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007.Beginning of the story

 一本道を抜け、獣道のような場所から整備された小奇麗な往路に出た。

 丁度人四、五人分程度の道幅を囲うように木杭が打ち付けられてる。その先には俺達が目指していた村、シャーレがあった。


「ついた、ね」


「ああ。意外と距離があったな……」


 マップを見る限り転移された位置からは然程離れていない、と思ったのだがどうやら勘違いだったらしい。

 距離的には一キロ程歩いただろう。永遠と続く獣道を歩く最中、俺達の旅立ちにケチをつけるかの如くルグ・ウルフが襲い掛かったのは言うまでもない。


 一体一体の強さはそれほどでもないが、やはり複数で来られると討伐までに時間が掛かる。

 先程の場所のように開けた場所ならばある程度大雑把な動きも出来るのだが、一本道の狭い道幅となればそう上手くもいかなかった。


(002の方は楽勝だったみたいだけどな……)


 彼女は場所など関係ないと言わんばかりにルグ・ウルフ達を屠っていた。

 人知を超えた反射神経が為せる技だろう。動きが最小限なのだ。一つ一つの動作に無駄がない。

 俺もそれを心掛けてはいるが、中々身体が付いてこないのが現状だ。


「008と012はまだシャーレにいるのかな?」


 と、そんな思考をしている間に002が問い掛けてきた。


「どうかな……。ゲームクリア優先としてるならもう移動してるかもしれない。ただ俺達を含めコードの奴等はまだこの世界のことをまだ良く知らない。俺なら情報収集の為に時間を掛けるところだけど……あの二人は、うーん……良くも悪くもそういうの気にしなさそうだしなあ。まあ行けばわかるってことで」


「ふふ、それもそうだね。了解」


 002に了承も得たので、村に続く木の門を潜る。

 シャーレの風景は一言でいえば、こじんまりしていた。

 あまり広くない村なのだろう。建物の絶対数もかなり少ない。両手の指で数え切れるくらいか、それよりちょっと多いくらいのものだ。


 俺が幾つかやったRPGの一般的な最初の村感が滲み出ていて、この辺りはMMORPGも変わらないのか、と思案を深めていると、ふと気付いたことがあった。

 視線を002に。彼女もその違和感に気付いたのか、俺を見て神妙な顔をしていた。


「人が、一人もいない」


「家に入ってる……のかな?」


「かもしれない、けど……。いや、考えるより行動だ。虱潰しに家を回ってみよう」


「うん」


 俺達は小走りで家を回り始めた。

 その最中に気付いたのだが、此処の建物は規則性がない。至って普通の家もあれば、長屋で所謂鍛冶屋みたいな所、果てには石造りで出来た真四角の奇怪な建物と、同じものが一つと言ってなかったのだ。

 だが、共通点もある。それは、


「やっぱり誰もいない、ね」


「……ああ。何処かに出掛けてる、ってわけじゃなさそうだ。それにしては人の気配がなさすぎる」


 村の中でも普通の家、此処も全く人が住んでいる様子がなかった。

 特に顕著なのは木棚だろう。かなりの埃が被っている。一日二日掃除をしてない、というレベルの話じゃない。

 物自体もかなり風化しており、所々ひび割れている。これだけでも、この家を留守にして相当の時間が経過したというのは伺えた。


「どう思う? 013」


「そうだな……。考えられるのは二つ、かな」


「二つ」


「うん。一つは抗争に巻き込まれた、って可能性。他の村とのいざこざや……突飛だけど戦争があって、それに巻き込まれたか。……けど、それにしては争った形跡が少ない」


「血とか、そういうこと?」


「いや、血痕がないことは考慮してない。ルグ・ウルフとの戦闘で一定時間、正確には三十秒経てば消えるって事は確認済みだ。そうじゃなくて」


 俺は乱雑に積まれた食料袋を指差す。


「アレ。さっき確認したら食料が結構な量入ってたんだ。もしそういう類に巻き込まれたと仮定したら、この村を襲った側が食料をそのままにしておくのは考えにくい。だから一応提示したけど、こっちの可能性は限りな低いな」


