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三十七話 落とし穴と迷路の本領


「キシャア!!」

「"神風流 辻風(つじかぜ)"」


十六階層に踏み込んでから四半刻も経たずして、緑色の巨大な虫型魔獣、蟷螂(マンティス)とアルレルトは交戦していた。


左右から振るわれる鎌を手数重視の斬撃で弾き、一気に懐に飛び込み、一息に胸を貫こうとしたがその前に蟷螂マンティスの顎がアルレルトに迫った。


「っ!、"神風流 突風"!」

「キシャア!?」


僅かに黒鬼を引いて狙いを変更し、切っ先を顎の中に突っ込み腰の捻りを使って全身で突きを放ち顔を吹き飛ばした。


そのまま袈裟に下ろして斬り捨てた。


「グルルゥ!」


ヴィヴィアンの鳴き声にアルレルトが黒鬼を構えると、数歩先で同じ蟷螂マンティスを潰していた。


「ヴィヴィアン、前に出過ぎないように。ネロ、魔獣は討伐しました」

「相変わらず強いね、全く」


呆れるような感心するような面持ちでネロは探索役(シーフ)として前に出た。


「アル、十六階層に来てから一気に魔獣の襲撃回数が増えたけど疲労の方は大丈夫?」

「ご心配なく、やりたくはありませんがやろうと思えば三日は不眠不休で戦えますから」

「その言い方、やったことあるのね?」

「……冗談抜きで死ぬかと思いました」


師匠に課せられた修行(無茶振り)を思い出してアルレルトは遠い目になっていた。


「流石にアルレルトが三日間不眠不休で戦う状況には追い込んだりしないわ」

「本当にお願いします」


余程やりたくないのか、アルレルトは腰を九十度に曲げて懇願してきた。


「イデア、アル様にそんな真似させるくらいなら私がやる」

「犬歯を剥き出しにして言われると怖いんだけど…心配しなくても窮地に陥らないようにするのもリーダーの役目よ」


イデアの言葉に納得したのか、アーネは荷物を背負いながらアルレルトの近くに寄った。


「アル様でも嫌なことはある、意外」

「意外ですか?、俺にだって嫌なことの一つや二つありますよ」


アルレルトは首を傾げたが、アーネは自分の為に三人の魔術師に戦いを挑んだ男が嫌に思うことがあるとは思っていなかった。


文字通り意外だったのである。


「リーダー、相談があるんだけど」

「何かしら?」

「この目の前の地面を魔術で破壊して欲しい」


イデアを呼んだネロは目の前の地面を指して、破壊してくれと頼んできた。


「…まずどんな(トラップ)か、教えて欲しいわ」

「この上を歩くと厄介な(パイル)が生えてくるんだよ」


話しながら短剣を地面に投擲すると、地面から無数の(パイル)がせり出し短剣をはじき飛ばした。


ネロは予め柄に付けていた紐を引っ張って短剣を回収した。


「なるほど、ヴィヴィアンちゃんなら大丈夫そうだけど私たちが乗ったら串刺しね」


納得したイデアは黒杖と白杖を抜いて、地面に向けた。


「破壊するより被せる方が効率がいいわね、"氷大地(アイスバーン)"」


凍結魔術が一瞬で一帯の地面を凍てつかせ、即席の氷の地面を創り出した。


「しっかりと歩けますし、(パイル)も出てきません」

「本当にリーダーの魔術は便利だよ」


(トラップ)をイデアの魔術で切り抜け、下の階層を目指して歩みを進めると、再び魔獣と交戦した。



二匹の蟷螂マンティスが相手に本来なら後れを取ることなどない筈だったが、突然ヴィヴィアンの鳴き声が聞こえてきた。


「グルルルゥ!??」

「!?、ヴィヴィアン!」


アルレルトは即座にヴィヴィアンの鳴き声が切羽詰まったものであることに気付き、名前を呼びながら目を向けるとヴィヴィアンの身体が地面に沈んでいた。


否、そう見えたのは一瞬でヴィヴィアンの身体は地面に吸い込まれるように消えた。


「"神風流 荒風"!」


目の前の蟷螂マンティスを速攻で撃破し、イデアの援護魔術で一体が炎に包まれた。


「"神風流 斬風"!」


炎に包まれた蟷螂マンティスを一息に袈裟に下ろし、アルレルトはヴィヴィアンが消えた地面に近付いた。


「こ、これは落とし穴?」


アルレルトが目にしたのは地面を正方形にくり抜いた落とし穴、余程深いのか落とし穴の先は全く見えない。


「嘘でしょ!?、落とし穴の(トラップ)を引くなんて…」

「ネロ!、この落とし穴はどこに繋がっているの!?」


血の気が引いたような顔をしていたネロにイデアは怒鳴りつけるように聞いた。


「知らないよ!、落とし穴に落ちて生きて帰ってきた冒険者はいないんだから!」

「ヴィヴィアン…!!、イデア」


アルレルトの縋るような視線にイデアは思考を加速させた。


(大局を見れば危険(リスク)を犯してヴィヴィアンを助ける利点(メリット)はないけれど、助ける行動()()も起こさなければ私はアルの信頼を失ってしまうわ)


