十六話 野営地襲撃
談話室で灰色のローブを着たアルレルトが現れると一階に居た冒険者たちがざわめいた。
「おいおい、なんだアイツ」
「見たことないやつだぞ」
小声で囁き合う冒険者の前に立つギルド長が大声を出した。
「静まりやがれ!、今から説明するから待ってろ。レイシア、説明しろ」
ギルド長に促されて、レイシアが前に出ると冒険者は一斉に静まり返った。
それはレイシアの首にかかる上級のドッグタグのお陰もあるが、何よりレイシアの全身から放たれる静謐な雰囲気が場を支配した。
「上級冒険者レイシア、ゴブリンの砦攻略の為に私が呼んだ助っ人、実力は私が保証する」
レイシアの言葉に納得した冒険者たちだったが、たった一人アルレルトと模擬戦で戦ったベイジンが声を上げた。
「レイシアさんよ、ソイツはなんでフードを被ってるんだ?、顔ぐらい見せてくれたっていいだろ?」
「ーーー」
ベイジンに指さされたアルレルトは一瞬身体を硬直させたが、レイシアが先に答えた。
「事情がある、踏み込むのは勝手、でも彼が受け入れるかは別」
「ーーーー」
アルレルトは認識阻害の力がどこまで働くのか分からなかったので黙りを通したが、それが逆に良かったのかベイジンは「悪かった」と言って引き下がった。
ヒヤリとする場面はあったものの討伐隊に参加出来たアルレルトは胸を撫で下ろした。
街を出るまでもグラールの人に奇異の視線で見られたり、冒険者たちからの訝しむ視線は変わらなかったがレイシアが隣にいるお陰で話し掛けて来るものはいなかった。
「アルレルトはどうして冒険者になった?」
馬車でカリジャ森林に向かう道中、手持ち無沙汰なアルレルトが首元まで登ってきたアーネを押し戻しているとレイシアが小声で話しかけてきた。
「突然ですね、理由は単純ですよ、ある魔術師に誘われたからです」
「珍しい理由、誰に誘われた?」
「答えてもいいですが俺からも聞いてもいいですか?」
レイシアが頷いたのを見てアルレルトは一つの疑問を問いかけた。
「レイシアはパーティーを組んでいないのですか?」
同じ上級であるイデアも一人だったが、彼女の場合仲間は集めていた。
しかし目の前の上級冒険者は行動の仕方が単独のように見えた。
「いない」
レイシアの返事は短かったが様々な感情が含まれているように聞こえた。
「そうですか、ちなみに俺を冒険者に誘ったのはイデアという魔術師ですよ」
「イデア?、《双杖》と同じ名前」
「同一人物です、やはりイデアは有名人なのですか?」
レイシアまでも知っているとなるとイデアはどれほどの名声を得ているのか、想像も出来なかった。
「直接面識があるわけじゃない、イデアは世界三大秘境を攻略するって言ってるから有名」
「その口ぶりですとレイシアは攻略できるとは思ってないようですね?」
「思ってない、無謀を通り越して自殺行為。賢い者は歴史に従うから長く生きられる」
レイシアの言うことには説得力があったが、アルレルトは全く真逆の考えを持っていた。
「俺はそうは思いません、人間に越えられない壁など存在しないと思います、歴史とは賢い者だけではなく一部の愚か者によって作られるのだと思いますよ」
イデアが来るまで森に引きこもっていた俺が森を出れたように、人間にとって不可能なことなど存在しないのだ。
アルレルトは信じている、何故なら、
『アル、挑戦すれば人間に出来ないことなんてないんだよ』
何も返せなかった自分が師匠から受け続いた大切な教えの一つだから。
「ーーー」
あまりにも固い意志を感じるアルレルトの言葉にレイシアは黙り込んでしまった。
「申し訳ありません、偉そうな口を…「大変だ!、野営地から煙が上がってるぞ!」っ!?」
謝罪しようとしたアルレルトの耳に外にいた冒険者の切羽詰まった声が届くと、隣のレイシアがすぐさま外に出た。
「私が先行する、ついて来て」
素早く冒険者達に指示を飛ばしたレイシアに一拍遅れて、飛び出したアルレルトは走り出したレイシアの背を追い掛けた。
煙が立ち上る野営地に直行する為、森を突っ切るのだが森育ちのアルレルトは勿論レイシアも街道を走る時と変わらぬ速度で駆け抜けた。
