二十七話 膝枕と可能性
イデアと再会できたのは良かったのだが、絶世の美少女であるイデアが現れたことでさらに人が集まってしまった。
「流石に人が多いわね、アル、場所を変えましょう」
「はい、アーネ、リスに戻って下さい。ヴィヴィアン、行きますよ」
イデアの提案に頷き、アーネとヴィヴィアンの二人を連れていくとイデアが驚いていた。
「ちょっと見ない間に個性的な子たちが増えたわね」
「色々あったのです、というか話したいことが沢山あります」
「私もアルに話したいこと沢山あるわ、本当に大変だったんだから!」
拳を握って断言するイデアに苦笑いを向けたアルレルトは彼女にも色々あったのだろうと察すのだった。
場所を変えて近くの公園に移動したアルレルトとイデアは改めて向かい合っていた。
「別れて一ヶ月くらいしか経ってないのにアルは雰囲気が少し変わったわね、なんというか余裕がある気がするわ」
「そうなのですか?、自分では分かりませんが、そういうイデアも少し背が伸びていますね」
「あっ、気づいてくれた?、アルと初めて会った時より1CM伸びたのよ」
イデアは頭頂部に手を当てて、背が伸びたことを表現した。
「まだまだイデアは成長期ですね」
「ちょっと!、人を子供みたいに言わないで欲しいわ、私はちゃんと成人した女よ」
「もちろん知っていますよ、少しからかっただけです」
片目をつむってそう言うと腹に一撃を食らった。
「痛いです」
「アルなら大丈夫よ、それよりアルが連れてる子たちは紹介してくれないの?」
アルレルトの抗議を華麗にスルーしたイデアはアーネとヴィヴィアンに目を向けた。
「彼女がアーネ、人獣です。トビリスと人獣の姿、どちらの姿にも瞬時に変身できます」
「アーネ、アル様の家族」
人獣の姿になったアーネは胸を張って、そう言った。
「私の名前はイデア。見ての通り魔術師、アルの仲間よ」
「知ってる、今代の《双杖》。あれほどの秘石を創れることには納得した」
「《双杖》を知ってるってことは魔術師、見たところ杖は持っていないからローデス派の魔術師ね。よろしく」
イデアが差し出した手にアーネは一瞬躊躇してアルレルトに視線を向けた。
「大丈夫です、イデアは裏表のない人物だと保証しますよ」
「アル様が言うなら…」
警戒しつつもアーネはイデアと握手を交わした。
「そしてこちらが亜竜のヴィヴィアン、グラールの店で購入しました」
「グルルルゥ!!」
「随分と機嫌が悪いように見えるけど?」
「人見知りをするだけです、イデアのことを警戒しているのですよ」
アルレルトの言葉を聞いたイデアは何を思ったか、突然ヴィヴィアンに抱きついた。
「!?、グルルルゥ!!!」
「安心して、私は貴方を攻撃したりなんかしないわ。絶対に傷つけたりしない」
イデアの熱意が籠った真摯な言葉を聞いたヴィヴィアンは動きを止めた。
「ヴィヴィアン、彼女は敵ではありません。アーネや俺と同じです」
アルレルトはヴィヴィアンの頭を撫で敵ではないと滔々と言い続けた。
「グルゥ」
やがて落ち着いたヴィヴィアンは全身から力を抜いた、それを感じたイデアもヴィヴィアンから離れた。
「無茶をしますね」
「これが一番手っ取り早いのよ、それに危なくなったらアルが助けてくれるでしょ?」
片目をつむってそう言ったイデアに対してアルレルトは頷く以外に選択肢を持たなかった。
◆◆◆◆
皆の紹介が終わるとベンチに座ってアルレルトとイデアはお互いの身に起きた出来事を語り合っていた。
その間腹が膨れたアーネとヴィヴィアンは目の前で眠っていた。
「アーネちゃんの為とはいえ魔術師三人を相手に戦いを挑むなんてアルは無茶をするわね」
「俺は後悔していません、それにイデアもその場にいたら同じことをしていますよ」
「それを言われたら否定できないわね、無茶だと言ったことは訂正するわ」
イデアは完敗だという風に頭を振った。
「俺はイデアの誰も仲間が集まらなかった話が気になります」
