十三話 アルレルトの休日
依頼を受け、達成し報酬を貰うという生活を一週間ほど続けたある日、宿屋のベッドで起床したアルレルトは窓を開けて、空気を吸った。
「森とは違う少し濁った空気。人が住んでいるからでしょうか?」
グラールに来て一週間経つがアルレルトはまだ街の空気に馴染めていなかった。
それでも森とは違う空気と風はアルレルトに新鮮味を与えていた。
「キュウ、キュウ」
「おはようございます、"アーネ”」
ベッドの上で寝ていたトビリス、"アーネ”は器用にアルレルトの背中を登って、左肩に落ち着いた。
「ふふ、元気なようで何よりです」
アーネの頭を撫でながら、何気なく懐から秘石を取り出した。
「キュウ!?、キュウ!」
「これですか?、俺の大切な仲間がくれたものです」
興奮するような声をあげるアーネに簡潔に説明したアルレルトは、今イデアはどうしているのか無性に気になった。
イデアは今何をしてるのだろうか、仲間は見つかったのだろうか、元気にしているのだろうか、尋ねたいことは山ほどある、しかしそれを尋ねることは叶わない。
「早くイデアに追いつかないとですね」
決意を新たに秘石を仕舞ったアルレルトは部屋を出た。
「おや?、アルレルトではないか!」
「おはようございます、ニコ様。枝の上で何をしているのですか?」
部屋を出るとちょうど二階部分にも露出している樹木の枝の上にニコがいることを疑問に思った。
「我は久しぶりに住処の掃除をしていたのだ」
「なるほど、俺も手伝いましょうか?」
「む、アルレルトは冒険者ギルドに行くのでは無いのか?」
「気が変わりました、たまには宿屋の主人に恩返しをしても良いのではと思いまして」
「助かるのじゃ、じゃがその前にシネアの朝ご飯を食べるのじゃ」
ニコの言葉に従い一階に降りてくるといつものように朝食が用意されていた。
「アルレルトさん!、おはようございます」
「おはようございます、シネア」
「シネア、この宿の主である我に挨拶はないのか?」
「要らないよー、ニコちゃんはお客様じゃないもん」
お盆を持って笑顔で下がっていったシネアにニコはガックリと肩を落とした。
「赤子の頃はもう少し可愛げがあったのじゃ」
「お二人は長い付き合いなのですね」
「その通りなのじゃ、元々ここはシネアの母親と共に始めた宿屋じゃからのう」
ニコは昔を懐かしむようにシネアが去っていった方を見た。
「シネアの母親が生きておった頃はもっと繁盛しておったのだ、毎日冒険者たちが出入りし賑わっておった。無論我は見ているだけだったがのう」
「不思議なものです、ここが賑わう光景を俺は鮮明に想像できます」
「嬉しいことを言ってくれるのう!」
笑みを浮かべたニコはふよふよと羽をはためかせて、飛び上がった。
「キュウ」
「ん、固いパンですがスープに浸せばアーネでも食べれますよ」
パンを食べようとしたアーネを制して、スープに浸けてから渡した。
「あれ?、ニコちゃんは?」
「住処に帰りましたよ、それと今日一日は宿にいるのでよろしくお願いします」
「えっ!、そうなんですか?、それじゃあお昼ご飯も食べますか?」
「是非と言いたいところですが、ここは俺に作らせてくれませんか?」
「アルレルトさんが?」
「はい、これでも腕にはそれなりに自信があります、日頃のお礼にどうでしょうか?」
「アルレルトさんのご飯食べてみたいです!」
シネアにお昼ご飯を作る約束をして、朝食を完食したアルレルトは二階に戻ってきた。
「家の手入れ手伝いますよ」
「助かるのじゃ、横に伸びた枝を切って欲しいのじゃ」
「なるほど、簡単ですね」
黒鬼を抜いて霞む速度でアルレルトが樹木の周りを三周するとたくさんの枝が床に落ちた。
「は、速いのう」
「この程度どうということはありませんよ、次はどうするのですか?」
「上に伸びる枝葉を切るのじゃが…」
