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12歳の思い出

初めまして。

かたやまういと申します。

初投稿です。

「小説家になろう」の初心者でもあります。

これから頑張って学んでいくつもりですが、何かまずいことをしでかしていたらご指摘いただけると幸いです。

「フィン、カラン!ペース落ちてるぞ!あと残り一周だけだろうが!もっとあげろ!」


フィンはそんな指導役の声に、ボソッと弱音を吐く。


「ひい〜もう無理…」


「暑いし腹減った…」


隣を走っていたカランもそれに同意した。


広大な運動場のトラックの反対側に、二人より半周早く走る団体の姿があり、そのさらに向こう側から指導役の声が届く。


「返事は!?」


フィンとカランは最後の気力を振り絞った。


「「はい!!」」


足に力を込めてスピードをあげる。ゴールまであと半周だ。


フィンとカランがいるこの場所は、軍人を養成する訓練施設である。

この国では、基本的に15歳以下は給料が発生する仕事をすることはできない。

しかし例外として、12歳以上は軍に“訓練生”として登録申請し訓練に従事することで給金を受け取ることができるのだ。


「よし!昼休憩だ!」


フィンとカランがゴールへ駆け込んだのと同時に、指導役はそう言って総勢30人ほどの訓練生を解散させた。


「つっかれた〜…」


フィンは、カランとともにその場に座り込む。体がベタついて足が重い。


「フィン、カラン。食堂行くぞ〜」


座り込んだフィンたちの顔を覗き込んでくるのは、高校に通う訓練生たちだ。


この訓練施設には、高校生が大勢いる。しかし、中学生はたったの6人、今年13歳になる最年少はフィンとかランのみだった。


それゆえ、中学生たちは随分年上の兄貴たちに可愛がられている。


「デザート奢ったろ」


「夜どっか飯連れてってやろうか?」


「無理だろ。中学生が自由に出歩けるの、20時までだぞ」


フィンは、立ち上がって高校生たちに付いて運動場を横断しながら、ふふっと笑った。


(”にいちゃんたち“最近バイトバイトでぜんぜん“院”にいないから、こっちの先輩たちとはたくさん話せて嬉しいな)


