二十二話 想いと正体
「ぐうううぅ!!」
アルレルトによって片手を切り飛ばされた魔女シンシアは魔術の効力が消えて、苦悶の声を上げながら地面に落ちた。
「これで対等です、"神風流 斬…っ!?」
受身をとって着地しすぐさま追撃を放とうとしたアルレルトを二つの魔術が襲った。
咄嗟に刀を盾にして横に飛んだが、避けきれず宿屋の壁まで吹き飛んだ。
壁を突き破って宿屋の一部屋に突っ込んだアルレルトは何度も転がり、何とか刀を突き刺して止まった。
「グルルゥ!!」
「ヴィヴィアン……」
痛みに歪む視界に混乱しながらも微かに聞こえてき亜竜の名を呟いた。
「キュ!」
「アーネ?、逃げなさいと言ったのに…」
逃がした筈のアーネが足に抱きついてきたのに少しばかり驚いたが、よく見回せば宿屋一階の廊下だった。
「アルレルト!?、無事なのか!?」
「ニコ様、出ては行けません。これは俺の戦いです」
口元から垂れた血潮を拭って、黒鬼を鞘に納めたアルレルトは息を整えた。
「魔術師三人を相手によくやる」
「レイシア……褒め言葉と受け取っておきます」
声を掛けてきたレイシアはニコの住処である巨木を守る位置に立っていたので、アルレルトは微笑みを携えながら立ち上がった。
「状況はよく分からないけどあの三人はこの獣を狙ってるんでしょ?、引き渡せば?」
レイシアは一つの提案としてアルレルトに言ったつもりだったが、次の瞬間アルレルトが一瞬で抜いた刃が首元を捉えていた。
「ーー」
「そのような選択肢は俺の中には存在しません、二度と言わないでください」
レイシアは出会って初めてアルレルトが本気で怒っている所を見た。
「アーネは大切な家族です、俺から家族を奪うというのであれば俺はどれだけボロボロになろうと戦います!!」
強く断言したアルレルトにレイシアは気圧された。
「あの時は戦えなかった、死ぬことをただ待つことしか出来なかった。それに魔女如きに負けてるようでは彼女の隣には立てません!」
アーネを一撫でしたアルレルトは黒鬼を握り締めて、飛び出した。
「ヴィヴィアン!!」
「グルルゥ!!」
竜翼を広げていたヴィヴィアンの背に飛び乗ると、魔術を発動して宙に浮かぶ三人の魔術師が見えた。
(先程斬った二人、傷が浅かったか)
「よくもシンシア様を!!、殺してやる!」
「ぐちゃぐちゃに切り裂いてやるー」
怒りで吼えた二人の魔女相手にアルレルトも吼えた。
「やってみろ!、ここからは殺す気で行くぞ!!」
ヴィヴィアンに駆るアルレルトは再び三人の魔女と激突するのだった。
◆◆◆◆
「アルレルトは愚か、でも嫌いじゃない。お前もそう思う?」
戦いに戻ったアルレルトを見届けたレイシアは秘石を背負うアーネに話し掛けた。
「キュ!?」
「驚かなくてもいい、お前が普通の獣じゃないのは分かる。これでも上級の冒険者」
レイシアは後ずさるアーネと視線を合わせるように片膝をついた。
「お前の主はお前の為に戦ってる、なのにお前は変な石ころを背負って突っ立ってるだけ?」
「キュ!?、キュウ!!」
レイシアの挑発に初めてアーネは怒りを露にした。
「お前が何者か知らない、アルレルトも多分知らない、それでも戦ってくれるアルレルトを助けてあげないの?」
レイシアはヴィヴィアンに乗り、三人の魔術師と戦うアルレルトを指さした。
その光景を目の当たりにしたアーネは何かを決心したように背負っていた秘石を抱いて、噛み付いた。
その瞬間、アーネの身体が眩い光に包まれた。
「これは…」
「なぬ!?、この膨大な魔力は…!?」
ニコの驚き声が聞こえたわけではなかったが、魔術師であるシンシアは腕の治療をしながらその膨大な魔力に気付いた。
「この魔力は…まさか!?」
アルレルトと戦っていた二人の魔術師はその魔力に気付くのが遅れた。
だから突然現れた獣にも反応出来なかった。
「邪魔」「はっ?」
横合いから襲ってきた埒外の拳に魔術師マーサは轟音を立てて、地面に打ち付けられた。
「君は…」
もう一人の魔術師と戦っていたアルレルトは彼が離れたことでマーサを殴り飛ばした存在を認識した。
獰猛な牙に立派な尻尾、荒々しい灰色の獣毛を全身から生やす獣、しかし人のような顔を持ち二本の足で立つ姿からただの獣ではなく人間に見えた。
「人獣…」
「………ご主人様は鋭いね」
