キノコ生態レポート その20
「キノコ君、やっぱり目が変だよ……」
俺が自分自身の違和感に気付いた瞬間、月夜が言いづらそうに口を開いた。
携帯電話に写っている俺の目を穴が空くほど見つめるとその僅かな違和感がどんどんはっきりしてきた。
瞳の色がまるで月夜の瞳のように、緑色になり始めている。
元来、俺の瞳は純粋な黒色だ。髪の色だって黒色だし、日光に強いこの色は日本人としての象徴でもある。
しかしまるで渦巻いているかのように、俺の瞳は少しずつ緑色に変化していた。今はまだ言われなければ気付かない程の変化だが、ひょっとしたらさらに色は濃くなっていくかもしれない。
そして、綺麗なエメラルド色の瞳を持つ月夜は恐る恐る俺の表情を伺ってくる。
「えっと……キノコ君……その、あの……」
その顔にはいつもの覇気はなく、しおらしい、俺の苦手な月夜がそこにはいた。目を申し訳なさそうに揺らし、沈んだ表情には俺に対する謝罪の気持ちが一杯に込められている。
そして、その月夜の綺麗な瞳を眺めていると、急に俺は人間でないという事実が俺の心を侵食してくるのを感じる。焦りなのか怒りなのかは分からないが、不愉快な感情であることだけは確かだ。
俺が『菌型知的生命体』混じりだと? 『菌型知的生命体』は俺の父親を殺した仇なんだぞ?
そもそも、もしこれが人間の専門家に気付かれたら俺はどうなる?
……モルモットにされるのは間違いない。人間は『菌型知的生命体』に対して有効打を持っていないんだ。もし毒が効かないってことが知れたら、俺の体を徹底的に調べるに違いない。
「キノコ君!」
黙ったまま思考を続けていた俺を見かねたのか、月夜が大きな声を出した。
ふっ、と俺が月夜を見ると、月夜は怯えたように一歩後ずさる。よほど怖い顔をしているのだろうか。
「なんだ?」
「え、いや、その……えっと……」
そして泣きそうな顔をしながら月夜は俺を見つめている。
ちっ。だから月夜のその顔嫌いなんだよ。お前はもっと不貞腐れているくらいが丁度いいんだ。一丁前に申し訳ないとか思ってるんじゃねぇよ全く。
ていうか、大至急対策を考えないと。カラーコンタクトを入れるべきなのか、そもそも今の俺の状態が危険なのかも判断しないと。
よし、ならさっさと帰ろう。『僻地』にいても何の解決にもならない。
「……帰る」
「え?」
「帰るっつったんだ。じゃあな月夜」
涙目の月夜を置いておき、俺はいそいそと帰宅の準備を始めた。ヴィロサやフリゴも俺にどう声をかけたらいいのか迷っているようで、困ったような顔をしている。
そして『月夜バズーカ』や、使わなかったガスマスクなどをまとめ終えると、俺はゆっくりと立ち上がり『キノコの娘』達に背を向けた。
「待ってキノコ君!」
「あ?」
しかしその瞬間、月夜が俺の手をとり、引き留めた。
何なんだよ。と思いながら月夜へと振り返ると、軽い衝撃が俺の胸に走る。月夜が俺の胸に飛び込んできた。
「っ!?」
「ごめんなさいキノコ君……! あ゛だし……こんなことになるなんて思ってなくて……!」
鼻声になりつつも必死になって謝る月夜。ていうかこんな雰囲気の月夜は今まで見たことがない。『菌型知的生命体』にも申し訳ないと思う気持ちってあるんだな。
まぁ別に怒ってはないんだけどね。そもそもコイツが俺に菌糸を感染させていなきゃ死んでたんだし、むしろ感謝してもいいくらいだろう。しかも人体に菌糸が感染した例なんて古今東西聞いたことがない。まぁ人類全体の研究対象になる事は避けたいものの、俺自身の知的好奇心を満たす分にはむしろ願ったり叶ったりだ。月夜が気に病む必要は砂粒一粒程も存在しない。
しかし俺の表情を伺いながら悲しそうな顔をする月夜。
そのグズグズした雰囲気をやめろよ。鬱陶しいから。
よし、ならば俺のとっておきの煽りで月夜に何時もの凶悪な表情を取り戻してもらおう。こいつ等を元気にするのは怒らせる事が一番だからな。
そうして俺は月夜の肩を掴み、ゆっくりと引き離した。そしてその目を真っ直ぐに見据えながら全力の悪意を込めつつ口を開く。
「は? お前自分が何したかわかってるのか? それともポンコツすぎてわかんねぇか?」
「……わかってる。わかってるよ! 確かに謝ってすむなんては思ってないけど、それでも謝りたいの!」
「あん? そんなの許せるわけないだろ? アレか? バカか? ポンコツか?」
そこまで言うと、ますます涙を目に溜めたっきり、月夜は俯いてしまった。
あれ? こんなはずじゃないぞ? ほらほらいつもみたいにぶちギレてこいよ? ほらほらどうした『菌型知的生命体』!
