二十話 小竜との出会い
「これが手形ですか…」
メリンという名の少女を助けてから幾許もせずにアルレルトは市場の片隅で細長い十本の木片を眺めていた。
木片に刻まれる王国のシンボルとも言えるアルテイル王家の紋章がリード金貨百枚分の価値があると証明しているのだ。
ただの木片がリード金貨の代わりになると言われても、実感が湧かないが市場で使えば自ずと理解できるのだろう。
「折角ですから何か買ってみますか」
自然とそんなことを呟いていた、もしかしたら自分でも気付かぬうちに大きな市場に来て興奮しているのかもしれない。
買い物をすると決めたアルレルトだったが差し迫って必要なものは何も無い、元々森で生活してきたアルレルトにはお金で買い物をするという習慣がなかったし欲しいものは常に森で採取してきた。
とはいえこれだけ大きな市場を見て回るだけでも、アルレルトは楽しかった。
見たことも無い民芸品や魔導具、一見すると美味しそうに見えない野菜や魔物の皮で出来た装備、さらにどのような効果があるのか分からない謎の薬など、本当に多種多様なものが売っている。
「お兄さん、随分と珍しい動物を飼ってますね」
いきなり飛び込んできた言葉に首を振ると、店を広げる商人の女性と目が合った。
「俺の家族です、それ以外に何か?」
アルレルトは思わず立ち止まり、アーネは驚いたのか懐に入ってしまった。
「そう邪険にしないでください、私の作品をどうかご覧になるだけでも…」
下手に出る女性を怪しく思ったものの、急いでいたわけでないので女性が売っているものを見回した。
「魔導具、それにアクセサリーもあるようですね」
「自慢の作品たちでこれなんかはペットのアクセサリーにどうですか?、お安くなってますよ」
商人が見せてきたのは黒色の首輪で装飾が施されており、素人目にも美しく見えた。
「生憎ですが俺には家族にアクセサリーは付けません」
「それならこれは如何ですか?、恋人にプレゼントとすれば喜ばれること間違いなしです」
アルレルトが断ったので今度は人間用の青色の指輪を見せてきた。
「俺には渡す相手がいませんよ」
「でしたら未来の恋人に渡すつもりで!」
「そのような予定はありません、それでは」
女商人の押し売りから逃れたアルレルトは再び市場の見学に戻った。
特に何かを買うわけでなく一刻程で市場を回り切ったと思った時、力強いが小さな風が頬を撫でた。
「この店は…」
思わず頬に触れたアルレルトの目に一件の店が映った。
多数の鉄檻が積まれ、その中には様々な動物が入っており、それなりの高値で売られていた。
「店主、ここは何を売っているのですか?」
「お客さんか!、愛玩用の動物を売ってるんでさ!、後は戦いに役に立つヤツもいるぜ!、買うかい!?」
店主の言葉には答えず、アルレルトは店内に積まれた鉄檻を見回した。
本当に多種多様な動物が入っていたが、アルレルトには一際大きな鉄檻に入った一匹が目に止まった。
「店主、この子は?、獣にはとても見えないですが…」
「あぁ、ソイツかい?、見た目の通り亜竜の子供でさぁ、でも全然反応しねぇし息吹も吐けない出来損ないですぜ?、まぁ、仮にも竜種のガキなんで値下げはしませんがね」
(この子が亜竜?、本当に?)
目の前にいるのは首輪の着いた全長五m程の蒼色の竜鱗を持つ子供の竜だが、アルレルトには店主の言葉がどうしても信じられなかった。
「グルルルゥ」
「コラ!、お客さんに唸るじゃねぇ!」
檻を蹴りつけようとした店主の足をアルレルトは片足で止めた。
「この子の値段はお幾らですか?」
「は?、えっと金貨五十枚ですぜ」
「もう少し安くならないのですか?、出来損ないならば置き場に困っていたのでは?、金貨三十枚でどうでしょう」
宣伝するように捲し立てた店主の様子から厄介者扱いしてるのは一目で分かった、アルレルトはそれを逆手に取って値下げ交渉をしてみることにした。
「え、いや、うちの店は値下げはしねぇ主義だ」
「そうですか、それでは私は帰りますね」
「ま、待ってくれ!、四十枚!、金貨四十枚なら売る!」
踵を返したアルレルトに店主がしがみつく勢いで、値下げしてくれた。
「交渉成立ですね、金貨四十枚で買いましょう」
アルレルトは早速手形を背嚢から出すのであった。
◆◆◆◆
手形を使って支払い、ペット、正式には従魔と呼ばれる存在の説明を受けたアルレルトは鉄檻から出した子供の亜竜と向かい合った。
「グルルルゥ」
唸り声をあげる亜竜はアルレルトが思っているよりも大きく翼をついて首を伸ばした亜竜と目線が合った。
「大きいですね、言葉は分からないと思いますが俺の名はアルレルト、この子はアーネ。よろしくお願いします」
「グルルルゥ」
笑いかけたアルレルトに蒼色の亜竜は唸り声で返した。
(店主の話では契約魔術で縛られている筈……先程血を捧げて契約しましたがもしかして主従契約に抗っている?)
