三十八話 隠し部屋と四本鎌の蟷螂
深い闇に吸い込まれるようにアルレルトは真っ直ぐ縦穴を降りていく。
否、その表現は間違いでアルレルトは落下していた。
「ふぅー、はぁー」
そのままの状態であればやがて地面に激突し、血潮と臓物をぶちまけることになるだろうが、アルレルトはひたすらに呼吸を整えるのみで何もしない。
呼吸を整えているのは落ちる前に何かしろと叫ぶ本能を抑える為であり、何もする必要がないことをアルレルトは分かっていた。
「っ!」
縦穴を抜けると、光苔の光が目を焼きアルレルトは一瞬目を細めた。
「アル!」
先に降りた少女の声が聞こえると、アルレルトの落ちる速度が急激に減速した。
「助かりました、イデア。それでここは?」
「迷路の順路とは関係ない場所、おそらくは隠し部屋よ」
イデアと共に周囲を見回すと、木々で構成された地面や壁は変わらないが今までの迷路とは様々な相違点があった。
まずは天井の高さ、今までは3M程だったがこの場所は明らかに5Mはある。
「っ、ヴィヴィアン!」
「ヴィヴィアンちゃんは無事よ、落ちる直前に翼を広げたみたいよ」
ヴィヴィアンはすぐ側に座っていた、どこにも怪我はなく元気そうだったのでアルレルトは胸を撫でろした。
「怪我はありませんか?」
「グルルルゥ!」
問題ないといった意味で鳴いてくれたのだろうと、察したアルレルトは無言でヴィヴィアンの頭を撫でた。
「うわぁぁぁ!!」「アル様!!」
悲鳴と家族の声にアルレルトが顔を上げると、ネロとアーネの二人が落下してきていた。
無論、イデアの魔術で落下速度を減退させられて無事に着地した。
「し、死ぬかと思ったよ」
「生きてるではないですか」
「結果が良ければ全て良しになるとは思うなよ!?」
アルレルトの慰めの言葉にネロは精一杯の怒声と共に発言した当人を睨みつけた。
「落ち着いて、ネロ。聞きたいことがあるんだけどここは隠し部屋かしら?」
「えっ?、隠し部屋?」
問われた事実に驚いたネロは周囲を何度も見回した。
「た、確かに密林迷路とは少し違う。リーダーの言う通り隠し部屋だよ!」
隠し部屋だと確信した様子のネロの声音には歓喜の色が含まれていた。
「隠し部屋とやらがそこまで嬉しいのですか?」
「当たり前でしょ!、隠し部屋は高値で売れるお宝が隠されてるんだよ!」
「お宝……!!」
金銀財宝が眠っているのかと勝手に夢想していたアルレルトは魔獣の気配で一気に現実に引き戻された。
「蟷螂と人蛇!」
「"神風流 斬風"」
イデアの言葉を背中で受け止めながら、アルレルトは抜き打ちで前方の蟷螂を袈裟に斬り捨てた。
「「シャルルゥ!!」」
「疾い!、"神風流 荒風"」
女体の上半身と蛇の下半身を連結させたような容貌の魔獣、人蛇の速度にアルレルトは驚きながらも対処、左右から襲ってきた二匹の人蛇の顔面を切り裂く。
「「シュルゥ!?」」
「"神風流 薙風"!」
水平に振られた漆黒の刃が二匹の人蛇の首を同時に切り落とした。
切断された首元から鮮血が噴き出し、血の雨が降るのにも構わずアーネは吶喊した。
蟷螂たちが振るう鎌よりも速く動くアーネの動きを捉えられず、次々と蟷螂の顔面が消し飛び、胸に風穴が開く。
「喰らえ」
波濤の如き連打が最後の蟷螂の体を粉々に粉砕し、アルレルトの刃が最後の人蛇を斬り捨てた。
「援護の魔術はいらなかったわね」
「はい、この程度魔獣であれば問題ありません。人蛇は迷宮では初めて見ましたがここは何階層なのでしょうか?」
アルレルトの疑問に答えたのは問い掛けられたイデアだった。
「人蛇が出てきたから十八階層より下だとは思うけど…」
「リーダーの所見は間違ってないと思うよ」
ネロのお墨付きを貰ったイデアは笑顔で首肯したので、アルレルトも頷きを返した。
「ではこれからの方針は?」
「このまま迷路に戻るか、この隠し部屋を探索するかの二つね」
「リーダー、せっかくだから探索しようよ。隠し部屋で見つかったお宝は確実に金貨二十枚以上で売れるんだよ!?」
小人特有の小躯を活かすようにネロはイデアの目の前でちょこまかと動き回りながら熱心に提案した。
「金貨二十枚以上ね……お金はたくさんあって困るものじゃないしネロの案を採用してもいいかしら?」
「俺は元々どちらの案でも良かったので構いませんよ」
アルレルトは自己申告の通り、どちらの案でも良かったので特に反論せずに首肯した。
◆◆◆◆
隠し部屋は木々で構成された壁に四方を囲まれた立方体の空間であり、中々に広かったがお宝を見つけるのは苦労しなかった。
