四十七話 壊滅と助け
歓楽街は夜の間は煌びやかな街だが、逆に昼間は誰も店を開いておらず、静かなものである。
無論人が居ないわけではないが、歓楽街に住む者たちは皆夜型の人間であり、昼間に出歩くことは滅多にない。
しかし何事にも例外はあるものである一つの娼館では静謐な気配と血潮の匂いが漂っていた。
「ボス!!、襲撃です!」
「何!?、何処のどいつだ!」
娼館の最も豪華な部屋にいた男は突然入ってきた部下の言葉に目を剥いて、問いただした。
「それが…がっ!?」
報告しようとした部下の胸から槍が生えて、血潮を吐いて倒れた。
「なっ!?、くっ!」
驚いた男は咄嗟にベッドの脇に置いていた剣に手を伸ばそうとして、目の前に短い槍が刺さった。
「暗殺者風情がっ!!」
男は部下を倒して現れた者が、黒装束を纏った小柄な暗殺者であることに気付き激高した。
怒りのままに剣を手に取り、暗殺者目掛けて振るった。
対する暗殺者は冷静な槍捌きで男の一撃を受け流した。
「なっ…」
「死ね」
暗殺者の槍が喉元に迫り、男は踏みとどまって紙一重で避けた。
「舐めるなぁ!」
男は大振りの一撃を繰り出すが、暗殺者には当たらず床を陥没させた。
弾き飛んだ破片が暗殺者を掠めたが、そのようなものは意にも返さず、男の懐に飛び込んだ。
蹴りを放とうとした男の股を通り、足を切り裂き膝の裏を突き刺した。
「ぐはぁ!?」
足をやれた男は地面にうつ伏せに倒れ、その上に乗って背後からトドメを誘うとした暗殺者の鼻に香しい匂いが入ってきた。
「待って、ネロぉ」
「っ!?」
ネロの背筋に震えるような悪寒が走り、顔を上げると妖艶なドレスを纏う絶世の美女がそこにいた。
「グ、グラニス様…」
「後は私に任せてくれるぅ?」
ネロはグラニスの言葉によって何も言わず、身体が考えるよりも先に動き、男の背中から離れた。
「お前!、よくもうちの組織を…」
「駄目よ、グリシャ。吠えるだけの男に女は靡かないわぁ。もっと優しくしないとねぇ?」
グラニスがグリシャの顔に触れると、グリシャの目の焦点が定まらなくなってきた。
ネロはその理由を知ってた、男である限りはグラニスには絶対に逆らえないのだ。
これにより裏組織の《闇翼》のボスであるグリシャはグラニスの手に堕ちた。
「彼は使えるわぁ、使えるモノはどんなモノでも使わないと勿体ないわぁ。ネロもそう思うでしょ?」
「は、はい!」
ネロは考える間もなく同意した、グラニスにだけには逆らえない。
彼女は歓楽街の大部分の娼館を支配する裏組織《妖魔の館》のボスであり、カラを娼婦に落とした張本人だからだ。
「そういえば迷宮に潜って階層主を倒したんだっけぇ?」
「えっ?、た、確かに倒しました」
ネロはカラを助けるためのお金を上納金から掠め取っているのがバレたと思い、頬が引き攣りそうになったが寸前で我慢した。
「珍しい冒険者たちと組んだらしいねぇ?」
「あ、ある見方によってはそうかもしれません!」
アルレルトは若いのに卓越した腕前を持つ剣士だし、イデアも凄まじい力を持った魔術師だ。
さらに滅多に見かけない人獣と亜竜を連れている、珍しい冒険者と言われればそうかもしれないがグラニスが何故そのようなことを聞いてきたのかネロには分からなかった。
「な、何故そのようなことを?」
ネロは口に出してから後悔した、急な仕事が入って先程彼らには別れを告げたばかりで気にする理由など全くないはずだ。
すぐに謝ろうとして、それよりも先にグラニスが口を開いた。
「何でもなわぁ、ただの好奇心よぉ」
グラニスの言葉を全く信用することが出来ないネロだったが、続々と部屋に黒装束の人間たちが入ってきた。
「グラニス様、《闇翼》の戦闘員のほとんどを殺害し《闇翼》は壊滅致しました」
「ご苦労様ぁ、それじゃあ次はこの街で最も権力を持ってる人間のところだぁ。夜が楽しみねぇ」
「「「おぉ!!」」」