アルレルトは唸り声を上げて警戒心を露わにする亜竜にそんな疑問を抱いた。
「少し試してみましょうか」
小声で呟いたアルレルトはアーネを地面に下ろすと、黒鬼を地面に突き刺し漆黒の鞘を構えた。
「幸いにもここは空き地で人はいません、かかってきてください」
「グルルルゥ!!」
鞘の先を振って挑発したアルレルトに反応して蒼の亜竜は身を低くして突貫してきた。
「っ!」
当然のように躱したアルレルトが脳天に打ち込もうとして、足元に振るわれる竜爪を後ろ跳びで躱した。
「グルルゥ!」
「ただの獣ではないようですね」
呟きながら翼を広げて押し潰そうとする亜竜の喉に突きを放った。
「グガァ!」
「むっ、尻尾ですか!」
追撃しようとしたアルレルトが反射的に鞘を立てると反転した亜竜の尾が衝突し、アルレルトは吹き飛ばされた。
「面白いですね」
「グゥ!?」
笑みを浮かべたアルレルトの姿が掻き消え、次の瞬間には目の前に現れた、亜竜は混乱しつつも竜爪を振るった。
「"神風流 大風”」
竜爪を真上に跳躍して躱したアルレルトは大上段の一撃を亜竜の脳天に打ち込んだ。
見た目にそぐわない重厚な音を周囲に響かせ、亜竜の頭がアルレルトの一撃で地面にめり込んだ。
「これが君の主になる男の力です、理解できましたか?」
かつて『獣を従えるには力を見せるのが手っ取り早い』と言った師匠の言葉に従ったアルレルトは漆黒の鞘を腰に戻し亜竜に視線を合わせた。
「隷属しろとは言いません、従属しろとも。俺は君と家族になりたいのです」
「グルゥ!?」
アルレルトは近くに突き刺していた黒鬼を引き抜き、亜竜の首輪を切り落とした。
「首輪は必要ありません、名前はそうですね………"ヴィヴィアン”と言うのはどうでしょうか?」
黒鬼を鞘に納めたアルレルトは微笑みながら、提案したが警戒心から亜竜は一歩下がった。
「き、気に入りませんか?、綺麗な蒼黒の竜鱗なので泉の大精霊の名を借りたのですが…」
「グルゥ!」
亜竜は激しく首を振った、名前を気に入らなかったのではない。
アルレルトにはそう言っているように見えた。
「不安なのでしょうね、分かりますよ。ひとりぼっちは寂しいですから」
「!!」
アルレルトは一際優しい声音で亜竜"ヴィヴィアン”の硬い頭を撫でた。
「俺もアーネもひとりぼっちでした。でも今は違います。俺たちが居ますよ」
「キュ、キュウ!」
いつ間にか肩に登ってきたアーネがヴィヴィアンの頭に乗り移ると、頭を叩いた。
トビリスのアーネが自分より遥かに大きなヴィヴィアンの頭を叩くのはとても奇妙な光景に見えたが、アルレルトにはアーネがヴィヴィアンを激励しているようにも見えた。
「ヴィヴィアンがどのような生活を送ってきたのか、知りません。どうしてあの店にいたのか、知りません。でもせめて頭だけは撫でさせてください、きっと落ち着きますから」
アルレルトの優しい声はヴィヴィアンの警戒心を解き、やがて心が休息を求めていたのか、ヴィヴィアンは静かに寝息を立てるのだった。




