キノコ生態レポート 21
ヴェルナの帽子にはまるで肉食生物の口のように牙が並んでおり、そこから禍々しい煙が吹き出されている。さらにクチャクチャと舌を鳴らしたまま、再び大きな口を開けた。
「お前に選択権をやろうじゃねぇか!」
「いやいやホント待ってヴェルナお前それ何!?」
「……『帽子』だぁぁ! 文句あっか!」
「そのままだなおい」
『帽子』と名乗るヴェルナの帽子は変わらず饒舌に毒舌で、その下のヴェルナの真っ赤な瞳が無表情に俺を見上げてくるから途方もない違和感がある。サブちゃんも姫乃も驚きを隠せないようで、呆気にとられたまま目を丸くしていた。
何が問題ってこの帽子、いちいち声が大きいんだよ。この帽子が口を開ける度に空気は震え、撒き散らされる毒煙も流れるように吐き出される。いちいち耳障りでうるさいし、視覚的にも化け物じみていて不快だ。
「お前に選択権をやる!!!」
「ていうか『帽子』、うるさいんだけど」
「やかましぃぃぃ!!!」
「やかましいのはお前だ!」
は? 何なんだこの『帽子』は?
好き放題に喚き散らす『帽子』だが、ヴェルナの意思から隔離して動いているような様子はない。ヴェルナも至って平穏な表情をしているところから考えても、もしかするとこの帽子の方が本音なのかもしれない。
そして『帽子』はその大きな口を動かして、山びこが返ってきそうな程の音量を出す。
「選べ!」
「あ? 何をだよ」
「月夜ちゃんを追いかけるか……」
「……」
「それともしぬか!」
「死ぬか!? お前それ選ばせる気ねーだろ」
「どっちだぁぁ!! しぬのか!? それとも月夜ちゃんを追いかけるか!? しぬか!?」
ヴェルナは袖のないロングコートのファスナーから出した右腕を俺に突き付けながら、『帽子』の大声量を浴びせてくる。そして、口元はコートに隠れていて見えないが、真剣な眼差しが俺を見つめてくる。
……今回の件では俺が悪いとは微塵も思わない、とヴェルナの瞳を見ながらぼんやりと考える。俺は言うならば被害者で、月夜は加害者だ。俺が怒るのも最もだし(別に怒ってないが)、月夜は反省するべきだとは思う。
だが、月夜とは長い付き合いになるがあんな風に泣かせてしまったのは初めてだ。種族こそ違うが、仮にも女の子を泣かせてしまったのも生まれて初めての経験だった。
……あー、気分悪い。何で俺がこんな気分になるんだよ。月夜のせいだ。あいつがウジウジしてるからいけないんだ。
あーもう、仕方ない。だったら月夜をもう一度怒らせに行くか。何にせよこのままじゃ俺の気が済まないしな。
……死にたくもないし。
俺はやれやれとかぶりを振りながら、俺に突き付けられているヴェルナの右手を包み込むように握った。一瞬、ヴェルナはビクリと指を震わせたが、受け入れるように俺の手を掴んでくる。
「はいはい。……行けばいいんだろ?」
「……なぜ掴む?」
「俺だけじゃ月夜の場所はわかんねぇからな、協力してもらうぜ」
下の口(ヴェルナ自身の口)で答えたヴェルナに対し、俺がそう返事をすると、ヴェルナの顔が年相応の可愛らしいに笑顔に変わってゆく。サブちゃんも腕を組んだままウンウンとウザったく頷き、姫乃はニヤニヤとした鬱陶しい笑みを浮かべた。
そしてヴェルナの帽子が再び息を大量に吸い込み始めると、周囲の空気は、シュー、と音を立てながら『帽子』へ吸い込まれていく。まるで吸気口のようなこの光景は、見ていて少し滑稽でもある。
それにしても長い。いつまで吸うんだ?
……っておいおいいくらなんでも吸いすぎだろ。自分が吹き出した煙すら吸い込んでるじゃねぇか。
俺はふっと、嫌な予感を感じ、即座に耳をふさいだ。
「行くぞぉぉぉぉぉぉおおおお!! 月夜ちゃんどこだぁぁあああ!!!」
爆竹でも破裂させたかのような音が『僻地』全体に響き渡った。耳をふさいでいた筈なのに、俺は叩かれたような衝撃を耳に感じ、思わず仰け反ってしまう。しかし、当のヴェルナはてんで気にしてはいないようで、今にも走り出さんとしていた。
俺は激しい耳鳴りを必死に頭から振り払いながら、ヴェルナに対して大声を張り上げる。
「待てヴェルナ! だからその『帽子』うるさいんだよ! いちいち叫ばせるんじゃねぇよ!」
「……は?」
「いや、は? じゃねぇよ」
煽るような口調で言うヴェルナ。この雰囲気は大方、猛毒娘三姉妹(月夜、フリゴ、ヴィロサ)の真似だろうな。あいつら程の不愉快指数にはまだまだ到達していないものの、なかなかいい『は?』だ。もっと張り付いたような笑みを浮かべられるようになったら一人前だな。
なんて下らない評価をヴェルナに下していると、再びヴェルナが口を開いた。
「……キノコ君の方が余程うるさい。まず顔面がうるさい」
「あ゛ぁ゛!? 顔面がうるさいってなんだよどうしろって言うんだ!」
「せやせや! キノコ君うっさい!」
「あ? 人間に助けられたポンコツ以下の愚図が何言ってんだ? もう一回腕を切り落とされたいのか?」
「ひぃぃぃ! う、うそやん!」
うるさいのは私ではなくお前だ、とでも言いたげな理不尽極まりない視線を俺に送ってくるヴェルナ。やはり月夜、フリゴ、ヴィロサといつも一緒にいるだけはある。俺の全力の睨みに対しても気にする素振りを見せないが、それに比べてサブちゃんの情けないこと情けないこと。ちょっと言われただけで撤回なんて張り合いがないことこの上ない。それでも『菌型知的生命体』かよ。
「まぁいい。で? 月夜の居場所はわかるのか?」
「……わからない。逆に心当たりはない?」
「心当り……?」
ヴェルナの透き通るような瞳が期待したように俺を見つめている。ていうかコイツ、行き先も決めずに走り出そうとしていたんだな。控えめの言動に似合わず、意外とバカなのかもしれない。
「どうせ月夜の事だから、月でも眺めてるんじゃないか?」
すっかり月は見えなくなった空を仰ぎながら、俺はゆっくりと言った。
俺の部屋の窓際が月夜のお気に入りスペースだった。俺の家は『僻地』との境界線にあるために周りに建物が少なく、そこから眺める月は俺が見ても美しいものだ。月が大好きなアイツは、静かにしているなと思ったらだいたいいつもそこで月を眺めていた。どうせ今も、どこかで見晴らしのいい場所で月を眺めているに違いない。
「この時間に月がよく見える場所なら心当りはあるよ!」
と、姫乃が右手を上げながら言った。
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