四十五話 情報屋と暗殺者
アルレルトたちは歓楽街のことを知るため"情報屋"と呼ばれる人物がいるという酒場を訪れた。
「そういえば"情報屋"はどんな人なのですか?」
「ずる賢いけど仕事をこなす奴よ、弱みを見せたり下手に出たら絶対にダメね。利用される予感しかしないわ」
イデアの口ぶりからしてやることはやる人物だと考えて、アルレルトを先頭に酒場へ入った。
酒場の中にはまばらに人がおり、各々お酒を飲んで楽しんでいた。
「あいつよ、端のカウンターに座っている仮面の女よ」
「仮面…」
アルレルトが目を向けると、カウンターの端の席に目元を覆う仮面を着けた女性が座っておりちょうど目が合った。
「へぇ、男前の冒険者だね、後ろの魔術師はオマケだと嬉しいな」
「残念ね、用があるのは私よ、"情報屋"」
「《双杖》、もう少し愛想良くしなよ。せっかくの美人が台無しだよ?」
「余計なお世話よ、それと無駄話をしに来たわけじゃないのよ。情報を買いに来たの」
"情報屋"の隣の席に座ったイデアは単刀直入に要件を告げて金貨を見せた。
「まぁ、報酬を貰えるならどんな情報でも売るのが"情報屋"だ、どんな情報が欲しい?」
「歓楽街を仕切ってる主な裏組織とボスの名前よ」
「あー、それは銀貨四枚だね」
イデアは素早く銀貨四枚を"情報屋"の前に積み上げた。
「まいどー、ええと歓楽街を仕切ってる裏組織は二つで一つは《闇翼》、もう一つは《妖魔の館》だね。元々は拮抗してたけど最近は《妖魔の館》に《闇翼》は抗争に敗れつつあって勢力圏を縮めてる」
「《妖魔の館》の方を詳しく教えて」
「ホイホイ、《妖魔の館》は最近ボスがグラニスという女に変わってから急に勢力を拡大してる裏組織で構成員は下っ端も含めれば五百人、そのうち戦闘員が二百人で幹部が四人だね。主に娼館を縄張りにしてるよ」
「…《闇翼》のことも教えて」
イデアは一瞬考えるような素振りを見せて、先を促した。
「《闇翼》はグリシャっていう男がボスの組織で構成員は三百人、だけど最近は《妖魔の館》に押されて勢力を縮めてるよ。はっきり言って落ち目の組織だね」
「ーーアル」
後ろに控えていたアルレルトはイデアに呼ばれて、顔を近づけた。
「何ですか?」
「ネロが娼館に入ったから《妖魔の館》が怪しいと思うんだけどアルはどう思う?」
「俺も同じです、後は《妖魔の館》のボスがいつ頃変わったのか、気になります」
小声で会話したイデアはアルレルトの問いに頷いてさらに銀貨を積み上げた。
「《妖魔の館》のボスはいつ頃変わったの?」
「銀貨一枚でいいよー、大体五年前だったかな」
「…!!」
ちょうどカラが話してくれた誘拐された時期と重なる、その事実に気付いたアルレルトはイデアの耳にそのことを伝えた。
「っ、確定ね。最後に二つの組織のボスに会うにはどうすればいいの?」
「はっ?」
情報屋は仮面越しではあるがイデアの発言に驚いて惚けているように見えた。
しかしそこは凄腕なのか、すぐに冷静さを取り戻した。
「…その情報は買わなくても分かるでしょ、組織に加入して手柄を立てればいつかは会えるよ」
「時間をかけてる暇はないのよ、直近で会える方法を教えて、ないならせめて二人が居る場所を教えなさい」
「強引だねー、金貨三枚だよ」
急に情報の値段が上がったが、イデアは素早く金貨三枚を積み上げて渡した。
「二人に直接会える情報はないけど居場所なら教えられるよ、グリシャは《水鳥亭》という名前の高級娼館に毎夜通ってる。グラニスは組織の名前でもある高級娼館《妖魔の館》にずっといるって噂だよ」
一度受け取った情報を脳内で整理した後イデアは立ち上がった。
「情報、感謝するわ。これは気持ちよ」
「おお、剛毅だね。酒代をどうもー」
