十四話 白銀の冒険者と音斬流
「俺はアルレルトと申しますが、貴方のお名前は?」
偶然出会った白銀の冒険者のお昼ご飯を作ることになったアルレルトは隣を歩く冒険者に話し掛けた。
通りを歩く人達が男女問わず、振り返る美貌を持つ白銀の冒険者は気だるそうに答えた。
「レイシア」
端的に名前だけ告げてそれっきり会話が続かなかったのでアルレルトは目の前の少女を観察した。
身に纏う服装は動きやすさ重視の軽鎧を身につけ、腰には業物と思われる剣を差している、そして極めつけは首に提げている銀色のドックタグ、これはイデアと同じ上級の冒険者が持つものだ。
(まさかイデアと同じ上級の冒険者とはほんわかした雰囲気に騙されました)
レイシアから所謂強者の風格を感じなかったのでアルレルトは少し驚いていた。
「レイシア、何か嫌いな食べ物はありますか?」
「ない」
「逆に好きな食べ物はありますか?」
「肉、この質問、意味ある?」
「ありますよ、折角作るのでしたら美味しかったと言って欲しいです」
アルレルトの言葉に「そう」とだけ返したレイシアとの間で再び会話が途切れたが、その沈黙を苦にすることなくアルレルトは歩を進めた。
やがて"妖精の宿り木亭”に到着すると、レイシアは木が突き抜ける異質な建物に白銀の瞳を少しばかり見開いた。
「変な宿屋」
「私も最初はそう思いましたが住めば都ですよ」
先導する形で宿り木亭に入ったアルレルトをすぐにシネアが出迎えたが、後ろに立つ白銀の冒険者に目を開いた。
「アルレルトさん、その人は?」
「彼女は街で出会った冒険者で…」
「お昼を食べに来た」
彼女の短すぎる説明に案の定シネアは首を傾げたので、アルレルトはすかさず「お腹が空いてらしたので拾いました」と嘘のような本当のことを告げると、シネアは納得した。
「お腹が空いてたんですね!、それは大変です!、お水でも飲みますか!?」
「要らない」
レイシアのことはシネアに任せて、アルレルトは厨房に移動した。
「さてと始めましょうか」
食材を広げたアルレルトはまな板、包丁、鍋などの調理道具を並べて、作る順番を頭の中で組み立てた。
◆◆◆◆
「サラダとスープ、そして鶏肉の素揚げでございます」
「うわぁー!、すっごく美味しそうです!」
アルレルトが広げた料理に興奮した様子でシネアは食べ始めた。
「レイシアもどうぞ、ニコ様の分もございますよ」
「ん、食べる」
「我の分もあるのか!?」
レイシアとニコにも振る舞ったアルレルトは三人の反応を速る心音を抑えて、待った。
「美味しい!!」
「これは美味しいのじゃ!」
一口食べたシネアとニコが絶賛した一方で一言も発さないレイシアにアルレルトは視線を向けた。
「レイシアはどうですか?」
「ーーー」
レイシアはアルレルトの言葉に取り合わず食べることに集中していた。
変化のない白銀の美貌に僅かながら微笑みが浮かんでいることに気付いたアルレルトはそれ以上なにも言わず、自分も食べることに集中した。
やがてニコを除いた三人で瞬く間に平らげられて綺麗なった皿をアルレルトが片付けた。
「レイシア、美味しかったですか?」
食器を片付け、戻ってきたアルレルトは水を飲んでいたレイシアに改めて聞いた。
「美味しかった」
「それは良かったです」
面倒くさそうなレイシアの言葉にアルレルトは心底嬉しそうに微笑んだ。
「私、この宿に泊まる。一泊幾ら?」
衝撃的なレイシアの一言に半ば放心していたシネアはニコに小突かれて再起動した。
「一泊銀貨一枚です!」
白銀の冒険者レイシアが突如として妖精の宿り木亭に泊まることが決まったのだった。
◆◆◆◆
突如としてレイシアが妖精の宿り木亭に泊まることが決まったが、アルレルト自身には関係なくアーネと戯れながら、自室で秘石を使って試行錯誤していた。
「イデアがくれた秘石、火を起こしたり水を出したりする以外に使えないでしょうか?」
神風流と呼ぶ剣術を修めているアルレルトではあったが、その教えは常在戦場、武芸百般、臨機応変、変幻自在など多くあれど、師匠が簡潔に教えてくれたのは様々な戦いの手を持つことだ。
この教えにより、剣術よりも先に体術を覚えたことはアルレルトの記憶に鮮明に残っている。
(剣が無くても戦えるように秘石の利用手段を増やして起きたいところですが…)
イデアは使いたい魔術は何でも使える石だと教えてくれたが、アルレルトは魔術に関する素養がない為、一般人並のイメージしか出来ない。
アルレルトはイデアが使っていた古代魔術をイメージしたが、あれでは強力過ぎて接近戦では自滅するし何故かは分からないが、アルレルトには使えない気がした。
一度思考をリフレッシュさせるために一度外に出たアルレルトが何気なく、裏庭を歩いていると突然何かが降ってきた。
「っ!?、レ、レイシア!?」
「ん?、よく分かった」
咄嗟に後ろに飛んだアルレルトは突如現れたレイシアに驚くと、レイシアは首を傾げた。
「音は消した筈、何で避けられた?」
「風の流れに敏感なのです、というかいきなり降りてくるのは止めてください、びっくりします」
黒鬼を抜きそうになったことは黙っておくことにして、躱した拍子に落下したアーネを拾った。
「ふーん、《音無し》の動きが分かる、階級は?」
「下級ですけど…」
「冒険者成り立て?」
「はい、事情があってつい最近までは森に住んでいたので」
「なるほど、それで実戦慣れしてる。さっき剣を抜こうとしてた」
抜こうとしていたことを見抜かれたことにアルレルトは目を見開いた。
「分かるのですね」
「ん、私も剣士」
腰に差す剣を指さしたレイシアを見て、今まで感じていた違和感がアルレルトの中で氷解した。
(レイシアの一挙一動、全てにおいて音がしない)
人間は生きているだけで音を鳴らす、歩けば足音が、会話すれば呼吸音が、剣を振れば風切り音がする。
レイシアからはそういった音がほとんど感じられない。
「"音斬流”ですか?」
「!!、誰から聞いた!?」
文字通り音もなく詰め寄ってきたレイシアにたじろぎながら、アルレルトは素直に答えた。
「俺の師匠から聞きました」
「その師匠はどこにいる?」
「……………亡くなりましたのでもういません」
じっくりと絞り出すように答えたアルレルトの様子にレイシアは勢いで答えにくいことを聞いてしまったことを察した。
「ごめんなさい」
「いえ、謝る必要はありません。師匠が亡くなったのは事実ですので」
イデアのお陰でマシにはなったもののやはり師匠の話題は荷が重いことを実感したアルレルトは軽くレイシアに頭を下げて、その場を後にした。
立ち去るアルレルトの背中を見届けたレイシアは剣の柄を強く握り締めた。
「音斬流を知る者、アルレルト。覚えておく」
レイシアの呟きは虚空に溶けて消えるのだった。