しかし、俺の煽りと言う名の励ましは月夜へは届かなかったようで、月夜は暗い顔をしたまま一筋の涙を流した。
「……ほんとにごめんなさい」
「は? いや、おい月夜待て! どこにいく!」
溢れでる涙を見せたくないかのように、月夜は俺に背を向けてそのまま走り去ってしまった。そしてあっという間に森の中へと消え去った。
「……おいおい」
呆気にとられた俺を呆れたような視線を向けるヴィロサが非難するかのような口調で口を開く。
「キノコ君……。言い過ぎじゃない? 貴方が怒るのもわかるけど、月夜だってわざと貴方に菌糸を感染させたわけじゃないのよ?」
「いや別にそんなつもりじゃなかったんだが……」
「ほんと、最低ですよ! 顔だけじゃなくて心もブサイクなんですか貴方は! 私、月夜さん探して来ます!」
ヴィロサは俺に非難の目を向け、フリゴそう捨て台詞を吐いた後、月夜の後を追って走り始めた。
あれ? なんでこんなことになってんの? 俺としてはいつもみたいに煽ったつもりなんだけど?
「まぁ過ぎたことを言っても仕方ないわね。……じゃあ月夜ちゃんは私達の方で何とかしておくから、貴方は家に帰りなさい」
うんざりしたようにヴィロサが言った。すると彼女も俺に背を向けて、まるで弾丸のようなスピードで月夜の後を追いかけ始めた。
時が止まったかのように、辺りが静まり返る。僅かに焚き火がパチパチと音を立てている音が聞こえるが、先程までの喧騒はまるで嘘のように静かになった。
そしてその沈黙を破るかのように、サブちゃんとヴェルナが口を開く。
ヴェルナは少し怒っているようで、口元を隠している白いロングコートのファスナーから出した手をきつく握りしめていた。
「キノコ君、月夜ちゃん追いかけへんの?」
「……追いかけるべき」
「あ? なんで俺が追いかけなくちゃならないんだよ」
サブちゃんとヴェルナが息を揃えて俺を非難するかのように言い放つ。
だからなんで俺が悪いみたいになってんの? こんな言い合い日常茶飯事じゃねーか。なのに何で月夜は泣いていたんだ?
……ひょっとして俺が悪いのか? もしかして言い過ぎたとか?
俺が頭に疑問符を浮かべていると、急に姫乃が俺の腕を掴んできた。そして優しく引っ張ると、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「もー。素直じゃないんだからー。まぁキノコ君はツンデレだからね! 仕方ないね! ほら、本当は月夜ちゃん心配なんでしょ?」
「誰がツンデレだ。心配なんかじゃねーし!」
「サブ太郎くんとヴェルナちゃんも手伝ってー」
姫乃がニヤニヤとした笑顔を浮かべながら、サブちゃんとヴェルナを呼んだ。
ヴェルナは相変わらずムスッとしており、真紅の瞳で俺の事をきつく睨んでいる。ヴェルナのかぶっている真っ白の帽子はまるで彼女の感情を表しているかのようにプルプルと震え、なんだか今すぐにでも爆発しそうな雰囲気だ。
俺がそう思った瞬間、突然その帽子の先がまるで生き物の口のように開き、そこからモクモクと煙が吹き出されてきた。開いた口(帽子)からは鋭い牙が顔を覗かせており、さらに大きな舌が蠢いているようにも見える。
「いやいやまてまてまてまてお前なんだそれ!?」
俺のこの疑問に対し、返ってきたのは大量の毒煙とヴェルナの帽子からのとてつもなく大きい声だった。
「……素直になりやがれぇぇぇぇ!」
「はぁ!?」
読んでくれてありがとうございます。
やったー! ついにヴェルナを話に絡ませる事が出来ました! 本家でも凶暴な娘として紹介されていたんですが、中々無口キャラは扱いが難しく……。まぁ私の力量の問題なんですが。
フリゴとかかなり毒を吐きますが、本家にそんなことは一言も書かれてないですからね。
本家公認の凶暴娘ヴェルナがこれからどんな毒を吐いてくれるのか私としても楽しみです。