さらに数枚の銀貨を置いてイデアは席を立ち、アルレルトは情報屋に軽く頭を下げて酒場を後にするのだった。
◆◆◆◆
「知りたい情報を知ることができたけど何から始めましょうか?」
「俺はネロに話すべきだと思います」
酒場を出てすぐの路地で意見を求めてきたイデアにアルレルトは今まで思っていたことを伝えた。
「ネロはカラを救おうとしています、そして俺たちはカラを救うことでネロを助けたい。話して協力すべきだと思います」
「私もそれが出来たら一番良いと思うわ、でも私たちは完全にネロに信用されているわけじゃないのよ」
イデアの指摘にアルレルトはそのことがあったとばかりに目を細めて、顔を顰めた。
「下手をしたら変に警戒されて仲間になってくれなくなっちゃうわ」
「む、悩ましいものですね…!?」
アルレルトの背筋に突如として悪寒が走り、それが殺気だと気付いた瞬間イデアの背後から人影が迫っていた。
「"神風流 鳳凰剣"!」
アルレルトは殆ど反射的に体が動き、イデアを避けて前に出ながら抜刀して切りつけた。
金属音が響き、後ろに下がった黒衣の襲撃者は交差した二本の剣で受け止めていた。
「な、何!?」
「いきなり攻撃するとは何者ですか!」
混乱するイデアを背中に隠し、黒鬼を中段に構えたアルレルトは目の前の襲撃者に怒声を上げて問い掛けた。
「兄の敵!、死ね!」
襲撃者から濃密な殺気が放たれ、両手に持つ剣を振るうと刃が鞭のように飛んできた。
「っ!、"神風流 荒風"!」
一瞬瞠目したアルレルトだったが、すぐに首を狙って飛んできた鞭刃撃を弾いた。
「ズタズタに引き裂いてやる!、"乱双鞭"!」
「"神風流 辻風"!」
連続で叩きつけられる鞭刃の嵐をアルレルトは手数重視の連撃で捌きながら、冷静に思考を回していた。
(連接剣と言うやつですね。速い…が捉えられないわけではない。しかし後手に回るのは分が悪いですね)
夜の闇のせいで周囲は明瞭ではないがアルレルトの鋭敏な五感を駆使すれば、敵の振るう刃は捉えられるのだ。
「……!!」
「捕まえた!」
黒鬼の刃に連接剣が巻き付き拘束したところにもう一方の連接剣がアルレルトの脳天に振り下ろされた。
「アル!」
唖然としていたイデアはアルレルトの窮地に気付き、声を上げた。
その声をもちろんアルレルトの耳に届いていたが、アルレルトの顔に焦りなかった。
「この程度…!」
黒鬼を拘束されたままアルレルトは円を描くように走って振り下ろされた鞭刃を避けた。
そこでアルレルトは止まらず前進し、拘束していた連接剣の刃を暗殺者に黒鬼を振ることで投げて拘束を脱した。
「なっ!?」
「"神風流 斬風"!」
驚愕しながらも投げられた刃を弾いた暗殺者の隙をついて、アルレルトは一息に間合いを詰めて斬りかかった。
「ぐふぁ!?」
咄嗟に後ろに飛んだ暗殺者だったが斬撃を避けきれず浅く袈裟に斬られ、血飛沫が飛んだ。
アルレルトは迷わず追撃に走り、息の根を止めるべく黒鬼を構え、暗殺者の目が合った。
「っ!!」
その目に宿る殺意に全くの衰えがないことを理解したアルレルトは考えるよりも先に身体が動いた。
真上に跳躍したアルレルトの下で左右から振るわれた連接剣の刃が短い金属音を立てて衝突した。
「逃がすかぁ!!」
自由落下するアルレルトに向かって、下から連接剣の刃が迫りアルレルトは即応した。
「"神風流 薙風"」
前転しながらの薙ぎ払いで二つの刃を痛烈な勢いでもって弾き飛ばした。
暗殺者が連接剣の刃を戻すよりも速く、前転の終わりで着地したアルレルトが黒鬼を鞘に納め一気に距離を詰めた。
「"神風流 青龍剣"」
鞘引きと共に閃いた神速の抜刀技が暗殺者の胴体を上下に両断するのだった。
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