そんなことを思いながらニコニコしていると、カランがフィンに怪訝そうな顔を向けてくる。


「お前、なんでそんなニマニマしてんの?」


「え?……なんとなく?」


構ってもらえるのが嬉しい、なんて口にするのは子供っぽく思われて、つい理由をごまかしてしまう。


「あ、そ」


カランは先ほどまでの怪訝そうな顔が嘘のようにパッと引き下がった。フィンはまずい返しをしたかもしれない、と焦る。


なぜなのかわからないが、カランは出会ってからずっと、学校で会うような普通の同級生とは違う。


近づいてくるのに、相手に少しでも戸惑いや躊躇いの色が見えたら離れて行ってしまう。


それ以上近づくのをやめるとかいうわけではなく、距離を取ろうとするのである。


なぜなのか詳しくは知らない。だが、いわゆる大人たちが言う、”こんなところに来ないといけないような家の子“だからなのだろうと、フィンはぼんやり理解していた。


「フィン、カラン。今日は”本職“の人たちと昼飯の時間が被ってて人が多いから、潰されないように気をつけろよ〜」


施設の正面玄関を通り食堂の前まで行くと、高校生の一人がそう言って食堂の扉を開けた。高校生たちの後ろから食堂を覗き込んだフィンの顔に、もわっとした熱気が当たる。


「え、めっちゃ暑そう……。いつもより人が多いだけでこんなに違うの?」


カランがげんなりとした顔で言った。しかし、高校生たちはカランのその言葉には答えずに、緊張した面持ちでこちらを見つめてくる。


「お前ら、今日食堂にいる間はくれぐれも本職の人たちに失礼なことするなよ。すれ違った人には挨拶して、ぶつかったらちゃんと謝るんだぞ。わかったか?」


一体なんの話をされるのか、と身構えていたのに、伝えられたのは小学校で耳にタコができるほど言われた言葉。


フィンは拍子抜けすると同時に、少しもやっとした気持ちになった。すると、カランがフィンのその気持ちを代弁するかのように声を上げた。


「俺らそんなこと言われなきゃいけないほど子どもじゃないし!」


そうだ、とフィンも同調する。


「挨拶するとか謝るとか、そんくらいできるから!」


カランと2人でふんっとそっぽを向いてみせる。しかし、高校生たちは眉尻を下げて困ったように続けた。


「本職の人ら上下関係すげーんだよ!マジで、とにかく失礼なことするなよ?俺らに話してるみたいにため口とか使うんじゃねーぞ」


「もー!しつこい!俺だって学校の先生には敬語つかっ…て…る…?」


プンプンと怒って言い返そうとするも、フィンの言葉は尻すぼみになった。敬語をちゃんと使えた試しがあったのか、自信がなくなったのだ。なんだか、いつもため口と敬語が半々くらいな気がする。