ついてこられるのか?、という疑問を聞くのは愚問だと判断して、ニコはそのまま外に出た。
想定通りと言うべきか、既にアルレルトは屋根の上に居た。
「我もそれなりに長生きしたつもりじゃが底が知れない強さを持つ人族に会うのはイデア以来なのじゃ」
「ニコ様から見てもイデアは強いのですか?」
「妖精も魔術を扱う種族じゃからのう、イデアの異質さは一目で分かったのじゃ、美人のクセに口が悪いのが玉に瑕ではあったがのう」
「ふふ、確かにイデアは口が悪いのですがそれは不器用なだけですよ、本当は優しい心根を持っている人です」
「………お主、イデアのことをよく見てるのじゃな」
「彼女の勝手で一ヶ月共に同じ家で暮らしたので、それくらいは分かりますよ」
「なぁ!?、あの身持ちが固いイデアと一ヶ月と共に過ごしたじゃと!?」
ニコが突然大声を出すのでアーネが驚いて、肩から落ちそうになっていた。
「成り行きです、当時の俺は望んでいませんでした」
「その言い方だと今は望んでいるように聞こえるのじゃが…」
「少なくとも俺はイデアに感謝しているという意味です、枝葉の剪定終わりましたよ」
話をしているうちにアルレルトは枝葉の剪定を終えて、切り落とした枝を集めた。
「この切った枝はどこに置けば?」
「裏庭に集めて置いて欲しいのじゃ、アルレルトも大概凄い奴じゃのう」
背中を向けて屋根を降りるアルレルトにニコはそんな言葉を掛けるのだった。
◆◆◆◆
ニコの手入れを手伝った後は部屋に戻って鍛練をしたり、アーネと遊んで時間を潰したアルレルトは昼前の時間に市場へ出かけた。
「お昼なので軽めのもの、スープとサラダ、後は揚げ物にしましょうか」
独り言を呟きながら献立を決めたアルレルトは市場で食材を買い求めた。
アルレルトは冒険者特有の酒場に行ったり、娼館を利用することがないため依頼で稼いだお金はほとんど貯金しているので、金銭面に心配はない。
順調に市場で食材を購入していると、とある路地に向かって風が吹いていることに気付いた。
(凄く力強い風…)
初めて感じる風に惹かれるようにアルレルトは路地に入った。
路地を通り抜けると小さな緑地が広がっていた、街中にも関わらず自然が存在することに少なからず驚いたアルレルトは緑地に足を踏み入れた。
風に背中を押されるように歩くと小さな樹木に辿り着いた。
「冒険者…?」
樹木の下には木製のベンチがあり、そこに横たわって寝息をたてる少女がいた。
直ぐに傍に剣が立て掛けてあったのと、服装から冒険者と判断したが疑問を持ったのはその容姿だ。
非常に整った目鼻立ちに形の良い眉、特筆すべきは髪の毛と眉毛が銀色に染まっていることだがその全てが完璧に調和し、少女の美は完成されていた。
イデアを例外とすれば冒険者にしては美し過ぎる、そんな疑問を持つと同時に少女が目を開いた。
「!!」「………誰?」
ゆっくりと体を起こした少女がアルレルトを見て、コテンと首を傾げた。
アルレルトは少女の瞳が銀色であることと突然起きたことに驚いたが、冷静に言葉を返した。
「通りすがりでこの場所に寄った者です」
「ふーん」
大して興味もなさげにアルレルトから視線を外した少女から、ぐぅーという可愛いお腹の音がなった。
「街に来てから何も食べてない、忘れてた」
「だ、大丈夫ですか?」
ベンチに身を投げ出した少女にアルレルトが駆け寄ると、少女の瞳がアルレルトが持つ食材たちに固定された。
「これからお昼作る?」
「え?、は、はい。宿屋の方々に振る舞おうかと」
「私の分も作って、お金は払う」
そう言って白銀の少女は金貨を差し出した。
「お金があるのでしたら酒場に行けば良いのでは?」
「面倒臭い」
アルレルトの提案を面倒臭いの一言で一刀両断した白銀の少女にアルレルトは困惑するばかりだったが、少女が引いてくれる様子がないので仕方なく少女の分も作ることに決めるのだった。