「そっか……。それじゃあもう一つは?」


「もう一つは、そもそもこのゲームの世界観が退廃的なもの……って可能性だ」


「……最初からこの状態でゲームが始まっていた、ってこと?」


「ああ。この世界は何かしらの要因があって既に滅びた後、またはそれに向かっている最中なのかもしれない。そう考えれば食料がそのままな事や建物の風化も説明が付く。……ただ、その要因まではわからない、けど」


 そう、そこが一番気に掛かる点なのだ。

 退廃した世界観であっても、そこに辿り着くには必ず要因がある。それが不明瞭なのは現時点では問題視するものではないのかもしれないが、仮のその要因が()()()()()()()()()()()()()()場合、何かしらの対策を取らねばならない。

 だが流石に情報が少なすぎる。考えて答えが出るならば幾らでも時間を掛けるが、今回はそうではない。他にもやるべき事が沢山残っているし、後回しにするのが最善だろう。


「……考えていても仕方ない。今は他に出来ることを……わっ」


 次の行動に移ろうとして瞬間。何かに足を滑らせ情けなく転んでしまった。

 受け身も取れず臀部へダメージが。こんな事でHPは減らないが、002の前でこの姿を見せてしまったのはメンタル的には大ダメージだ。


「……、だいじょうぶ?」


「へ、平気。おっけーおっけー。……なんだよ、もう」


 足を滑らせた原因を特定するべく、視線の矛先を足元に向ける。

 すると、灰のようで砂みたくもある奇妙な粉末が散らばっていた。


「なにそれ? 砂?」


「いや、砂にしては感触が……。……あれ? これ、確か……」


 思い当たる節が一つ、浮上した。

 俺は立ち上がると、早足で外に出る。002が茫然としていたが、そのうち追いついてくることを信じよう。


「確かこの辺に……あった」


 村の外にも家の中にあったそれと同じ物が存在した。


「ま、待ってよ。急にいかないで」


「あ、ご……ごめん」


 002が眉を下げて困り顔で追い付いてくる。

 咄嗟に謝りはしたが、俺の思考は既に切り替わっていた。この粉末の正体についてだ。

 家の中と外にあった粉末。これがこの退廃とした世界の()()()なのだとしたら、一つだけ考えられる要因が浮かび上がってくる。


 俺は即座に空を見上げる。今は雲一つない快晴だ、澄み渡る空色が何とも心地よい。

 しかし、この仮定が正しいのならば、何時天候が変わってもおかしくない。

 指先を動かし《ウィンドウ》を起動させる。そして《ステータス》をタップし、続いて装備欄を開いた。


「なにしてるの? 013」


「002もメニューウィンドウを起動させて装備欄を開いてくれ。ステータスの次にあるはずだから」


「……ん、わかった」


 002は俺の雰囲気を察してくれたのか、不満を言うことなく操作をし始めてくれた。


「確か貰ってたはず……あった」


 俺達はゲームを始めて未だ間もない。武器や防具を買ったことは勿論、ルグ・ウルフとの戦闘でも装備は一度もドロップしていない。

 しかし、一つだけ所持している装備があるのだ。それが、最初のクエスト《始まりの雨》の報酬、【黒の外套】。


「これを装備欄に移して……よし、できた」


 初回のチュートリアルで教わった通りの手順を行うと、俺の初期装備を上に真っ黒の外套が現れた。特に何の変哲もない物だが、これが後々重要になってくるはずだ。

 002を見てみると、どうやら彼女も上手くできたようで、全く同じ装備を纏っていた。


「それで? これを装備してどうするの?」


「なにもしない」


「えっ?」


「これは保険だ――雨の、な」


 俺が空に向けて指を差すも、002はいまいちピンと来ていないようだった。


「説明するよ。……さっき言ってた退廃した理由、それがわかった」


「……!」


「それが雨。雨によってこの世界は崩壊した。……まだ最初の村だから、全てを把握してわけじゃないけど、少なくともこの村はそれで滅ぼされたはずだ」


「雨……。ちょっと信じられないけど、根拠は?」


「いくつかある。まずはこのクリア報酬で貰った【黒の外套】。……博士達は《プロジェクト・ノート》なる実験をこの仮想世界で行っている。それが何かはわからないけど、流石に俺達が初っ端で全滅していいようなものじゃないはずだ。それを踏まえるとこのアイテムはレア度こそ低いが何かがあるかもって考えたんだ。そして、説明欄に雨を防ぐような記載がされてる。ならこの世界の雨に何かある……って思うのは必然だ」