「ほらみろ!自信ないんじゃねえかよ!」


「「うっ…」」


フィンとカランは揃ってうなだれた。反論できない。しょうがないので、挨拶、謝罪、敬語、と心の中で唱えながら、高校生に続いて食堂に入っていく。


「座るとこなくない?…じゃない、座るとこないんじゃないですか?」


カランが早速敬語になった。えらいえらい、と頭を撫でられて、子供扱いしないで!と手を跳ね除けている。


「大丈夫大丈夫!今日は“約束”してるから」


高校生の一人が、そう言ってぐっと親指を立てる。フィンはキョトンと首を傾げた。


「約束?」


"約束"をしたと話した高校生が食堂を見渡す。


「えーっとどこにいっかな〜。端っこの方に…おっ、いた!お前ら、あっち行くぞ。潰されるなよ〜」


「潰されない!…です」


高校生たちに囲まれて、潰されないように守られつつ食堂の端っこへ向かって歩く。


高校生たちがお疲れさまです、と言いながら進むので、フィンたちもそれに倣った。


「アーサー!レイ!」


しばらく歩くと、アーサー、レイ、と呼ばれた二人の男が端の方の机に座って手招きしているのが見える。


普段見る高校生たちより筋肉質でがっしりして見えて、フィンは少し緊張した。


荷物を席に置いてそそくさと食事を取りに行き、再び席に戻る。


高校生たちはまだ席に帰ってきておらず、フィンとカランはアーサー、レイと四人きりになった。


フィンたちの緊張が伝わったのだろうか。食事の乗ったトレイを机に置いて椅子に座ったフィンたちに、アーサーが快活な笑顔で話しかけてくる。


「アーサーだ。よろしくな。君らいくつ?」


フィンが先に答えた。


「こ、今年で13歳です」


「俺も、同い年です」


カランがおずおずと後に続く。すると、もう一人の、レイと呼ばれていた人が口を開いた。


「レイだ。そんなにガチガチにならなくていい」


そうは言うものの、レイは無表情でニコリともしない。フィンたちはますます身体をこわばらせた。


「俺らもまだ訓練生だからな!」


しかし、そう言ってアーサーがあっはっはと笑う。


その明るい声で、フィンたちは少し緊張を和らげた。それと同時に、フィンの頭に疑問が浮かぶ。カランもそうだったようで、二人は顔を見合わせた。


「でも、訓練で見たことないような……?」


そんな疑問を拾って答えてくれたのは、レイの方だった。


「もう高3は進路選択の時期だろう?俺らは軍に入るって決めたから、本格的な訓練の予習をしてるんだ」


相変わらず表情は動かないが結構良い人かもしれない、とフィンは思う。


「ま、正式入隊になったらもっと大きい施設で寮暮らしなんだけどな〜。それまでの間だけ、だ」


アーサーが補足する。


「4月になったらいなくなっちゃう…ってことですか?」


カランが言う。


「そういうことだな」


レイは穏やかにうなずいた。


「軍に正式入隊したら、毎日訓練するんですか?」


フィンが思いついたように聞く。


「最初はな。3年経ったら仕事だ」


カランがキラッと目を輝かせた。


「仕事?銃撃つ?」


レイが静かに首を振る。


「撃つことは滅多にない。災害支援とか、国のトップが表に出るイベントの警備とか、そういうのが仕事だ」


ええ…と信じていなさそうなフィンを見て、アーサーが笑って付け足す。


「テロの制圧とかはあるけどな!」


フィンとカランが食いついた。


「テロ?犯人捕まえるんですか?」


またレイが首を振る。


「それはベテランの仕事だ。最初は一般市民の避難誘導だな」


またフィンとカランはブスッとする。


「軍隊って思ってたより地味…。もっとバンバン銃撃ったりするんだと思ってました」


「うん…。あんなに訓練するのに仕事はかっこよくないんだ…」


心の声を丸出しにする2人に、気を悪くするそぶりもなくレイは諭した。


「かっこいい仕事なんかない方がいいんだよ。それだけ平和ってことだ」


「…確かに……。失礼なこと言っちゃってごめんなさい…」


フィンはしゅんと眉を垂れさせて謝る。いいよ、とレイたちは言うが、その後の会話が続かない。


そんなフィンたちの間に訪れた沈黙を、食事をとりに行っていた高校生たちが破った。


「悪い悪い!待たせたか?ちょっと時間かかっちまった」


「いや〜助かったよ。ありがとな。立って飯食わなきゃ行けないところだったわ」


「アーサー、レイ。お前らフィンたち怖がらせてねーだろうな?」


一気に辺りが賑やかになる。やっと見知った顔が帰ってきて、フィンたちは完全に緊張を解いた。


「何の話してたんだ?」


高校生の一人がアーサーたちに聞く。


