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二十三話 弁償と招待


夢を見た。


俺が幼く師匠がまだまだ元気だった頃から地獄のような鍛練の行なう日々を過ごしていた。


何度も気絶したし何度も死にかけたが、あの森では生きる為には何より強さが必要だった。


そんな地獄の日々を辛いと思ったことはあるが逃げ出したいと思ったことはなかった、物理的に逃げられなかったというのもあるが、



『お疲れ様、アル。今日も順調にボロボロだね』


『し、師匠のせいです、あれだけ叩きのめした後森渡りをさせるなんて…』


『死にかけたけど死んでないっていうのが重要なのさ、何故なら…』


『死に近づいた方が人間は強くなる、もう何万回言われたか分かりません』


『あはは、そうだね』


優しそうに笑った師匠は直ぐに表情を引き締めて、真剣なものにした。


『実際アルは同じ年頃の子がやったら死んじゃう鍛練を毎日やってるわけだけど逃げ出したいと思ったことないの?』


『えっ?』


『いやね、昔貴族の子女にも教えたことがあるんだけどみんな一日と持たずして逃げ出しちゃったから。アルは逃げたいと思ったことないのかなって』


『ありません、確かに鍛練は辛くて苦しい。でも全ては師匠が俺の為にやってくれていること、その思いを無下にしたくないです』


アルレルトとしては心からの本心を言ったつもりだったが、何故か師匠は目を丸くしていた。


『師匠?』


『あ、いや、流石だなぁと思っただけよ』


風に選ばれたハリケーンの男子(おのこ)、ポツリとそんな言葉を師匠が呟いていた気がした。


◆◆◆◆


ゆっくり微睡みの中から意識が浮上し、両目を開くと知らない天井を目に入った。


「ここは…」


呟きながら自分がベッドの上に横たわっていることに気付き、眠る前のことを思い出した。


「キュウ!」

「うぷっ、アーネですか」


アルレルトが上半身を起こすと顔面にトビリスの姿のアーネが抱きついてきた。


「人間の姿に戻った筈では?」

「(あの姿は目立つしこっちの姿の方が動きやすいから、この姿に戻った)」

「!?、この声は…」


アルレルトは突然頭の中に響いてきた声に驚いたが、すぐにアーネの声だということに気づいた。


「魔術ですか?」

「(うん、伝導魔術。魔力が戻ったお陰で使えるようになった)」

「なるほど、人の姿には自在に戻れるのですか?」


アルレルトが問うとアーネの姿が光に包まれて、大きくなり人間のサイズに変わるとあの時の人獣(じんじゅう)の姿でアルレルトのお腹の上にまたがった。


「戻れるよ、こんな風にね」

「よく分かりました。とりあえずアーネは無事なようですね」


アルレルトは優しくアーネの頭を撫でた。


「あわわ、ご主人様ぁ」

「アルと呼んでください、家族であるアーネにはそう呼んで欲しいです」

「分かった、ご主…アル様」


にこやかな笑みを浮かべたアーネにつられてアルレルトも笑み浮かべた。


ふと近づいてくる気配を感じて、アーネはトビリスの姿に戻りアルレルトはベッドに立てかけてあった黒鬼を手に取った。


「何やら話し声が…あっ!、起きたんですね!」


アルレルトのベッドがある部屋に入ってきたのは清潔感のある白いローブに身を包んだ妙齢の女性だった。


「貴女は?、それにここは一体何処なのですか?」

「へ?、何処って"王立治療院”ですよ。貴方は昨夜遅くに運び込まれたのです」

「治療院…」


確かイデアから少し聞いたことがあった、怪我をした冒険者を優秀な治癒師(ヒーラー)がほとんど無償で治してくれる施設だった筈だ。


「それでは貴女は治癒師(ヒーラー)なのですね」

「あっ、はい。タリアと言います、治癒魔術を掛けたとはいえ動かない方が…」

「いいえ、その治癒魔術のお陰か、身体はすこぶる調子が良いので」


昨夜の戦いでも怪我という怪我は負っていない、疲労が限界を超えて眠ってしまっただけだ。


別に師匠と暮らしていた頃は鍛練の結果、気絶するのは日常茶飯事だった。


「それでどうやったら退院できるのですか?」


立ち上がり黒鬼を腰帯を戻したアルレルトはタリアに問いかけるのだった。


◆◆◆◆


院長と呼ばれていた男の診察を受けて、健康であるとお墨付きを貰ったアルレルトは無事退院できた。


院長とタリアさんはひどく驚いていたが、アルレルトは気にしなかった。