何時でも得物を抜けるように警戒しながら、走っていると前を走るレイシアが腰の剣を抜いた。
「"音斬流 斬響”」
レイシアが剣を振り抜くと、数匹の小鬼の頭が宙を舞った。
「邪魔、"音斬流 音羽”」
続いて襲ってきた小鬼を蹴り殺し、無音の剣技が周囲の小鬼を切り刻んだ。
「レイシア、俺は奥に」
「ん」
小鬼を斬り殺すレイシアの横を通って、アルレルトは野営地に踏み込んだ。
「に、逃げろ!、魔獣は小鬼だけじゃないぞ!」
「あんな化け物相手になるか!」
血塗れで逃げ惑う冒険者たちを狙う小鬼を斬ったアルレルトにテントを破壊して、冒険者が飛んできた。
「無事…!?」
無事ですかと言いかけて言葉に詰まった、何故なら冒険者の顔がパイケーキのように潰れていたからだ。
「グオオオォォ!!」
破壊されたテントを踏みつけて現れたのはアルレルトが見上げるほどの巨大な小鬼だった。
「ハイゴブリン!」
目の前の魔獣を言い当てると共に、冒険者をその場に置いたアルレルトに咆哮を上げながらハイゴブリンが棍棒を振り下ろしてきた。
横飛びに躱したアルレルトはそのまま棍棒を持つ手を切り落とした。
「グオオオォォ!?」
「"神風流 斬風”」
手を切り落とされて悲鳴を上げたハイゴブリンに構わず、そのまま首を切り落とした。
「ハイゴブリンをたった二太刀で…アンタ何者なんだ」
「上級に呼ばれた助っ人です。それよりもまだ小鬼はいます、ご自分の身はご自分でお守り下さい」
「へ?、あ、ああ」
腰を抜かしていた冒険者が剣を持って立ち上がったのを確認して、再びアルレルトは走り出した。
(先程のハイゴブリンと同クラスの気配がまだ…)
「ぎゃああああ!!」
人間の凄惨な悲鳴が耳朶を打つとアルレルトの視界にハイゴブリンに噛みつかれている冒険者が目に入った。
「"神風流 突風”!」
冷徹な光を宿したアルレルトの疾風の如き平突がハイゴブリンの腹を貫き、アルレルトは抜かずそのまま振り抜き臓物を引き裂いた。
「グオオオォォ!!?」
「"神風流 斬風”」
膝をついたところに刃を振り下ろして頭部を両断して息の根を止めた。
「あ、あぁ」
「落ち着いて下さい、防具が砕けて破片が刺さっているだけです」
精神錯乱に陥りそうな男の冒険者に事実を指摘すると、安心したのか気絶してしまった。
ひとまず冒険者を地面に寝かせたアルレルトはハイゴブリンを含めた小鬼たちの気配が遠のいていくのを感じた。
「これは…撤退した?」
明らかに集団的な動きにアルレルトが訝しんでいるうちに小鬼たちの気配は完全にカリジャ森林に消えていった。
◆◆◆◆
レイシアとアルレルトが急行し後詰の冒険者が到着した頃には既に小鬼たちは撤退しており、彼らは負傷した冒険者の手当に回った。
「レイシア、ハイゴブリンを倒しましたか?」
「ん、二体。アルレルトも?」
「はい、同じく二体です。明らかに想定より多いです、小鬼の群れが統率の取れた動きをしていたのも気になります」
「ん、小鬼の群れを指揮する奴がいる可能性がある」
レイシアが指摘したことはアルレルトも考えていたことだ。
アルレルトたちの想定よりハイゴブリンの数が多かったこと、冒険者の野営地を襲撃したこと、そして明らかに統率の取れた小鬼の群れ。
これらの事実が示されれば自ずと同じ答えに辿り着くのだ。
「レイシアさん、死傷者は多数、それに連れ去られた冒険者が十人います」
「ーーー」
魔獣、特に小鬼が人間を連れ去る理由は一つしかない。
その理由は悲惨すぎて語りたくもない。
「レイシアさん、今すぐ連れ去られた冒険者たちを助けに行こう!」
「そうだ!、連れ去られたばかりの今ならまだ間に合う」
一人の冒険者が提案すると、その意見に賛同する冒険者が増え始め、一気に救出に意見が傾きかけたのを他ならぬレイシア本人が止めた。
「ダメ、小鬼の総数も分からないのに救出に行くのは自殺行為」
「なっ!?、だったら連れ去られた冒険者を見捨てるのか!?」
冷水を浴びさせられた冒険者の一人が怒声を上げて抗議した。
「残念だけど…「俺に考えがあります」アルレルト?」
諦めの言葉を口にしようとしたレイシアを妨げたのはアルレルトだった。




