二十一話 魔女襲来
疲れていたのか、ヴィヴィアンはその後眠り続け目を覚ます頃には日が落ち始めていた。
「グルゥ」
「落ち込む必要はありませんよ、誰にも休息は必要ですから」
「キュウ!」
項垂れるような様子を見せたヴィヴィアンを慰めると、アーネが同意してくれた。
(イデアはアーネとヴィヴィアンを見たらどんな反応してくれるのでしょうか?)
離れた場所にいる仲間が二人を見てどんな反応をしてくれるのか、想像しつつアルレルトは二人と家路を急いだ。
◆◆◆◆
日が完全に落ちきった頃合いに宿屋に到着すると、首輪を着けていないヴィヴィアンを見て最初は驚いたものの、裏庭で寝起きするという条件でシネアとニコはヴィヴィアンの滞在を認めてくれた。
「それに今はアルレルトさんとレイシアさんしか止まってないから大丈夫だと思う」
「ありがとうございます、シネア」
若き女将に感謝し、ヴィヴィアンの宿代を払ったアルレルトはアーネと共に部屋に戻った。
「アーネ、先に寝ていいですよ」
「キュウ!」
一目散にアルレルトの肩から降りてアーネはベッドに飛び乗った。
元気なアーネに目を細めたアルレルトは窓を開けた。
「ーー」
「(おやすみなさい)」
ちょうど真下で寝転がっていたヴィヴィアンが反応したのでアルレルトは軽く手を振った。
ヴィヴィアンから視線を切り、アルレルトはしばらく夜風に当たった。
「街にはやはり精霊はいないのですかね…」
ポツリと呟いたアルレルトは記憶のある限り、森では毎日のように会っていた小精霊すら見かけないことに改めて肩を落とした。
(森と環境が全く違いますからね、また彼らにも会いたいですね)
仄かに湧いてきた故郷の森の情景にアルレルトは自然と笑みを浮かべた。
「師匠との思い出だけではない、精霊との思い出も沢山あります」
イデアの夢を共に叶えたら、森に戻ろう。
その時イデアやまだ見ぬ仲間がついてきてくれるかは分からないが、アルレルトの家はやはりあの森だ。
「考え事をし過ぎましたか」
頭を振ったアルレルトは窓を閉めようとして、突如全身を突き刺すような気配が充満し何も考えず窓から飛び降りた。
地面に着地する前に轟音と共にアルレルトがいた部屋が爆発し、アルレルトは爆風に煽られながらも何とか着地した。
「アーネ!!」
部屋にいた家族を名を叫んで、踏み出したアルレルトの背筋に悪寒が走り、反射的に仰け反ると一筋の斬線が目の前の地面に刻まれた。
「!?」
「あれ?、これ避けるんだ」
「くっ!、魔術師!」
空に浮かぶ魔術師を視界の端に捉え、抜刀しながらバックステップを踏んで放たれる魔術を躱し、次の瞬間アルレルトの背を爆炎が襲った。
「死んだ!?」
「いや、生きてるよ」
新たに現れた魔術師の問いに先にアルレルトを攻撃した魔術師は杖で指して言った。
「魔術師が二人…」
「三人だよ」
「っ!?」
炎に背中を炙られながらもギリギリで躱したアルレルトが降ってきた真上の声を顔をあげると一瞬で地面から生えた複数の触手の突きがアルレルトの急所を狙ってきた。
全てを防げないと判断したアルレルトは頭と心臓、脚を狙う触手を切り、お腹を狙った触手が脇腹を掠めた。
「ぐぅ!」
「"風太刀”」「"爆炎球”」
脇腹に構う暇もなく属性の違う二種類の魔術がアルレルトを襲った。
切り裂く無数の風と炸裂する火球が時間差で迫り、アルレルトは魔術の狙いを見切り、自ら突っ込んだ。
「「!?」」
二人の魔術師が瞠目する中、迫る無数の風の一部を斬って前進したアルレルトの目の前で火球が破裂した。
「えっ?、今私の魔術を斬らなかったか?」
「相手は凄腕の剣士!、何をしてくるか分からないけど"爆炎球”を至近距離で浴びれば…」
魔術師の言葉が終わる前に黒煙を斬り裂いて、何かが飛んできた。
