1話
獣医学部や大学の描写は、完全な妄想です
大学の食堂は、いつもよりずっと人が多かった。
新入生向けの交流会らしく、奥のスペースまで机が並べられている。
「人多……」
花音は思わず小さく呟く。
その隣で、葉山莉緒が笑った。
「獣医だけで120人いるらしいよ」
「そんなに?」
「ね。覚えられる気しない」
⸻
二人は空いている席に並んで座る。
周りではもうあちこちで会話が始まっていた。
⸻
その頃、新は少し離れた場所で名簿を見ていた。
ずらっと並ぶ名前を眺めていて、ふと目が止まる。
「萩原花音」
その少し上には、
「荻原新」
「……めっちゃ似てるな」
思わず一人で笑う。
なんとなく気になって、名前を探すみたいに食堂を見渡す。
すると少し離れた席で、名簿を見ている女子と目が合った。
たぶん、あの子だ。
⸻
新は特に深く考えず、その席の方へ歩いていく。
「ここ、座っていい?」
花音が顔を上げる。
「……あ、はい」
新はそのまま隣の席に座って、自分の学生証を軽く見せる。
「俺、おぎはら。はぎはらさん?」
花音は一瞬それを見てから、小さく笑う。
「はぎわらです。似てますね」
「絶対間違えられるやつ」
「さっき受付で聞き返されました」
「俺も。“どっち?”って顔された」
思わず二人で笑う。
その横で、莉緒が面白そうに二人を見比べた。
「ほんとだ、名前似てる」
近くにいた男子も名簿を見て吹き出す。
「荻原と萩原いるの紛らわしすぎるだろ」
「先生かわいそう」
「クラス違うから大丈夫じゃない?」
「もうオギーとハギーでよくない?」
花音は即座に言う。
「よくないです」
でも新は普通に笑って、
「ハギー」
と呼んだ。
花音がすぐ反応する。
「だからやめてくださいって」
「分かりやすいし」
「その理論で呼ばないでください」
「俺もオギー慣れてない」
新も笑いながら言う。
その軽いやり取りに、周りがまた笑った。
食堂のざわざわした空気の中で、
まだただの偶然だった呼び方だけが、
少しずつその場に馴染んでいった。