「俺らが軍に正式入隊するって話だよ」


アーサーがそう答えると、相手の高校生の表情が一瞬固まった。しかし、どうしたんだろうと思う間もなくまた動き出す。


「ああ…そのことか」

しかし、声は少しいつもより平坦に聞こえた気がした。


「ほかのみんなは高校卒業したらどうするんですか?」


カランが昼食を食べながら言う。


「そうだなあ。俺は東側に親戚がいるから、そこに世話になりつつ大学行くかな」


「うちは畑やれって親がうるさいからなあ」


「俺んとこも建設会社継げってよ。赤字の会社継いでどーすんだって話だよなあ」


「わかる。俺なんかせめて修行は高校卒業してからにしてくれーって言ったら、じゃあ体力だけはつけとけ!って言われて軍に仮入隊させられてさあ…」


高校生たちが各々の進路を話す。この手の愚痴と嘆きは聞き慣れているのか、レイはさらっと流してこちらに目を向けた。


「お前たちは、将来なにしたい?」


高校生たちが息を詰める。


カランが黙って下を向く。けれど、フィンはそれに気づかなかった。


「う〜ん…俺は孤児院にいるから、高校卒業してから2年は軍隊に入るけど、そのあとは良くわかんないですね…」


そうか、とレイが答えて、高校生たちが息を吐く。その時、アーサーが何気なく聞いた。


「軍には残らねえの?」


その言葉に、高校生たちがガタッと椅子から立ち上がった。


「バカお前っ」


「何言ってんだアホっ」


頭にはてなマークを浮かべたアーサーと、焦って騒ぐ高校生たち。近くの本職の軍人たちがいよいよ迷惑そうな目を向けてくる。しかし、フィンの一言でその場は静まった。


「残りません」


はっきりと言う。


「院の職員の人たちが、軍には行くなって。軍に入れって意味で通わせてるんじゃないからって」


アーサーに手を伸ばした状態で固まっていた高校生たちが、ゆっくりと自分の席に再び腰を下ろす。


「そう、か…」


「ならいいんだ」


「よし、飯の続きにしよう」


気まずくなってしまった雰囲気を吹き飛ばすように、口々にそんなことを言って食事を再開する。それと同時に、高校生の一人が言った。


「フィン、カラン。デザート奢ってやるから、好きなの取ってこいよ」


「いいの!?」


「あ、ありがとう…」


フィンは色めき立ち、俯いていたカランもパッと顔を上げた。


「カラン!行こ!」


フィンはカランを引きずってデザートを探しに行く。


後ろでは、


あいつらに軍を進めるようなこと言うなとか、


訳アリだからこんなとこ来てんだぞわかってんのかとか、


高校生たちがアーサーを説教する声が聞こえたが、聞いてほしくないんだろうから、フィンは知らないふりをした。


「…お前って本当いい子ちゃんだな」


引きずられているカランがボソッと呟いた。


「ん〜?なに?あっ、アイスあった!」


聞こえていたけど、フィンはわざと軽く聞き返す。


「カラン、ヨーグルトとバニラアイスとみかんゼリー、どれがいい…」


デザートコーナーの前で足を止めてカランを振り返ったフィンの言葉を、遮ってカランが言った。


「お前が、いい子ちゃんでムカつくって言ったんだよ」


フィンはカランに向き直り、口だけ笑って返事をした。


「…なんか情報増えてない?」


ハッ、とカランが冷笑し、次にフィンを睨みつけた。


「やっぱり最初で聞こえてんじゃねえか」


笑っていない目でカランを見つつ、口元の笑みは絶やさないまま、フィンはわざと純粋そうな口調で言う。


「ていうか、ひどいなあ。何かイライラすることでもあった?」


カランの目が一瞬泳いだ。


「…別に」


俯いたカランの顔を覗き込んで、フィンは無理やり目を合わせる。


「当ててあげる。家族のことでしょ」


「…家族なんかいない」


カランが唇を噛む。フィンは怪訝そうな顔をした。


「はあ?流石に嘘すぎるよ。俺、孤児院で育った子なら何となくわかるもん」


カランがイラつきを抑えずにボソッと呟く。


「…いなくなったんだよ」


今度はフィンが冷笑する番だった。ハッ、と笑って、無表情になる。


「ああ、捨てられた?」


フィンが言葉を発した瞬間に、カランは食い気味に否定した。


「違う!…事故で」


「……あ、そう」


フィンの表情は戻らない。カランの告白にも動揺した様子はなかった。


「で、なんで俺むかつくとか言われなきゃなんないの?」


平坦かつ刺々しい声で、フィンは尋ねる。


「…お前さ、全部わかってんだろ。ここの人たちが俺らを腫れ物みたいに扱うこととか、俺らがこんなとこにいなきゃいけない理由とか、全部」