僅かに縦長の瞳を見開いて驚いた人獣の話し方は親しげなもので、アルレルトは人獣の正体を言い当てた。
「まさか、アーネなのですか?」
「うん、正解。本当の名前はクローディアっていうんだけどアーネでいいよ」
アルレルトは驚きで目の前に立つ人獣を何度も観察した。
「うぅ、ご主人様、びっくりしてるのは分かるけど見過ぎ…」
「!、これは失礼しました」
「グルルルルゥ!!」
アルレルトが乗るヴィヴィアンも驚いたような咆哮をあげていた。
「有り得ない!、生命力を除いたほとんどの魔力を奪った筈!、何故秘獣の姿から人に戻れた!?」
「それはね、シンシア、これのお陰だよ」
アーネはアルレルトが渡した細長い石、秘石を見せて言った。
「それは…まさか大魔術師の秘石だとでも言うのか!?、何故そのような秘宝をお前が…」
シンシアはそこで何かに気付いたようにアルレルトを見た。
「僕も全ての命運が尽きたわけじゃなかったんだよ」
「何だかよく分かりませんが、イデアの秘石が役に立ったのですね」
「うん、この秘石を創った魔術師は大天才だ。僕に魔力を与えても全く輝きを失わない、ご主人様に返すよ」
アルレルトはアーネが差し出してきた秘石を素直に受け取って、懐に丁寧に収めた。
「シンシア様!、マーサが気絶して数的不利です、撤退しましょう!」
「ふざけるな!、ここまでの屈辱を与えられて引けるものか!、剣士もクローディアもまとめて殺してやる!!」
仲間の魔術師パーシーの提言を一蹴したシンシアは空を捨てて、地面に降りて杖を突き刺した。
「"怪樹の奏・妖しき花々よ・純華絢爛に咲き誇れ・妖樹花園”!!」
詠唱が終わると、突き刺した地面だけでなくアルレルトが立つ地面からも無数の樹木と触手が生えてきた。
「これは…!」
「広範囲魔術だ!、この森に呑み込まれたら命尽きるまで魔力を吸い取られる!」
翼を広げるヴィヴィアンと共に逃げるが、アルレルトたちの後ろには"妖精の宿り木亭”があった。
「これ以上は下がれません!、迎え撃ちます」
「!?、無茶だ!、いくら強いご主人様でもこの規模の魔術には…!」
「いいえ!、やるのです!、やらなければシネアとニコ様の大切な宿屋がなくなってしまう!」
アルレルトはヴィヴィアンから降りて、津波の如く迫ってくる樹木と触手をしかと見つめた。
(イデアは魔術とは魔力とイメージによって現実を変化させる事象だと言った、この魔術は見たところ森。剣で森に勝つには…)
アルレルトの脳裏に一つの技が浮かんだ、しかし即座に自分でそれを却下した。
(いや、あれはダメだ。師匠しか使えない剣技だし俺にはまだあれを振れるだけの力はない)
『本当にそうかな?、だって君は風に選ばれてるんだよ』
アルレルトの愚かな考えを謎の声が否定し、背中を押してくれた気がした。
「"風よ・吹け・風よ・鳴け・風よ・散れ・風よ・祈れ”」
「!?、詠唱…いや、これは祝詞!?」
アーネは心底の驚愕を抱くと共に風がアルレルトに集まっているのを感じた。
「"大いなる風よ・力を授け給え”」
凄まじい風がアルレルトの周囲で渦巻き、アーネとヴィヴィアンは引っ張られないように必死に耐えた。
「"神風流 秘剣・龍爪”」
アルレルトが剣を薙いだ瞬間、圧倒的な暴風が駆け抜けて襲いかかる樹木と触手を斬り散らしシンシアとパーシーを呑み込んだ。
風が止むとたった一人剣を振り抜いた姿勢で立つアルレルトだけが残った。
ゆっくりと黒鬼を鞘に納め、鯉口が鳴るとアルレルトは力が抜けたように膝をついた。
「ご主人様!!」
「大丈夫、少し無茶をしただけですから」
駆け寄ってきたアーネに体重を預けると、満天の空が見えた。
「あぁ、あんなにも綺麗な星々が見ていたのか。アーネ、俺は今度こそ戦えましたよ」
「うん、うん、ご主人様は頑張った!」
アーネは溢れる涙を押さえながら、アルレルトを抱き締めた。
「ふふ、くすぐったいですよ、アーネ」
「ご、ごめんなさい」
「謝る必要はありませんが、疲れました。ゆっくり休ませて下さい」
「寝てていいよ、後のことは僕が何とかするから。ご主人様は休んでて」
「ありがとうございます、今はその言葉に甘えさせてもらいますよ」
休息を求める身体に逆らわずに目を閉じたアルレルトは直ぐに深い眠りにつくのだった。