「うん」


「それと、もう一つはこのゲームの名前。覚えてるか?」


「ええと、アンチレイン・オンライン……だったよね?」


「そう、アンチレイン。この場合だと雨に抗う……的な意味合いだと思う。雨の何に抗うのかも残念ながら不明だけど、抗わなければいけない理由があるのは確かだ。そして、それを怠った場合……きっとああなる」


 俺は視線の矛先を粉末に向ける。

 これは自然にできた物じゃない。〝雨〟を受けてしまった結果、何かしらの要因で粉末状になってしまった――人間のなれの果てだ。


「これがNPCだけに影響を及ぼすシステムなら問題はない。けど、クリア報酬のアイテムに雨を防ぐ物があるあたり、俺達プレイヤーにも効果があるとみるべきだ。……まあ無い可能性も少しはあるが、念には念を、だな」


「なるほど……」


 002が粉末状になったであろう人間を一瞥する。

 その瞳は、何処か寂しそうで。同情しているのが傍から見ていてもよくわかった。


「……002。気持ちはわかるけど、あくまで彼等はNPC――人工的に作られた存在だ。感情移入し過ぎるとこの先大変だよ」


「……そうだよね。ごめん、まだ慣れてなくて」


「いや、謝ることは……ないけど」


 互いに微妙な空気が流れ、居た堪れなくなる。

 こういう時どういう言葉を掛けたらいいかわからない。そんな《教育》は受けてこなかったから。


「……よし、それじゃあ先に進もうか。この村に居てもこれ以上情報が入りそうにないしな」


 結果、俺の選んだ行動は、半ば無理やり次に行くことだった。

 ちら、と002を見て反応を伺うと、もう感傷に浸ってはおらず、何時もの上手く読み取れない表情に変わっていた。


「うん。でも……何処へ行くの?」


「それは……ほら、あそこ」


 俺が指差すその先には、生い茂った森林が存在した。

 しかし目的はあの森じゃない。その奥に微かに見える建造物だ。此処からじゃ正確に把握は出来ないが、そこそこの大きさがある。

 俺がやったRPGは、決まってああいう場所には何かヒントとなり得る情報や、ボスと言った重要な存在が居る。

 勿論肩透かしの場合もあるが、あてもなく歩き続けるよりは遥かにいいだろう。


「あの森の奥にちょっとだけ建物っぽいものがあるだろ? あそこに行ってみようと思うんだ」


「よく見えないけど……大きそうな建物だね。なにかありそう」


「だろ? 俺もそう思ったんだ。……本当は装備とかを整えていきたかったんだけど、武器屋も商人もいない現状じゃこのまま行くしかないな」


 俺達はゲームを始めたばかりだ。回復系のアイテムとなるポーションの類は勿論、装備も初期のまま。若干の不安は拭えないが、こればかりは仕方ない。

 だが、そんな俺の懸念を吹き飛ばすかのように。002は微笑を浮かべ言い放った。


「大丈夫だよ、013」


「ん?」


「回復ができないなら攻撃を食らわなければいい。武器が弱くて倒せないのなら、倒せるまで攻撃を重ねればいい。……そうすれば、何時かは殺せるよ」


「……」


「簡単でしょ?」


 嗚呼。彼女に対してこう思う事はなくなっていたが、やはり間違っていた。

 普通の思考ならそんな事は考えない。ポーションがないならを集めて、武器が弱いなら強い武器を作る、及びドロップするまで待つ。それが常人の思考だ。

 結局、002もそうなのだ。十三人の咎人に名を連ねた、異端者達の一人。普通に見えて、何処か頭の螺子が抜けている。

 そして皮肉にも――、


「そうだな、簡単な話だ」


 ――俺も、それに当て嵌まる異端者だったのだ。

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