そんなカランの言葉に、フィンは顔を歪めた。図星だったけれど、それがなぜムカつくことに繋がるのかわからなかったから。


「…それが、何」


本当に因果関係がわからずフィンがそう聞くと、カランはカッと激情して言った。


「そのくせに、何にも気づいてないふりでニコニコ笑いやがるからイライラすんだよ!媚び売ってんじゃねえよ気持ち悪い!」


「なにそれ。みんな気づいてほしくなさそうだから知らないふりしてるだけじゃん!」


良かれと思ってやっていることにケチをつけられて、フィンも声を荒げる。


「それが良い子ちゃんだって言ってんだ!お前が全部を当然みたいに受け入れるせいで、俺はずっと惨めな気分だよ!お前のせいで!!」


カランがフィンを睨みつけながらそんな言葉を叩きつけてきた。


まるで悪いことをしているみたいに言われて、胸の辺りが痛くなって、フィンはそれを振り払うように叫んだ。


「はあ!?親死んで"自分かわいそー"のテンションから抜け出せてないだけだろ!俺に当たるなよ!」


カランが泣きそうになりながらフィンに掴み掛かる。


「うるさいうるさい!しゃべんな____」


カランが右手を振り上げたその瞬間、高校生たちがフィンとかランを引き剥がした。


「待て待て待て!お前ら落ち着け!!」


「ここ!食堂だから!!!」


彼らの言葉で、フィンは我に返る。パッと周囲を見渡すと、本職の人たちが大勢フィンたちの方を見ているのがわかった。


「あ……」


「やば……」


つうっとフィンとカランの背中を嫌な汗が流れていく。


どうにかしなければ、と思うものの動けない二人の前で、高校生の一人が頭を下げた。


「うるさくしてすみません!ほらっ、お前らも謝れっ」


フィンたちも頭をぐいっと掴まれて礼をさせられる。


「す、すみませんでした…」


「すみません…」


本職の人たちの沈黙が逆に怖い。顔を上げることを躊躇っていた二人の顔を、高校生がずいっと覗き込んだ。


「デザート早く選べ!どれだ!?」


フィンたちは驚いて、意図がよくわからないままただ質問に答えた。


「バニラアイス…」


「ヨーグルト…」


それを聞くなり高校生の一人がバニラアイスとヨーグルトを一つずつ掴んで会計を済ませ、見たこともないようなスピードでこちらに戻ってくる。


「よしっ、買った買った!席戻るぞっ」


未だ混乱を抑えられないフィンたちを追い立て、高校生たちは元の食堂の端のテーブルにフィンたちを座らせた。


「お前らなあ〜…、静かにしろって言っただろ?なんで喧嘩してんだよ…」


バニラアイスとヨーグルトを2人の手に握らせて、高校生の1人が呆れたように呟く。


「カランが嫌なこと言ってきたのが悪い」


「フィンが俺をイラつかせるのが悪い」


2人は同時に答えて、同時にお互いの方を睨みつけた。


「は?」


「あ?」


「だあーーっ!また喧嘩しようとすんな!早く食え、お前ら13時から掃除だろうが!」


再び立ち込めた不穏な空気を、高校生が一瞬で晴らす。


ハッパをかけられた2人は、しぶしぶお互いから目を逸らしてデザートを食べ始めた。


いつもなら"おいしいね" "そうだな" "買ってくれてありがとう"くらいは言うのに、2人は全く喋らない。


その異常さに、高校生たちは困ったように顔を見合わせた。


***


次の日


「……」


「……」


フィンとカランは一言も会話を交わさない。


「なあ、あれどうするよ…」


「俺フィンと同じ孤児院にいるんだけどさ、あいつがあそこまで誰かと派手に喧嘩してるの、初めて見た…」


高校生たちがヒソヒソと話している。フィンはわかっていた。高校生たちが困っていることに。でも、どうしても謝る気にはなれなかった。


次の土曜日


フィンの頭は、少し冷えていた。


チラチラとカランの様子を伺うが、カランは断固としてフィンの方を向こうとしない。


しかも、高校生たちはフィンたちの様子をじっと見て、


いけっ、話しかけろフィンっ


いいぞ、そのまま謝りに行けっ


と目で訴えてくる。


カランの全く反省していそうにない態度と、野次馬してくる高校生たちのうざったさに、フィンのイライラのゲージは再び満タンに戻ってしまった。


その翌日の日曜日


午前中


「……」


「……」


無言。


そして、相変わらず高校生たちはフィンに目で訴えかけてくる。


だが、フィンは今日はそこまでうざったいとは思わなかった。


いや、うざったいのはうざったいのだが、昨日1日過ごして気づいたのだ。


昼からなら、高校生たちの視線を気にしなくて良い!


