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キノコ生態レポート その22

 姫乃に連れられて、『僻地』を歩くこと約半時間。もちろん青々と繁る草木を掻き分けながらの行軍であるため、俺は蟻が這っているかのようなスピードで歩くしかどうしようもなかったりする。

 しかし森の踏破に時間がかかっているのはやはり俺だけで、『キノコの娘』達は草木が避けているかのように颯爽と進んでいた。彼女達は時折立ち止まってはイライラした雰囲気で俺の方を振り返り、早く早くと催促するのだが、正直一緒にしないで欲しいと思う。

 そして再びうんざりしたような表情で、ヴェルナとサブちゃんが俺の方を振り返った。


「キノコ君遅いねんけどー。なんで歩くだけでそんな時間かかるんー?」

「ぜぇぜぇ……。あ? こちとら……必死なんだよ。ていうかお前らと一緒にするなマジで」

「……情けない」

「あ?」

「そんな事より少しはスピード上げないと、月夜ちゃんを見つける前に夜が明けちゃうよ?」


 あまりの俺の遅さに退屈でもしたのか、姫乃は木の枝に蝙蝠こうもりの如くぶら下がり、そのままの姿勢で俺に声をかけてきた。コイツ等って木登りも上手なのかよ……。サルか。

 そして俺の少し前を歩くサブちゃんが再び急かすように口を開く。


「はよしてーや、はよしてーやーー。遅いってー」

「は? うっせえ黙れぶっ飛ばすぞ」

「……遅い。トロい。そして臭い」

「はぁ!? 臭くねーよ! しかもそれ遅いのと関係ねーだろ!」


 俺の出せる全力の悪意を込めた視線が『キノコの娘』二人を真っ直ぐに貫いた。……のだが、肝心の二人はどこ吹く風。まるで気にも留めずにニヤニヤしながら俺を指差してきた。


「ねーねーヴェルナちゃん。あそこに口だけ立派な人間モドキがおるねんけどどう思いますー?」

「……本当に気持ち悪い。大袈裟なのは顔だけにしてほしい」

「威勢だけがいいなんて恥ずかしくないんかなー?」

「……サブちゃん、目を合わせたらダメ。クズが移るよ」

「あ゛ぁ゛!?」


 口元を手で押さえながら、心からの嬉しそうな視線を俺に投げてくる二人。鬱陶しい事この上ないが、実際のところ俺が進みを遅らせているのだからぐうの音も出ない。ワナワナと握った拳を震わせながら、俺はサブちゃんを睨みつける。


「おいサブちゃん」

「サブちゃんちゃうけどなんや?」

「おぶれ」

「は?」

「もう歩くのめんどくせぇ。俺を背負って変わりに歩いてくれ」

「はぁ!? 何で俺がそんな事せなあかんねん」


 イヤそうに顔をしかめるサブちゃんだが、それとは対称的に俺のセリフを聞いた姫乃の目がぱっと輝くのが目に入った。うわ、しまった。何かスイッチが切り替わってしまったようで、姫乃の鼻息が急に荒くなる。そして姫乃は嬉しそうな表情のまま、弾けるような声を出した。

 


「それがいいよ! サブ太郎君はキノコ君をしゃぶって……あ、間違えた。おぶってあげなよ!」

「どんな間違いだ! サブちゃん、やっぱり俺自分で歩く」

「えぇ!? なんでぇ!? 美味し……いや、美味しい提案じゃない!」

「いや言い直せてねぇから。姫乃が気持ち悪いからやめとく」

「はぁ!? 何で!? 頭大丈夫なの?」

「少なくともお前ほど沸騰しちゃいねぇよ!」


 姫乃は必死の形相でぶら下がっていた木から飛び降り、飛び付くようなスピードで俺の眼前に迫ってきた。その鬼気迫るような雰囲気に一瞬気圧された俺は思わず1歩後ずさってしまう。 


「いやでも、キノコ君はサブ太郎君に運んでもらうべきそうすべきだって!」

「あ? だからやっぱりいらないって言ってるだろ?」

「違うの! 聞いて! いい? ここ『僻地』は危険な場所なの。キノコ君はあの猛毒の三人と仲が良いから安全に感じたかも知れないけれど、ここは貴方のような『人間』は本来入っちゃいけない場所なんだよ?」

「……」

「キノコ君も、ここが危険な場所だってことはわかってるでしょ?」

「……ああ」


 大袈裟に両手を広げ、訴えかけるように言葉を紡ぐ姫乃。その真意は自らの欲望の為なのか、それとも本当に俺を心配してくれているのかはその瞳から測り知る事は出来ない。

 そして姫乃は小さく息を吸い、心配するような表情で言葉を続けた。


「皆が皆、あたしたちのような『キノコの娘』じゃないの。人間に明確な敵対心を持っている『娘』もいっぱいいるんだよ? だから、キノコ君が少しでも安全であるためには、毒持ちであるサブ太郎君に守ってもらうのが一番なの」


 姫乃の説得を聞き、その不安そうな瞳を眺めた瞬間、俺は腹部と肩口に鋭い痛みが走るのを感じた。『キノコの娘』から受けた毒を鮮明に思い出したかのようなその痛みは、本能が俺に気をつけろ、と警告しているみたいだった。

 そして姫乃は、今度は遠慮がちに目を伏せ、躊躇いながらも言葉を続けた。


「そ、そりゃもちろんあたしの趣味的な希望もあるけど、本当にキノコ君が心配なんだよ……?」


 言いにくそうに姫乃はそう呟くと、顔を赤くして下を向いてしまった。

 いや趣味的な要素もやっぱりあるのかよ。とは思ったものの、そんな風に言われると断るに断れないし、姫乃の言っていることも一つの正論であることは間違いない。

 ……一応こんなのでも俺の事を心配してくれてるのか? 恥ずかしそうな彼女の視線は揺らぎきっていてその真意の程は定かではないが、少なくとも悪意はないように感じる。

 サブちゃんも肩をすくめて、諦めたような表情を俺に向けた。


「……ちっ。そこまで言うならわかったよ。サブちゃん、悪いけど頼むよ」

「……俺の背中で暴れんといてや」


 サブちゃんに目配せをすると、彼女も嫌そうではあるものの首を縦に振った。

 そしてそれまで俯いていた姫乃は、俺達のその会話を聞くと即座に顔をあげ、期待に瞳を輝かせた顔を俺に向けてくる。

 そして、片手を空高く掲げながら大きく息を吸った。


「うほっ! まじで!? いやっほぉぉぉうううう!! ありがとうございます! ごちそうになります!」

「お前やっぱり自分の欲望じゃねぇか!! 一瞬でも感心した自分がバカだったよ!」


 姫乃の持つキラキラの瞳には、確かに『悪意』は存在していなかった。

 

 



  

 







読んでくれてありがとうございます。

お陰様でキノコの娘大賞、一次審査突破することが出来ました!

ポイントもほとんど伸びないし正直半分くらい諦めていたのですが、まさかの突破で喜びを隠しきれません。

こんな癖のある二次創作でも通してくれるなんて、モンスター文庫は本当に温情の塊だと思います。

これからも宜しくお願いします!

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