湊人の小説
僕はその日のうちに短編小説を書き上げた。意欲に満ち満ちていたからなのか、約四千字の文章を三十分近くで書けてしまった。
早く高嶺に読んでもらいたい。
翌日、放課後になってすぐにクラスの友人たちとの談笑もそこそこに、図書室へと駆けて行った。
図書室に入ってみると、司書さん以外には誰も居なかった。さすがに勇み足だったようだ。いつもと違って司書さんは居眠りをしていなかったので、軽く会釈すると、司書さんはまるで微笑ましいものを見るかのようにニヤニヤと笑っていた。何故かは知らないが恥ずかしくなったので、慌てて合った顔を逸らして、高嶺の特等席の隣に腰かけた。
約十分後、高嶺未雪が図書室にやって来た。彼女も居眠りをしていない司書さんと目が合ったのだが、僕と同じようにプイと顔を逸らした。逸らした先の視線が僕と合う――途端に、死んだ魚のような目、いや、死んだ魚を見るような目に変わった。ドⅯ垂涎ものだろうが、あいにく僕にそんな趣味はないので、たじろぐだけだったが。
「高嶺」
「何かしら?」
「僕の小説を読んでくれ」
「…………隣に人がいると落ち着かないから、そこの席からどいてくれる?」
僕は今座っていた席から少し離れて、彼女がいつもの席に腰かけたところで、小説を手渡した。受け取る手つきはぞんざいだが、読む時の姿勢は最初に読んでくれた時も今も真っすぐだ。
彼女が手に取って読み始めるとすぐに小説から視線を上げて、僕を睨みつけてくる。僕はふいっと目を逸らして、ふとカウンターにいる司書さんとまた目が合った。さっきと同じように、まだニヤニヤと笑っている――どうして、今日に限って居眠りをしないんだ、あんたは。
視線を彼女の方に戻すと、彼女は再び視線を落として僕の小説を読んでいる。表情を見てみると、目は文章を睨むように逆三角形になっている。その部分だけを見れば、穏やかじゃないな。
読み終わったらしく、最初のページに戻してから、小説に視線を落としたまま高嶺は、
「どういうつもりなのかしら?」
微かに怒気をはらんだ声で言った。
「何のことだ?」
僕はとぼけてみせる。
それを聞いて、高嶺はさらに怒ったような声で、
「この内容をどういうつもりで私に読ませたのかって、訊いてるのよ」
人差し指で小説をつつきながら言った。
小説の内容。
大まかに言えば、仲の良い兄妹の話である。
ある梅雨の日。兄妹がリビングでくつろぎながら会話をするという、ただそれだけの話。大人しい兄と元気な妹が反発する部分も多々ありながらも雑談をする会話劇。ドラマチックな展開は何ひとつない。ベッタリとお互いの好意を押しつけるような様子は皆無だが、会話から滲み出る信頼関係。
兄と妹の幸せな日常の一コマ。
僕はそんな内容の小説を書いて、高嶺に読んでもらったのである。
まあ、素直には受け取られないとは思っていた。
「これは私への当てつけなのかしら?」
「違うよ。これはフィクションだ。僕の頭の中から生まれた兄妹だよ」
「この兄妹……特に妹が人間味があって良いけれど、こんな兄妹はあり得ないわ。リアルじゃない」
「多少はリアルじゃなくても良いだろう。小説は娯楽なんだから」
小説は娯楽。辛い現実の逃げ場にはして欲しくない。息抜きに楽しむくらいでちょうど良いんだ。
「現に、高嶺も楽しんで読んでくれてたようだったしな」
「あなたの目と耳は正常に機能しているの? 私のリアクションの何を見聞きしていたのかしら」
「さあ? 何だろうな」
何かと言われても、読んでいた時の彼女の口元かな。睨むような目と違って、口元が三日月形に緩んでいたからな。
世界全てが敵と言わんばかりの剣呑さを周りに振りまきながらも本当は優しいのかもしれない高嶺未雪が、ほんの僅かな間であったけれど、穏やかな笑みを浮かべていた。
これはきっと、とても素晴らしいことであるのかもしれない。
何かが始まる予感がした。
今回湊人が書いた小説に心当たりのある方はニヤッと笑っていただけたかなーと思います。
ありがとうございました!