昼からは高校生は訓練の続き、中学生は2人ペアで施設内の掃除だ。


トイレ掃除にでも立候補すれば、フィンとカランはペアだから、2人きりになれる。


話しかけるならここしかない、とフィンは心に決めた。


午後


「……」


「……」


フィンとカランは、無言でトイレの床をブラシで擦っていた。


みんなが嫌がるトイレ掃除に立候補したせいで、心なしかカランの機嫌がさらに悪くなっている気がする。


でも、ここしかないのだ。中学校が違うせいで、土日しか会えないのだから。


早く声を出せ。


話しかけろ。


今しかないだろ!


わかっているのに、刻一刻と掃除の時間は過ぎていく。


一階のトイレの掃除を終え、2階、3階と進んでも、あと一歩の勇気は出ないまま。


そしてついに、最後の4階にきてしまった。


「……」


「……」


フィンはぎゅっと目を瞑って、思った。


正直、自分から謝るのは嫌だ。


でも、


"ああ、捨てられた?"


"はあ!?親死んで"自分かわいそー"のテンションから抜け出せてないだけだろ!俺に当たるなよ!"


俺"が"酷いこと言った。


ずっとこのままなのは、嫌だ。


「……カラン」


「……」


沈黙の中に、ブラシの音だけが響いた。フィンの目に涙がたまる。


でも、長い沈黙を経て、返事は返ってきた。


「……何」


バッとフィンがカランの方を向く。カランはそっぽを向いていたけど、カランの返事は確かに、フィンの耳に届いた。


泣くな泣くなと自分に言い聞かせて、フィンは言葉を絞り出す。


「酷いこと言って、……ごめん」


また、沈黙だ。さっきよりもっとずっと怖い。許してもらえなかったら、そんな考えが頭を支配する。


カランは、乾いた声でせせら笑った。


「そういうとこが、良い子ちゃんなんだよ」


ぐさり、とフィンの心に言葉の槍が突き刺さる。


「なっ…!」


再び怒りに任せて口を開きそうになってしまったその時、カランが言った。


「でも、ありがとう」


フィンの方を振り向いたカランは、目にいっぱい涙を溜めている。


「俺も、八つ当たりしてごめん」


フィンは緊張の糸が切れたように、ボロボロと涙をこぼした。もう、仲違いしたままだったらどうしよう、と考えずに済むのだ。


カランも腕で目を擦っていたが、泣いているのはすぐにわかった。


だって、

声が泣いていたから。


「…ほんとは別に、お前に腹が立ってたわけじゃないんだ。ただ、ただ…親戚が誰も俺のこと引き取ってくれなかったのが、悲しかった……」


ぽつりぽつりとカランは呟いた。半年一緒にいて、初めて聞いたカランの本音だった。


「ほんとにっ、やつあたりじゃんっ」


フィンはそう言って茶化して笑おうとする。でも、涙は止まらない。


「…お前は、どうなの」


突然、そんな言葉が降ってくる。フィンは、一瞬泣くのをやめた。


「……え?」


固まったフィンを、揶揄うようにカランが言う。


「さすがに、『"親死んで"自分かわいそー"のテンションから抜け出せてないだけ』が本音じゃねーだろ」


フィンの背中に嫌な汗が流れる。過去の自分にドン引きした。


「あ……改めて聞くと、だいぶ酷いな……」


フィンは沈み込んでいきそうな勢いで落ち込むが、カランはあくまで揶揄いのテンションを保っている。


「お前本気で傷つけにくるから、マジで喧嘩売ったこと後悔した」


で、どうなんだよ。


そうカランが促してくる。フィンは、自分の気持ちに整理がつかないまま口を開いた。


「……俺は、」


「うん」


「か、カランが俺に言ったことっ、全部ヤだったっ」


"いい子ちゃんでムカつく"


"媚び売ってんじゃねえよ気持ち悪い!"


"俺はずっと惨めな気分だよ!お前のせいで!!"


