29話王を温泉にご招待!
「転生者、クリハラ ナツ。此度の罪についての質疑に答えよ。王の前での沈黙は死罪に値する」
赤いカーテンのせいで王様の顔は見えないが、絢爛豪華なマントや足元からどっしりと腰掛けているのは分かる。
質問は側仕えがするようだが、回答は王に向けてするものだと思うべし……
「は、はい」
「まず、街で"女神の泉"と称した小瓶を売りつけた詐欺行為についてだ。これを実際に飲んだ者たちから"なんの効果もない"という報告が多数上がっている。事実であろうか?」
「虚偽です。私の温泉が盗賊に盗まれ、それを転売されました」
「それを裏付ける証拠は?」
「……」
あるとすればシャルナに証言してもらうか、私がシャルナと揉めていたのを見ていた人から証言してもらうかのどっちかだよね……でもそしたらシャルナが捕まっちゃう……
温泉で話してくれたシャルナの小さな夢。悲しそうに、でも嬉しげに話してくれた彼女の顔が頭から離れない。
「ありません。盗賊は姿を消してしまったので」
ラーウェルにジト目で見られる。
言いたいことはわかるけどね……
「では噂になっている"女神の泉に浸かるとレベルがアップし、病や傷が治る"というのも嘘であるか?」
「それは本当です!女神の泉というのは、ルイス家のユラさんが言い出したことで、私の店では【温泉】と称しています」
「魔女の館のユラ様が?体が弱く外には出られないと聞いたぞ。王の前での虚偽報告は重罪であるぞ」
「本当です!い、一度王様も浸かっていただければ……」
「貴様!王に怪しげな泉へ浸かれと申すか?!もしや洗脳系の泉なのでは……?衛兵!この女を捕らえよ!」
ミスった!!
ラーウェルが飛び上がり私を庇うように立ちはだかるが、衛兵には手を出せない。囲まれ、あっという間に拘束。
ヤバいヤバいっ!どうしよう……やっぱり、シャルナのこと正直に話すしか……
王という絶対的な力の前に、私の心は弱かった。恐怖にのまれ、口を開く。
「盗賊は――」
「王よ!その者の話は本当ですぞ!この俺が身をもって効果を実証しているからな!」
高い天井に響き渡る大声。弾かれたように振り返るとそこに立っていたのは――
「我が冒険者パーティー"天空の剣"の名において、ナツのスキルは本物だと証明する!」
「っ……ゲルガーさん!」
「こら、ゲルガー。王様に対して失礼ですわよ。ナツ、久しぶりね」
「ウィラさん!イクスさん、グランツさん!」
私の温泉の初めてのお客様。私がこの世界で不戦湯を経営しようと思ったきっかけの激強パーティだ。
「おぃ!いくら王直属の冒険者パーティだからと言っても、今は罪人を裁く場だ!口を挟むとは」
「よい」
ダンッ
大きな足踏みの音に全員が静まり返り、片膝を着いて頭を下げる。私とラーウェルも慌てて頭を垂れた。
「ゲルガー。その温泉とやら、効果は本物か?」
「ハッ!長年上がらなかった俺のレベルが上がりました。本物です」
「王よ。わしはあれほど心地のいい泉に浸かったことはありませぬ。天にも登る心地になりますぞ」
「グラじぃ。貴様が言うのなら本当だろう。ナツといったな。我も温泉とやら、入ってみたい」
王はゆっくりと御簾から顔を出す。白銀の頭に青い瞳。精霊のような見た目に私は目を奪われた。
「出かける支度をする」
「お、王よ、本当に浸かるのですか?得体の知れない泉ですぞ?」
「天空の剣が良いというのだ。興味がある。そんなに不安であれば、毒味役を先に浸からせればいいだけの話。さぁナツ。我を女神の泉へと案内しろ」
「はい!」
温泉なんだけど、ね――
◾︎◾︎◾︎
私は王と天空の剣パーティを従え、不戦湯へ向かうことになった。王は大きな白馬に跨り、赤い王冠に煌びやかなマントとお忍びする気も無いらしい。王都を行き交う人々は一様に頭を下げながらも、ヒソヒソと行く先を噂しているようだ。
まさか王様を温泉に入れる日が来るとは……気に入らなかったら首切りかな……
「あ!ナツちゃん帰ってき……」
楽観的なソラだがこの時ばかりは目をひん剥いて即座に頭を垂れる。
この国というか、異世界の王様めっちゃ権力あるじゃん……ソラが"勇者"を勤めてるのはじめて見たかも
不戦湯の扉を開く。
「いらっしゃ……?!」
番台でお茶を啜っていたリンファが飛び跳ね壁にへばりつく。まぁ、そうなるよね。
「えっと……王様、こちらです」
男湯の戸を掴む手が震える。
大丈夫、温泉の力を信じよう!ゲルガーさん達も気に入ってくれたし、温泉に浸かればきっと上手くいく――!
ガラッ
勢いよく男湯の扉を開ける。
「これが温泉で――」
広々した大浴場に浸かるグリフォンとフェニックス。小ぶりな浴槽に浸かるユニコーンやドラゴン。ひしめき合う多数の魔獣。
ピシャンッ
私は思い切り男湯の戸を締めたのだった。