自分が人一倍頑丈で丈夫な自覚は持っていた。


「アーネ、俺を治療院に運んでくれたのは君ですか?」

「(ううん、レイシア。僕だと治療院に入れなそうだったから助かった)」

「レイシアが…感謝しなければなりませんね。質問続きで悪いですが妖精の宿り木亭は無事でしたか?」

「(戦闘の余波で一部倒壊してたけど、二人は無事だと思う)」

「……二人には弁償しなければいけませんね」


アルレルトはどれほどの額を弁償すればよいのか、考えて通りを歩いていると一刻程で宿屋に到着した。



「あっ!!、アルレルトさん!、おかえりなさい!」

「シネア、無事なようで何よりです」


入口から入ると向こう側がよく見える風穴が目に入り、シネアが出迎えてくれた。


「お主こそ治療院に運ばれたようじゃが元気そうだのう」

「ええ、身体は昔から頑丈ですから。それより昨夜は申し訳ありません、宿屋には大分被害を与えてしまいました」


ふわふわとアルレルトの頭上を飛び越えたニコはシネアの頭の上に降り立った。


「シネア、元々零細宿屋じゃが宿屋を修理するには相当なお金が必要じゃぞ」

「うん、多分お母さんの貯金を全部使っても足りないよね」


二人で話し合っている様子のニコとシネアにアルレルトは待ったをかけた。


「お待ちください、この被害は全て俺の責任。どれほどの金額でも弁償します」


せめての意思表示としてアルレルトは今持っている手形を全て見せた。


「金貨十枚分の手形が七本じゃと!?、お主いつの間にこんな大金を稼いだのじゃ!?」

「臨時収入がありました、このお金で宿屋を修理できるというのなら好きに使って欲しいです」


シネアとニコは顔を見合せて、いや、正確にはシネアは固まっていたのでニコがシネアの顔色を伺っただけだ。


「シネアは固まっているがお主が弁償してくれるというのならば有難く受けるのじゃ」


ニコは二つの手形を受け取って、シネアに渡した。


「うぇ!?、こんな大金、ど、どうすれば!?、ニコちゃんが持ってて!」

「妖精の妾に何故渡すのじゃ、まぁ、管理ぐらいならしてやるが…」


ひとまず弁償の話は解決したと判断して、アルレルトはレイシアは探した。


「ニコ様、レイシアは自分の部屋にいますか?」

「おると思うのじゃ、出掛けたところは見ておらん」


ニコの言葉に頷いたアルレルトはレイシアの部屋を訪ねた。


扉をノックする前に扉が開いて、白銀の美少女レイシアが現れた。


「その格好…この街を出るのですか?」

「ん、この宿屋は休業になるだろうし臨時の依頼(クエスト)は終わったから王都に帰る」


部屋から出てきたレイシアの装いが外行きのものだったのでもしかしたらと聞いてみたら、アルレルトの予想通りだった。


「そう、ですか。少し寂しくなりますね」

「ん、アルレルトの料理を食べれなくなるのは残念」


無表情は変わらなかったが残念だと言ってくれるだけでもアルレルトは嬉しかった。


「レイシアにはお礼を、俺を治療院に運んでくれてありがとうございます」

「礼は受け取る、魔術師三人を退けたアルレルトに敬意を表しただけ」

「その言い方、やはり魔術師は仕留めきれませんでしたか」

「ん、一人は確実に殺した。でもあとの二人は瀕死だったけど死んではいなかった」


アルレルトは改めてあの魔女たちの手強さを思い出した、特にシンシアと呼ばれていた魔女は強かった。


(最初から殺す気でいけば…いえ、戦いの場でタラレバはなしですね)


自らの思考をそう纏めると、レイシアと共に外の通りに出ていた。


「また近いうちに会いましょう、レイシア」

「ん、また会えたらね」


相変わらずの平坦な声音で別れを告げたレイシアは背を向けて、音もなく去っていった。


「ーー」


僅かな寂寥感に浸っていると、ガタガタと大きな音を立てて馬車が目の前に停車した。


反射的に一歩下がったアルレルトが警戒すると、馬車の扉が開いて上等な紳士服を着た老人が現れた。


「アルレルト様でございますか?」

「は、はい。それは俺の名前ですが…」

「辺境都市グラール領主マグナス・ヴォルス・イルクルス・グラール様が貴方様をお屋敷にお連れせよと」


理由は不明だがどうやらギルドで一度会ったこの街の領主様に呼ばれているらしい。


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