「俺はっ、そんなことっ、考えてやってないっ」


いい子ちゃんって揶揄されたこと。


ただ気を遣っているだけなのに、媚を売っているのだと解釈されたこと。


カランが傷ついていたこと。


カランがそれを俺のせいにしたこと。


全部、悲しかった。


どんどんどんどん口から言葉が漏れた。


カランがズッと鼻水を啜って、鼻声で言う。


「…俺最初、お前は怒ってないんだと思った。だから余計、むかついた」


「怒ってないわけ、ないっ」


フィンは、途切れ途切れしゃくりあげながら声を漏らした。


「わかんねえよ…!だってお前、笑って的確にこっちのこと傷つけてくんじゃん…」


「だってっ、だってぇ……」


言い訳しようとするけれど、続きの言葉が出てこない。


だって、なぜそんなふうにしてしまうのか、わからない。わからないけど、いつもそうなのだ。


「ごめん……」


フィンは謝った。なぜなのかわからなくても、やってしまったことは事実なのだ。


「……もう謝んなよ。最初に傷つけたの、俺じゃん」


でも、カランは今度の謝罪は受け取らなかった。そして、言葉を続ける。


「でも、さ。俺には、すんなよ。怒ったら怒ったって、傷ついたら傷ついたって言えよ」


カランがフィン自身を見てくれようとしているのは、何となくわかった。


でも自信がなくて、確約するのは気恥ずかしくて、素直になれない。


「それは、どう、かな…っ」


一生懸命、茶化すように言った。泣いているせいで、効果があったかはわからないけれど。


「お前めんどくせ…。ちったあ素直になれよっ。いつもは"明るくて素直なフィン"のくせに」


赤くなった目でフィンの方を見て、カランは毒づく。でも、その言葉は"いい子ちゃん"よりずっともっと温かくて、優しかった。


「うるせっ。…頑張りは、する」


フィンは小さく早口でつぶやいた。聞こえてないかもと思ったけれど、遅れて"……うん"と返事が返ってくる。


結局その日は、中学生の先輩たちが呼びに来るまで泣き倒しで、掃除が終わらなくて叱られたのだった。


***

さらに翌週の土曜日


「よし!昼休憩だ!」


指導役がそう宣言すると、訓練生たちはよろよろと食堂へ向かい始めた。


「つかれた〜〜〜」


ポテッポテッと擬音がつきそうな足取りで歩くフィンの手に、カランが水筒を捩じ込む。


「フィン、水筒忘れてるぞ」

フィンは大して重くもない水筒を両手で抱え込んだ。


「あ、ごめん〜。ありがとう〜〜」


いつもより間延びしたフィンの声に、カランはブハッと吹き出した。


「お前ふにゃふにゃじゃん」


そんな様子を、高校生たちは遠巻きに見ていた。

「やっっと喧嘩終わったか……」


1人がため息をついて呟く。


「中学生の喧嘩ってあんなに長引く?」


そんな疑問に、フィンと同じ孤児院で暮らす高校生が答えた。


「カランのことはよく知らねえけどさ、フィンに関してはだいぶ珍しいよ。あいつ平和主義だし、そもそもあんな派手に喧嘩するのも見たことない」


へえ、とか、そうなんか、とか、ぽいぽい、という声が数人から挙がる。


「まあ、でもある意味いい機会だったかもな。雨降って地固まるってやつ?前より仲良さそう」


うちの1人がそう続けて、フィンたちを指差した。


その指の先には、カランにもたれかかろうとするフィンと、暑苦しいと言ってそれを拒否するカランがいた。


高校生たちは、それを微笑ましげに見ている。


しかし、遠くないうちにこの平穏が崩れていくことを、まだ誰も知らないのだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

中学生男子はこんなんじゃないよ、と言われてしまうかもしれません。歳を取るにつれて若い頃の思考回路があやふやになってきて困ります。

まだ設定が出切っていないので、今のところ設定の説明用に短編を書きたいと思っています。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

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