グラニスの発言に高揚する戦闘員たちをよそにネロはただ畏怖の感情に震えるのだった。
◆◆◆◆
「イデア、怒らないで聞いて欲しいのですが…」
「ん?」
「おそらくネロは歓楽街にいると思いますが歓楽街は昼間は入れません、そしてこちらが四人に対して向こうは巨大な組織です、グラール伯爵家に助けを求めてみませんか?」
アルレルトはイデアが貴族嫌いなのを知っている為、顔色を伺いながら提案すると、イデアは思案するように顎に手を添えた。
「あれ?、怒らないのですか?」
「ん、怒らないわよ。ネロを助ける為に人手が足りたいのは事実だしグラール伯爵家を頼ろうするのは現状では最善手だと思うわ」
でもね、と前置きしたイデアは綺麗な指を三本立てた。
「三つの問題があるわ、一つ目は伯爵家に借りを作る危険性、二つ目はそもそも協力してくれるのか、三つ目は裏組織の一員であるネロを彼らを見逃してくれるのか」
「っ、一つ目は必要経費と割り切ります、二つ目には関してはおそらく大丈夫な筈です。三つ目も彼らを説得します」
「私も一つ目は割り切れるけど二つ目をおそらく大丈夫だと言う理由は何なの?」
「レオは友人です」
「そ、それが理由なの?」
「はい」
至極真面目に頷いたアルレルトにイデアは頭を抱えそうになったが、あくまで冷静に言葉を絞り出した。
「私の記憶が正しかったらアルは《金獅子》とは二回しか会ってないんじゃないの?」
「イデアが言いたいことは分かります、付き合いが浅い男を信用し過ぎだと、そんな薄い関係を頼りには出来ないと」
内心思っていたことを言い当てられたイデアは少なからず驚いて、両目を見開いた。
「これは俺の勘ですがレオは信用出来ます、イデアには信じてくれとしか言えないのが心苦しいです」
アルレルトは自らの意見の説得力のなさを理解していた為、両目を伏せた。
『イデア、アル様をいじめるなんて万死に値する』
「いじめてないわよ!?、あぁ、もう!、別にアルのことを信じてないわけじゃないわ」
アーネの野次のような言葉に噛みつくように答えたイデアは改めてアルレルトの方を向いて言った。
「……自分で言っておいてなんですが信じてくれるのですか?」
「ええ、アルの勘はバカにはできないし伯爵家に断られたら別の手を考えるだけよ」
イデアはそう言って片目をつむって微笑んでくれた。
アルレルトは胸の中が温かくなったような気がして、一言感謝を述べた。
「ありがとう、イデア。絶対にネロを連れ戻しましょう」
「勿論よ、拒絶されたって連れ戻してやるわ」
方針を決めた二人はすぐに行動した、ギルドの外で待たせていたヴィヴィアンを連れてグラール伯爵家が住まう人たちがいる領主の館へ向かった。
領主の館とはバーバラの街で最も大きい建物で貴族の住まいが建ち並ぶ貴族街の中心に建っていた。
「やはり大きいですね」
「そうね、一般的な領主の館よりは一回り大きいから流石は伯爵家といったところかしら」
「イデアと微妙に価値観がズレている気がします」
アルレルトはイデアの言葉からそう感じたが、イデアが不思議そうに首を傾げたので「何でもありません」と誤魔化した。
そんな会話をしながらも領主館の門に近寄ると門兵と思われる二人が慌てるような気配が伝わってきた。
「ん?、門兵の方々が焦ってるような…」
「おそらくヴィヴィアンを見てでしょうね、ここは私に任せて」
壮麗な館の門の近くまで来ると門兵が警戒の目を向けてきた。
「ここはバーバラを治めるグラール伯爵家の館である、何用だ?」
「怪しい者じゃないわ、私と彼は上級の冒険者のイデアとアルレルト、亜竜は彼の従魔よ。大至急領主様とその弟君に伝えることがあるわ」
ドックタグを見せたイデアの切羽詰まったような声音に門兵の二人は目を合わせるのだった。
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