アルレルトの信頼を失う選択だけは出来ない、目標が遠ざかることもそうだがイデア自身がアルレルトの信頼を失うことをひどく恐れているのだ。


(もう大切な人を失うのはごめんだわ)


「ヴィヴィアンを助けるわ、その為にこの落とし穴を調査する必要があるわ」

「は!?、リーダー、正気なの!?」

「正気よ、私はこのパーティーのリーダーとして誰も仲間は見捨てない」


断言したイデアを見るアルレルトの目は輝いたが、逆にネロの瞳は黒く濁った。


「リーダー!、状況を考えれば一目瞭然でしょ!、あの亜竜を助ける利点(メリット)なんて存在しない!、私たちは撤退すべきなんだよ!」


地団駄を踏むように意見するネロに対して、アルレルトは殺気を向けた。


「ひっ!」

「ネロ、何度ヴィヴィアンのお陰で生き長らえたと思っているのですか。恩を仇で返すのならばろくな未来は訪れませんよ」

「み、未来の話なんてどうでもいい、私は()の話にしか興味がないんだよ、アルレルト」


アルレルトの殺気を浴びながらもネロは終始怯えた様子だったが、アルレルトに言い返してきた。


「二人共!、仲間割れをしている場合ではないわ!、どれだけ不満があろうともリーダーが決めたことには従いなさい」


従えというイデアの声音には威厳と高潔さが満ちており、アルレルトとネロの二人は背筋を伸ばし喧嘩を止める他なかった。


「アル、アーネは周囲の警戒、ネロは落とし穴の調査を手伝って」


そしてイデアの的確な指示によってパーティーは再び動き始めた。


「深さを測り降りられるかどうか確かめるわよ」


イデアは白い光の玉を落とし穴に落とした。


光の玉が落ちる速度で落とし穴の深さを測ったイデアは、次に別の魔術を発動した。


即席で改良した一直線上の索敵魔術で落とし穴の構造を把握した。


「穴の深さは百M(メトル)ほどだけど落とし穴の下に空間があるわ、それ以上は知覚限界で分からないわ」

百Mメトル程度なら降りられます、負傷するでしょうが最低限に留めますので…」

「急がないでアル、最初に降りるのは私よ」


予想外とも言えるイデアの発言にアルレルトは目を白黒させた。


「は?、いえ、しかし…」

「落とし穴の下に何があるしても私が先に降りてアルたちが安全に降りられる橋頭堡を作るわ」


アルレルトはイデアに何も言い返せなかった、確かに自分よりイデアの方が出来ることは遥かに多い。


「それに皆を危険に晒すならリーダーである私が矢面に立つのが道理というものよ」

「それを言うなら…いえ、俺が何を言おうとイデアの決断は変えられないのでしょうね」

「その通りよ、アルも私のことが分かってきたわね」

「はい、武運を祈っています」

「ありがとう、一分後に降りてきて」


アルレルトとイデアは頷きあって、落とし穴に飛び込むイデアをアルレルトは見送った。


「さて、イデアは行きましたがネロ、君も来るのですか?」

「こうなったら行くしかないでしょ。私が取れる選択肢はリーダーによって決められたようなものだよ」


ネロ一人では地上へは帰れない、つまりネロはパーティーに協力するしかない。


その事実を見越してイデアがヴィヴィアンを助ける決断したことにネロは気付いていた。


「彼女は聡明ですからね、しかし自分を弱者だとは決して蔑まないように」

「はっ?、何を言って…」

「リーダーに毅然と言い返せる、それはネロの良いところだと思います」

「っ!!」


ネロはアルレルトの指摘に焦ったように口を塞ごうとして、今更無駄だと悟って止めた。


「俺とネロは意見が合わない、でもそれが逆にイデアの為になる筈だと俺は思います」

「…アルレルトって本当に変な奴、冒険者のくせに騎士みたいな話し方をするだし全然冒険者らしくない」

「………褒め言葉として受け取っておきます、アーネはネロと一緒に降りてください。先に行きます」


ネロの言葉に一瞬微妙な表情をしたアルレルトはすぐに切り替えて、落とし穴に飛び込んだ。


そして残ったのはネロとアーネの二人、アーネは一言も話さなかったがアルレルトに意見したネロを睨み続けていた。


「(気まずい!、私の為とはいえわざわざこんな狂犬置いていくなよ!)」


既に降りたアルレルトへ抗議するネロだった。

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