「明らかにあの壁に埋まっている巨木よね」
「はい、おそらくは。隠し部屋で一番怪しい場所です」
イデアが指さしたのは文字通り、半分が壁に埋まった巨木。
壁の木々と同化していたが、木の色が微妙に違う為、壁の木とは別の木なのが分かる。
「あっ、リーダー!、木の洞の中を見てよ!」
「あれは…」
目敏いネロの指先を追うと、洞の中にキラキラと光る宝石たちが入っているのを見つけた。
「今すぐ…へぐぅ!」
「お待ちを、何もかも上手くは行かないようですよ」
宝石に飛びつこうとしたネロの襟を引っ張ったアルレルトの鋭敏な五感は宝石を護る番人の存在を見抜いていた。
「キシャア」
巨木の上から降りてきたのは今まで見た蟷螂よりも一回り大きな蟷螂。
普通の蟷螂とは違い、二対四本の鎌を持つ強化種の蟷螂だった。
「俺が斬ります、イデアたちは周囲の警戒をお願いします」
「わかったわ、言われるまでもないと思うけど鎌だけに意識を奪われないようにね」
黒鬼を抜きながら前に出たアルレルトはイデアの助言を受け止め、目の前の敵を見据えた。
「"神風流 疾風"」
「シャ!?」
一息で懐に飛び込んできたアルレルトの斬撃を四本鎌の蟷螂は驚きながらも反射的に防ぐ。
無論アルレルト自身も防がれることは承知の上、すぐさま横に走り抜ける。
すれ違う瞬間にも漆黒の刃が閃いたが四本鎌の蟷螂には防がれた。
しかしアルレルトの顔に落胆する様子はなく、斬撃を放っては移動する。
この一連の動作が一撃を放つごとに速度が増していく、そうなればつい数秒前まで防げていたアルレルトの斬撃が四本鎌の蟷螂に届く。
「キシャア!」
忌々しいとばかりに振るわれる四本の鎌腕はアルレルトの速度に追いつけず、当たるどころか掠りもしない。
そして蟷螂が負う傷は増えていくばかりで、蟷螂には既に凄まじい速度を出しているアルレルトの刃が複数あるように見えた。
強化種の魔獣であれば何かしらの特性を得ているのは必定ではあるが、それを見せる機会を与える必要もない。
アルレルトは初めから特性を披露される前に速さで潰すと決めていた。
「キシャア!?」
「"神風流 疾風連斬"」
風のように動くアルレルトの無数の斬撃がほとんど同時に蟷螂を全方位から斬り裂いた。
防御など出来るはずもなく四本鎌の蟷螂はバラバラに切り裂かれて息絶えた。
黒鬼が鞘に納まり、鯉口が鳴った音で現実に引き戻されたイデアはアルレルトの絶技に感嘆した。
(速度を出すために溜めがいるから多人数戦向きではないけれど一対一ではめっぽう強いわね)
「イデア、宝石を回収しました」
「…ありがとう、アル。綺麗な宝石たちね」
イデアの言う通り、赤、青、翠、黒、白を初め綺麗に加工された色とりどりの宝石がアルレルトの手の上でキラキラと光っていた。
「わ、私にも見せてよ!」
「僕も見たい」
「グルルゥ」
ネロは勿論アーネ、ヴィヴィアンまで興味深そうに近寄ってきた。
アルレルトたちは警戒はしながらも手に入れた宝石たちを床に並べた。
「この黒い宝石とか黒鬼の刃のように光ってるわ」
「確かに金属のような光沢がありますね。あっ、この宝石はイデアの瞳と同じ色ですよ」
アルレルトが拾い上げたのはイデアの瞳の色と同じ橙の宝石で豪華な装飾があるわけではなかったがアルレルトは何故か美しいと感じた。
『瞳が綺麗な人が一番信頼できる人だよ、特にこの世にひとつとないと感じる美しさの瞳を持つ人に出会ったら、その人のことは大切にするんだよ』
「ーーー」
アルレルトはある日の師匠の言葉を思い出して、イデアの綺麗な橙の瞳を見詰めてしまった。
「ん?、どうしたのアル?」
「…いえ、イデアの瞳はこの宝石よりも美しいと思いまして」
「…へにゃあ!?」
心より思ったことを伝えるとイデアは変な声を出して顔を真っ赤にしてしまった。
「な、な、何を言って…まさかアルは貴族の口説き文句を習得したの!?、いつの間に…!?」
「口説いたわけでは…思ったことを言ってしまっただけです。不快だったのなら謝罪しますが」
「う、ううん。謝罪は必要ないわ。そ、その嬉しかったから」
頬を朱色に染め視線を逸らして恥ずかしそうに言ってくれたイデアを見て、アルレルトはとても温かい気持ちになると共に可愛いと感じた。
「イデアは可愛いですね」
「にゃあ!?、な、何を言ってるのよ!?」
「はっ、思ったことがついまた」
「私の前で思ったことをすぐに口に出すのは禁止よ!、主に私の心の平穏の為に!」
とても睦まじい光景を繰り広げるアルレルトとイデアの傍で、二人と一匹は少々居た堪れない気持ちになるのであった。




