吹き荒れ、屋敷の一部が破壊され瓦礫が降ってきたが全て風の魔術で吹き飛ばした。


「あはは、やるねぇ、人間の魔術師の分際でぇ!」

「アルに論破されて癇癪を起こした魔人(ディアボロス)に言われたくないわ!」


凄まじい数の水の槍と電撃の槍が衝突し、再び轟音が響いた。


「私の名はグラニス、お前ら人間全員殺すぅ!」

「私はイデア、貴方を撃滅する魔術師よ!」


互いに名乗りを上げると、グラニスが極大の水波が通路一杯に広がって迫り、その波を一瞬でイデアは凍らせた。


そして三度轟音が響き、魔人(ディアボロス)対《双杖》の戦いが始まるのだった。

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