四十話 軋轢と敬意
迷子だったアルレルトたちを助けてくれたのはグラール伯爵家の"騎士姫"オリビアだった。
五人の騎士を率いるオリビアの目的は巨毒蛇討伐であり、目的が同じアルレルトたちとの共闘を約束してくれた。
現在アルレルトたちは二十階層を目指して、迷宮を進んでいた。
「《双杖》、お前の探索役も存外に優秀だな」
「当然でしょ、貴女の騎士にだって負けないわ」
イデアの発言に前方で罠を解除していた騎士が反応して、立ち上がった。
「訂正していただきたい、《双杖》殿。私の腕が小人の冒険者と同等だと言いたいのですか?」
騎士によって指さされたネロは何も言わず不穏な空気を感じ取ったアルレルトは警戒の視線を騎士に向けた。
「そうよ、不満かしら?」
「はい、騎士である私が冒険者、しかも小人風情と同等と言われるのは我慢なりません」
騎士が口にしたのはそんな小人蔑視とも取れる言葉、アルレルトはネロの様子は伺うがネロは背を向けているので表情は見えなかった。
「くだらないプライドね、そんなことで私の仲間を侮辱しないで」
「くだらないプライドだと!?」
騎士はイデアの言葉に顔色を変えて怒気を露にした。
「許さぬぞ!、騎士である私を侮辱するとは…」
「クーツ」
騎士の言葉は最後まで続かなかった、オリビアが静かにその名を呼んだからである。
「オ、オリビア様」
「お前は我の部下、そしてグラールの騎士だ。お前の言葉はお前だけのものではない、我と家の品格を貶める気か?」
オリビアの切り裂くような威圧が騎士を包み、彼は顔面蒼白になった。
「さ、先程の失言を取り消させていただきます」
「別に、私が冒険者で小人なのは事実なので」
ネロはやはり振り返らず、表情は分からなかったがその平坦な声音からアルレルトは不気味なものを感じた。
「っ!、魔獣!」
アルレルトはネロの様子など吹き飛び、一瞬で魔獣の気配に気付いた。
「クーツ、下がれ」「ネロ、下がってください」
オリビアとアルレルトが同時に仲間の探索役を呼んだ。
ネロは言われるまでもなく下がっていたので、アルレルトはすぐに抜刀し、後退するクーツとすれ違いながら前に出た。
視界に映るのは三匹の人蛇、アルレルトは刀の間合いに入った瞬間、一匹を袈裟に斬った。
即座に次に移ろうとすると、既に他の二匹は遅れてきた騎士に倒されていた。
「…やりますね」
「舐めるな、冒険者。私は精鋭だ」
アルレルトはオリビアにカイネと呼ばれていた騎士だということに気付いたが、美顔の騎士で少し驚いた。
「グラール伯爵家の騎士の力は承知しています」
「ふん、ならば後方で見ていたらどうだ?」
「お断りします」
アルレルトとカイネは軽口を叩き合いながらも、さらに襲ってくる人蛇たちを蹴散らしていった。
十分ほどで全ての人蛇を斬り捨てたアルレルトとカイネは同時に血振りをして、鞘に得物を納めた。
「カイネ、よくやった。アルレルト、お前も騎士長であるカイネと張り合うとはやるではないか」
「アル、余計な賛辞は受け取らなくていいわ」
カイネはオリビアに恭しく頭を下げ、アルレルトは相変わらずのイデアの態度に苦笑いをしてしまった。
「騎士長、貴方はクリムト殿と同じ階級をお持ちなのですか?」
「彼は第三騎士隊の騎士長だ、私はその上の第二騎士隊の長だ」
クリムト殿より上の階級なのかと、オリビアの元に戻るカイネを背を見届けアルレルトも仲間の元に戻るのだった。
◆◆◆◆
オリビア様の騎士は優秀で時折アルレルトも前には出たが、探索役のネロの方が一番仕事をしていた。
既に十九階層に到達し、二十階層を目指しているのだが仕掛けられた罠の数が尋常ではないのだ。
嫌がらせのような罠から即死級の罠までそれはそれは大量に設置されていた。
