十五話 レイシアの依頼
遅くなりました。
レイシアという奇妙な美少女との出会いを挟みながらも、一日の休息を取ったアルレルトは依頼を受けるためにギルド会館にやって来た。
「アーネを連れてくるつもりはなかったのですが…」
「キュウ!」
危ないので今までもアーネを宿に置いていこうとしたが、断固として拒絶され仕方なくアルレルトはアーネをギルドまで連れてきてしまった。
お陰で他の冒険者からは奇異な視線で見られることが増えたのでアルレルトとしては少々むずがゆいが、宿屋に一人ぼっちで取り残すのは可哀想だと思ったのだ。
一人ぼっちの家に取り残される寂しさは俺自身が一番知っているから。
「ん?」
先日ギルド会館に入った時にも感じた妙な緊迫感が増していることに気付いた、それに普段は冒険者が少ない時間帯にも関わらず多くの冒険者がギルドに詰めていた。
「アルレルト」
「レイシア?」
「来て」
二階部分から声を掛けてきたレイシアに驚く暇もなく、何故か呼ばれた。
そのままレイシアは二階の談話室に引っ込んでしまったのでアルレルトはすぐに二階へ上がった。
冒険者の訝しむ視線を受けながら、談話室に入ると数人の視線がアルレルトを歓迎した。
向かい合うソファーには豪奢な服に身を包んだ壮年の男性と、同じくらいの年の筋骨隆々な大男、そして白銀の美少女レイシアが居た。
「お前は《双杖》が連れてきた剣士だったか?、確か名前はアルレルトだよな?」
「?、失礼ですが面識はない筈ですが…」
冒険者らしからぬ丁寧な言葉遣いに目を丸くした大男と壮年の男性だったが、先に言葉を取り戻したのは大男の方だった。
「はは、噂通りの奴みたいだな。俺はグラール支部の長を務めるダリルってもんだ」
グラール支部の長であるならば自分の名を知っていてもおかしくないと判断したアルレルトは改めて名乗った。
「アルレルトと申します、見ての通り剣士でございます。俺に何か用でございましょうか?」
胸に手を当てて頭を下げたアルレルトの自己紹介に壮年の男性が立ち直って頬を緩めた。
「驚いた、まさか本当に礼儀正しい冒険者がいるとはな、我が娘の婿に欲しいくらいだ。おっと名乗り遅れたな。私はマグナス・グラール、辺境都市グラールの領主だ」
「自己紹介は終わった?、早く事情を説明する」
レイシアの温度の低い視線にダリルは眉をひそめたが、マグナスは逆に頬を緩めた。
「ふっ、済まない。レイシア殿、早速に本題に入ろうか、カリジャ森林でゴブリンの砦が築かれたのは知っているね?」
「いえ、存じ上げません。そのような事態が起こっていたのですか?」
聞き返したアルレルトにマグナスは困惑した表情になった。
「ダリル君、彼の階級は幾つなのかね?」
「彼はつい先週冒険者になったばかりで下級の冒険者です、知らなくても無理はありません」
「なっ、下級!?、どういうことですか、レイシア殿!」
「強い奴を呼べって言ったのはそっち、私は呼んだ」
レイシアはアルレルトの方を見て、そう言ったがアルレルトとしては肩を竦める他なかった。
「アルレルトの実力が知りたい?、だったら見てみる」
「!?」
音も無く接近し振り下ろされたレイシアの手刀をアルレルトは咄嗟に反応し手刀で払った。
払われても直ぐに返す形で振るわれるレイシアの手刀をアルレルトは的確に捌いて後ろに下がった。
追撃するレイシアの手刀が振り下ろされる瞬間、左手で受け流して、右手で貫手を放った。
首を逸らして貫手を避けたレイシアが至近距離で蹴りを打つ瞬間、それを読んだアルレルトの蹴りが激突し空気が破裂した。
風船が割れるような音が響くと、アルレルトより体重の軽いレイシアはふわりと空中で後転して着地した。
アルレルトも蹴りを放った瞬間、逆の足で床を蹴って後ろに下がったので両者共に無傷で終わった。
「凄い、私の手刀を払った」
「受け止めたら俺の腕がタダではすみません、それよりもいきなり攻撃しないで下さい」
呆気に取られる領主様とギルド長をよそにレイシアの賛辞にアルレルトは目を細めて言葉を返した。
「それは謝る。領主様、納得した?」
「た、確かに私ではレイシア殿の初太刀でやられていただろう。しかし今の攻防だけで下級の冒険者を連れていくのは私は良くとも他の冒険者は納得しまい」
「私に策がある。依頼を果たすにはアルレルトの力が必要」
断言するレイシアに領主様は頼もしさを感じたようだが、アルレルトは何を話しているのか分からなかった。
「一つ聞きたいのですが先程のゴブリンの砦の話と何か関係があるのですか?」
「大アリだ、別にゴブリンの砦ができること事態は珍しくねぇしグラールの冒険者たちも潰し慣れてる。だが今回の砦はいつもと違ったんだ。先遣隊に死傷者が出て本隊の冒険者にも被害が出てる」
ダリルが話したことでアルレルトの中で話の点と点が繋がった。
「なるほど、それで上級のレイシアを含めた少数精鋭で砦を落とすということですね」
「その通りだ、頭の回転が早い奴は助かるぜ」
「しかし上級を呼ぶ程の魔獣がゴブリンの砦にいるのですか?」
「ああ、厄介なことに手練のハイゴブリンが数頭報告されてる」
ハイゴブリンはゴブリンの上位種に位置づけられる魔獣でゴブリンより巨大でずる賢く、生半可な実力では容易く返り討ちにされるほどの強さを持つ存在だ。
「ゴブリンの砦攻略の依頼、受けさせていただきます」
「助かるぜ、基本報酬は金貨十枚でゴブリンの討伐数によって上乗せされるから一匹残らず討伐しろ」
それだけ言い残してギルド長が談話室を退出すると、マグナス様も続いて談話室を後にした。
レイシアとアルレルトの二人が残ると、アルレルトはレイシアに問い詰めた。
「何故俺を引き込んだのですか?」
突然呼んだかと思えば傍から見れば下級のアルレルトには分不相応な高難度依頼の完遂に協力を求められた。
レイシアは自分が必要だと答えたがそこまで信頼されるほど自分とレイシアの仲は深くない。
「私の直感が囁く、アルレルトを連れてけと。それにアルレルトだって了承した」
「それは……まさか俺が了承することも予想通りですか?」
「そこまで頭良くない、断られたら諦めた。でもアルレルトは受けた、私の勝ち」
変わらずの無表情だったが薄い胸を張って誇るレイシアにアルレルトは溜息を吐いた。
「もういいです、それより俺が下級の冒険者だとバレない策は何なのですか?」
「これを使う」
レイシアが広げたのはソファーに掛けられていた灰色のローブだ。
「ただのローブなんて言いませんよね?」
「勿論、認識阻害の魔術が込められたローブ。これを着れフードを被ればアルレルトだってバレない」
アルレルトは内心半信半疑だったがレイシアの言葉を信じるしかなかった。
「レイシアの言葉を信じます」
(危険はあれど俺にも利益はありますからね)
本音を内心で呟いたアルレルトは白髪の少女の顔を思い出した。
迷宮都市で待つイデアに追いつくには多少の危険は承知だ、あとはその危険を打ち払える力が自分にあれば良いだけのこと。
「アルレルトの活躍、期待してる」
「レイシアの推薦に恥じぬ活躍はしてみせますよ」
言葉を返しながらアルレルトは灰色のローブを身につけるのだった。




