従者は聖女に仕える。
聖女の従者となってからは常に聖女の側に立ち、聖女が勉強などをしている時にだけ側を離れ、従者兼護衛としての鍛錬を積まされた。
尊敬も信頼もしていない者の為に鍛錬を積むのは、言わずもがな、憂鬱だった。
そんな鬱屈とした日々が続いたある日のこと。
聖女が庭園に散歩に行きたいと言うのでそれに着いていた時だった。
ラモンはいつも庭園の開けた場所で武芸の鍛錬を行っていたので、聖女にせがまれ、庭園の案内をしていた。
少しすると、一面、若草色の芝生が絨毯のように広がる、開けた場所に出た。その周りは照葉樹が囲っていて、葉に反射した光がその緑を写し取り、空を鮮やかに照らしていた。
ラモンは、なんで俺がこんな事を、と溜息混じりに言う。
「ここが、私がいつも鍛錬をしている所ですよ、ルシア様。」
それを聞いた聖女は目を輝かせながら言う。
「へえ!素敵ね!こうやるんでしょう?」
そう言うと聖女は落ちていた枝を剣に見立て右手に持ち、ぶんぶんと振り回した。
ラモンは自分の技術をバカにされたように感じ、ムッとした。聖女から枝を奪い、言う。
「違います。こう、両手で持って、前に構えて——。」
斜め上に突き出す。
枝が風を切り二人の前髪を揺らした。
途端、聖女の顔がパッと華やぐ。
「すごい!すごい!!どうやってやったの!なんでそんな素早く——。
ねえ、ねえ!もっかいやって!」
ラモンは聖女に褒められたことに少し気を良くし言う。
「じゃあ、一回だけですよ。」
ラモンはもう一度枝を前に構え、先ほどとは変わって斜め下に振り下ろし——その先がカーブを描く時、不意に上げられた聖女の腕に当たりそうになった。「あっ。」ラモンは思わず目を瞑る。
ぶつかる、そう思った瞬間、枝の感触に違和感を覚えた。
恐る恐る目を開けると——。
ぶつかりそうになっていた枝の先端はしっかと聖女に握られていた。
「——は?」
ラモンは驚愕に目を見開く。
振り下ろした剣を、しかもあの軌道で、素手で掴むなど、熟練の剣士でも難しい芸当だった。
聖女が剣術を習っていた可能性を考えたがすぐに頭から打ち消した。
聖女は城に来る前もいい所のお嬢様だったそうだし、まして、その剣術は、敵に動きを読まれぬよう、あえて異国から取り入れた流派だ。聖女が習得している訳がない。
そう考えているうちに、聖女が慌てて枝から手を離す。
「あっ、ごめんなさい!びっくりして!」
その焦りながらも穏やかな動きを見て、聖女は一生剣を握ることは無いのだと理解する。剣術を見てこんなに目を輝かせても、いくら筋が良くても、彼女の立場がそれを許さないのだと、ラモンは悟った。
気付くとラモンは口を開いていた。
「そんなに好きなら、教えてあげますよ。見つからないように少しですけど。」
そう言って見たルシアの顔は出会ってから今までで一番の笑顔だった。
「本当に!?」
「ええ、バレないようにチャンバラごっこになりますけど。」
ルシアは即答する。
「チャンバラごっこ?はわからないけど教えて貰えるなら何でもいいわ!」
「言いましたね?聖女様。」
そう言いながら、口角の上がった自分に気づき、どこかで“誰かと過ごす時間”を求めていたことを、ラモンは思い知らされた。