ネロと探索役の騎士がいなければアルレルトたちは一歩も前に進めなかっただろう。
「オリビア様、二十階層へ向かう階段を見つけました」
「御苦労」
オリビアは探索役の騎士の報告に鷹揚に頷いて、労った。
「リーダー、罠はないよ。これで安全に降りられる」
「ありがとう、ネロ」
「仕事だからね」
イデアの労いにネロは淡白に返事をするだけだったが、そんな反応にも慣れつつあるイデアは微笑んだ。
「《双杖》、休息を取るぞ」
「分かったけどその前に二十階層の情報を共有したいわ」
「良いだろう、許す」
「その上から目線な態度、止めなさいよね」
ボヤきながらも杖を抜いたイデアは空中に立体的な何かを浮かべた。
「イデア、これは何ですか?」
「魔術地図よ、魔術で認識した空間を立体的な地図として投影することが出来る魔術よ」
「なるほど、それで最初は道に迷わなったのですね」
「頭の中で地図を書いてたからね」
会話しながらイデアは地図を拡大し、二十階層と思われる場所を映した。
「事前情報では二十階層は全てが巨毒蛇の領域、今までの階層よりは圧倒的に狭いけどその代わり樹木で作られた闘技場のような場所らしいわ」
浮かべられた地図には周囲に木が生えた闘技場が映り、真ん中に一匹の巨大な蛇が投影された。
「付け加えると巨毒蛇は素早くその名にもあるように猛毒の吐息を吐く、そして極めつけは地面に潜るのだ」
「平坦な戦場は巨大な魔獣に有利、さらに俊敏で猛毒を吐き、地面に潜るとはかなりの難敵のようですね」
「オリビア、貴女は倒したことがあるのでしょう。どうやって倒したのよ?」
イデアに問われたオリビアは初めて難しい顔に表情を変えた。
「あの時は我と弟で強引に首を斬ったがオススメはせんぞ、弟がいなければ我は猛毒の体液を浴びて死ぬところであった」
「斬撃がダメなら炎魔術で焼くしかないわね、元々はどう倒すつもりだったのよ、弟の《金獅子》は来てないじゃない」
「地面に潜る前に速攻で首を落とすつもりであった」
オリビアの策は確実性に欠け、実行力はともかく素人目でも成功率は低く見え、イデアは顔を顰めた。
「不確実な策だけど私たちを加えればもう少し具体的な作戦を立てられるわ」
「ほう、どんな作戦か聞かせてもらおう」
イデアの語りにオリビアだけでなく配下の騎士、そしてアルレルトたちも耳を傾ける。
「まずは私が地面に潜れないようにさせるわ、所要時間は一分よ」
「バカな!、迷宮の床は強力な魔術抵抗力を持つ!、たかが一人の魔術師の力で干渉できるものか!」
「誰が床に干渉すると言ったのよ、床の上に氷を張るの、でも地面に潜るを妨害できるのは一回だけよ」
怒声を上げた騎士に毅然と言い返したイデアは人差し指を立てて、そう言った。
「一回だけ…ですか。それに未知の魔獣を相手に一分の時間を稼がなければいけない、聞くだけでも難しいですね」
「不可能かしら?」
イデアはアルレルトの顔色を伺うように聞いた。
イデアとて難度の高い作戦だというのは承知の上だ、それに前衛として最前線で戦うアルレルトの了承を得られなければ作戦自体が成立しない。
「いいえ、オリビア様と騎士の皆様が共に戦ってくれるのならば不可能ではありません」
断言したアルレルトの顔を見て、イデアは笑顔を咲かせた。
「私は騎士の皆様の力を信頼しています」
アルレルトが騎士たちを見る目には敬意が篭っていた。
アルレルトは強き者には敬意を払えと師匠に教えられていたので自然と尊敬の念が湧いて出てきたのだ。
「我も悪くない作戦だと思う、我と騎士、そしてアルレルトの七人で一分程度稼いでやろう」
「作戦の大枠は決まったわね、皆の役割もあるわよ」
イデアはアーネとヴィヴィアン、ネロの方を向いて、アーネたちの役割を語り出すのだった。




