二十四話 グラール伯爵家と護衛依頼
ギルドでほんの少し会話しただけの領主様に呼ばれる理由が分からなかったが、とりあえず招待を受けて馬車に乗り込んだ。
馬車に乗って連れてこられたのは西地区にあるマグナス様が住まう大屋敷だった。
「ーーーー」
開いた口が塞がらないとはまさにこのことでグラールで見たどんな建物よりも大きかった。
とてつもなく広い庭のさらに奥に巨大な屋敷が建っていた。
これが一つの街を治める貴族の屋敷かと戦慄に似た感心をしていると、案内してくれた老人が微笑ましい目で見ていた。
「申し訳ありません、これほど大きな家を見たのは初めてで思わず放心してしまいました」
「いえいえ、お気になさらず。冒険者とはいえ本邸に招かれることはそうそうあるものではございませんからね」
老人は放心するのはむしろと当然だと笑ってくれた。
「俺はなにぶん田舎者ですから、領主様に非礼を咎められないか心配です」
「その点は大丈夫でございます、旦那様は大層アルレルト様を気に入っていたご様子でしたし懐の深い御方ですから、あまりに無礼な発言は困りますが多少のことならば笑って許してくれるでしょう。執事である私めが保証致します」
恭しく頭を下げた執事殿にアルレルトも軽く頭を下げた。
「ありがとうございます、一つ不安事がなくなりました」
「ふふ、それでは参りましょう」
執事殿の後に続いて屋敷までの長い石畳の上を歩く最中も、美しい庭の光景に目をとられていると久方ぶりに彼らを見つけた。
(ふわふわと浮かぶ小精霊…!、街には居ないのかと思いましたがここにいたのですか)
驚きと嬉しさが混在する不思議な気分に浸っていると、小精霊たちが集まってきた。
「(アル様、なんだが沢山の小さな魔力が集まってる)」
「周囲の小精霊が集まってきているのですよ」
「(えっ!?、小精霊たちがいる!?)」
アーネが突然肩の上で暴れて、落ちそうになった。
「む、大丈夫ですかな?」
「いえ、この子が少し暴れまして」
振り向いた執事殿に微笑み、落ちそうになったアーネを掴んで肩の上に戻した。
「いきなり暴れないでください」
執事殿に聞かれないように小声で注意した。
「(アル様が小精霊が見えてるみたいなことを言うから…)」
「見えてますよ、アーネは見えていないのですか?」
アルレルトが手のひらを前に出すと、森で一緒に長年暮らした小精霊より薄い緑色の小精霊たちが集まった。
「(見えてない、魔術師でも存在を感じるがやっとの精霊が見えるなんてその規格外の強さもそうだけどアル様は何者?)」
「何者と言われても俺は俺ですよ、アーネ」
思い返せばイデアと小精霊に関することは話さなかったので、見えるのが普通だと思っていたがそうでも無いのかもしれない。
「もう屋敷の着くので懐に入ってください」
「(分かった)」
懐を広げると了承したアーネはスルりと懐に収まった。
巨大な扉から屋敷に入り、煌びやかな内装と調度品に目を奪われながらも、執事殿について行くととある部屋に案内された。
「談話室に旦那様はいらっしゃいますが恐れ多くも腰の剣をお預かりしても?」
「構いませんよ」
アルレルトは即座に了承して、黒鬼を腰帯から抜いて執事殿に渡した。
武器を預けて、部屋に入ると中に居たのは見覚えのある人たちだったが、アルレルトはそのうちの一人に目を見開いた。
「あっ!、アルレルトだ!」
「メリン様?、どうしてここに?」
つい先日暴漢から助けた金髪の少女メリンが抱きついてきた、アルレルトは驚きつつもきちんと受け止めた。
「やはり我が娘を助けてくれたのは君だったのだな」
「マグナス様…ということはメリン様はマグナス様の娘?」
「その通り、メリン、きちんとお客様に挨拶しなさい」
ソファーに腰掛けるマグナス様に促されたメリンはアルレルトから離れると、この前とは違う可愛らしいドレスの裾を摘んで名乗った。
「メリン・ヴォルス・グラールと申します」
「俺も改めて、アルレルトと申します。暴漢から助けた時以来ですね、セレネーさんも」
マグナス様の後ろに立っていたメイド服姿の女性、セレネーはアルレルトに声を掛けられると軽く会釈してくれた。
「挨拶が済んだところで座ってくれ」
マグナス様に促されて、アルレルトはマグナス様と向かい合うソファーに腰掛けた、何故か隣にメリンが座ったがアルレルトは特に気にしなかった。
「冒険者ギルドで会った時以来だね、無事に依頼が成功したようで何よりだよ」
「俺だけでなく、他の冒険者たちが協力してくれたお陰です」
「ふむ、君の立案した作戦で死者が出なかったと聞いたが?」
「その認識は間違っておりませんが、冒険者の協力がなければ決して成し遂げることはできなかったでしょう」
「冒険者を指揮することができたことが十分な功績なのだが、この話はここで終わりにしよう」
マグナス様はここで一拍置いて、再び口を開いた。
「昨夜魔術師に襲撃されたね?」
「!?、何故それを?」
アルレルトは突然の指摘に驚きつつも聞き返した。
「私はグラールの領主だからね、街で起こった事件は逐一耳に入るのさ。別にアルレルト君の事情を知りたいわけじゃないよ、本題に入る前に君が五体満足な状態なのか知りたいだけさ」
アーネのことを聞かれたどうしようと思ったが、マグナス様が知りたいのは襲撃の理由ではなくその襲撃で俺が怪我をしていないかということだった。
安心し、アルレルトは澱みなく答えた。
「証拠のようなものはありませんが俺は無傷ですよ」
「それならば安心だ、本題に入ろうか。アルレルト君を呼んだ理由を話そう」
アルレルトは頷き、神経を研ぎ澄ませた、目の前に立つのはこの街の最高権力者、警戒して損することはない。
「そう身構えないでくれ、アルレルト君に頼みたいのはメリンの護衛依頼だ」
「メリン様の護衛?」
アルレルトが思わず隣のメリンに視線を向けた。
「迷宮都市バーバラまでの道のりの護衛だよ、無論こちらからも護衛の騎士はつけるけどアルレルト君がいてくれれば私も安心できる」
「バーバラですか、俺にとって好都合と言えますが何故それを伝えるのに呼び出したのですか?」
冒険者であるアルレルトに依頼を頼みたいのであれば、仲介役である冒険者ギルドを経由するのが通常のやり方だ。
冒険者ギルドと密接な関係にあるであろうマグナス様が知らない筈はない。
「それはこちらの事情かな、王国のとある要職につく我がグラール伯爵家には敵が多くてね。私は娘が心配なのだよ」
「なるほど、そういうことであれば断る理由はございません。その依頼受けさせていただきます」
アルレルトが了承すると、隣に座るメリンが再び抱きついてきた。
「やったぁ!、ありがとうアルレルト!」
「感謝されるのは依頼が終わってからです、時にマグナス様、俺はヴィヴィアンという亜竜を飼っているのですが同行させても?」
「構わないよ、報酬は前金で金貨十枚、依頼が無事成功したら別邸の者がすぐさま金貨五十枚を支払おう」
ただの護衛依頼にしては報酬の額が高いが、貴族の護衛であることと冒険者ギルドを通していないことを考えれば口止め料も含まれているのだろう。
その事には触れずアルレルトは話を聞き続けた。
「出発は明後日の早朝、うちの屋敷の前まで来てくれたまえ」
「ではその時間までに亜竜を連れて参上致します」
アルレルトは恭しく頭を下げるのだった。