それが斬撃だと気付いた時には既に遅く咄嗟に張った魔術障壁を斬り裂いて二人の魔術師を斬った。
「"神風流 天刃”」
空飛ぶ斬撃を放った黒鬼を振り下ろした姿勢のままアルレルトはボロボロな見た目ほどダメージを受けていなかった。
(師匠に授けられたこの羽織りに助けられました)
アルレルトが纏う漆黒の羽織りの防御力は驚くべきもので、先程の爆炎や触手の突きを食らったものの貫通はしておらずアルレルトは負傷はしていなかった。
「ほほう、パーシーとマーサを倒すとはやるね」
「アーネ!?」
声を掛けられて振り向くと、やはり空に浮かぶ魔術師がおりその手にトビリスのアーネを握っていた。
「アーネ?、ああ、こいつの名前か、ご主人様には随分と気に入れられてるんだね、クローディア」
「目的はアーネですか!」
「そうだよ、マーサのバカがしくじったからわざわざ私自ら出向いたというわけさ」
空に浮かぶ女魔術師は鷹揚に両手を広げて、面倒くさそうに言った。
「あっ、言っとくけど私は君には興味がないからね。素直に引いてくれるとありがたいな」
「ーーー」
あくまで戦いたくないというスタンスを取る女魔術師、否、魔女に対してアルレルトは無言で黒鬼を構えることで自らの意思を答えた。
「えぇー、まさか私と戦う気?、正気とは思えないけど…"草手突”」
一瞬で地面から生えた緑色の触手が全方位が襲ってきた。
「死にたいなら死にな」
「"神風流 天上大嵐”!」
片脚を軸にした回転で触手を切り捨てたアルレルトは上空の魔女へ飛びかかった。
(馬鹿が!、何をしてこようが魔術で撃ち落として…)
内心笑みを浮かべた魔女の全ての思考を置き去りにして、アルレルトは黒鬼を投擲した。
「!?、"電光撃”!」
「ぐうぅ!?」
魔術障壁で黒鬼を流して、目の前に迫ったアルレルトを電撃で撃ち落とした。
「剣士風情がよくも…!、はっ!、しまった!?」
撃ち落とされた体勢から体を丸めた後転で着地したアルレルトが黒鬼を回収して、逃亡するのを見た魔女は自分の手にアーネがいないことに気づいた。
「ヴィヴィアン!」
「グルルルゥ!!」
寝たフリをしていた蒼黒の竜の背に隠れると、アルレルトは黒鬼を鞘に納めた。
「ちっ!、従魔か!」
「ヴィヴィアン、時間稼ぎをお願いします!」
「グルゥ!!」
ヴィヴィアンは後ろに隠れたアルレルトたちを守るように翼を広げた。
「アーネ、聞いてください、あの魔女は強い。これを持って逃げて下さい」
アルレルトは懐からイデアから貰った秘石を取り出すとアーネに背負わせた。
「助けてくれるかは分かりませんがこの宿屋には凄く強い剣士が泊まっています、彼女の部屋に行くのです。場所は知っていますよね?」
「キュ、キュウ!」
「その秘石とアーネが無事なら俺は後顧の憂いなく戦えます」
アルレルトはアーネを優しく抱き締めた。
「俺はもう家族に死んで欲しくないのです」
「キュ!」
「行きなさい!」
躊躇するアーネを叱咤して、逃がしたアルレルトは盾になってくれたヴィヴィアンから飛び出した。
「やっと出てきたか!、"草手突”」
アルレルトは巧みな歩法で触手を黒鬼を抜かず、踊るように躱して避け続けた。
「なっ!?」
「魔女、名を名乗れ」
触手の攻撃が続く中、有無を言わせないアルレルトの声はしっかりと魔女に届いた。
「………シンシア・ハーウッド」
「俺はアルレルト、すみませんが本気で斬ります」
山吹色の瞳に殺意の光が灯った瞬間、シンシアの全身に悪寒が走った。
シンシアが一瞬意識を奪われると、アルレルトの姿が目の前から消えていた。
もはや本能に従ってシンシアは魔術障壁を展開した。
「"神風流 鳳凰剣”」
しかしそんな抵抗も虚しく、風よりも速い神速の抜刀剣がシンシアの片手を斬り飛ばすのだった。