「その話に戻るの?、私は思い出したくないんだけど…」
イデアは美しい顔を歪めて頬杖をついた。
「イデアの夢、この街の冒険者に笑われたのですね」
「嗚呼、思い出すだけでもムカついてきたわ!、何が一つも攻略できこっないよ!、小娘には無理だとか諦めて家に帰れだとか!、ふざけんなー!!」
怒りが噴火するが如く突然立ち上がったイデアは限界の限り咆哮した。
「できないとか決めつけるな!、死ぬ前に家に帰れとか!、私にとって夢を叶えられないことは死ぬことと一緒なのよ!」
イデアが掲げる世界三大秘境の攻略という無謀とも言える夢はやはり普通の冒険者は受け入れてくれないのだろう。
「はぁ、アルが特別な人だって改めて実感したわ」
怒りをあらかた吐き出したイデアは力なくベンチに座り直した。
「溜まっていたものは吐き出せましたか?」
「本音を言えばバカにした冒険者全員に魔術を打ち込みたいわ」
平然と物騒なことを言うイデアにだいぶ溜まっているなと思ったアルレルトは自分の膝をポンポンと叩いた。
「イデア、俺の膝の上で寝てみませんか?」
「へっ?、ア、アルの膝の上!?」
突然のアルレルトの提案にイデアは頬を赤らめて、一歩距離を取った。
「恥ずかしがらずに、今のイデアには休息が必要です」
「き、休息が必要だとしてもアルの膝の上に寝る必要はないんじゃない?」
「硬いベンチの上より俺の膝の上の方が寝やすいと思いますよ?」
そう言ってアルレルトは再度自分の膝をポンポンと叩いた。
「え、えっと、うう、ア、アルの膝借りるわ」
アルレルトの柔和な笑顔の圧に負けたイデアは緊張で全身が固くなりながらもアルレルトの膝の上に頭を乗せた。
「お、重くない?」
「いいえ、全く」
優しく微笑むアルレルトの顔を直視できずイデアは正面を向いた。
「頑張り過ぎたら潰れてしまいますよ、先程のように遠慮せず吐き出してください。俺でよければいつでも受け止めます」
「……アルって優しいわね、女の扱い方も師匠さんに習ったの?」
イデアの問い掛けにはからかいが含まれていたが、いつもは鋭いアルレルトは珍しくその事に気づかず真面目に答えた。
「そんなこと習っていませんよ、それに師匠を除けばイデアが初めて深く関わった女性です」
「ーーーー」
イデアは衝撃のあまり絶句した、アルレルトの振る舞い方は理想の男性の振る舞い方そのものだからである。
それを誰に習ったわけでもなく素で行なっているというのであらばアルレルトは天才的な女誑しになる可能性があった。
「や、優しいのは良いんだけど誰彼構わず女に愛想を振りまくのは禁止よ!、冒険に支障が出る可能性が高いわ!」
途端にモヤモヤとした気持ちに襲われたイデアはついそんなことを口走っていた。
「愛想を振りまくのと冒険がどう繋がるのですか?」
「女をたくさん作ったアルが夜道で刺されたりしたら困るのよ」
「不意打ち程度なら交わせますし、もし交わせなくとも急所は外しますよ」
「そういう事を言ってるんじゃないの!」
「ほほをひっぱらりゃないでくだしゃい(頬を引っ張らないでください)」
イデアは眉を八の字にしてアルレルトの両頬を引っ張った。
「アルが女遊びにハマったら冒険が出来なくなるでしょ、私はそれが一番嫌なの」
「女遊び?……よく分かりませんが今の俺はイデアの夢を叶えるのに忙しいので心配する必要はありません」
どこかズレているアルレルトの言葉を否定せず、逆にイデアは笑みを零した。
「ふふ、そこまで言ってくれる仲間がいるならまた頑張れる気がするわ」
「はい、一緒に頑張りましょう」
そこで自然と会話は途切れ、目を瞑ったイデアは信頼を預けるようにアルレルトの膝に深く頭を乗せた。
無論アルレルトはその事に気付いて嬉しさが込み上げたが、顔には出さなかった。
理由は分からなかったが何故か無性に恥ずかしかったからだ。
アルレルトとイデアの二人は時折通りかかる人に生暖かい目で見られながら日が落ちるまで心地良い時間を過ごすのだった。




