有難いのはハチなのかアリなのか
「アリガタバチ?それってナニ?」
話しかけても反応が無い。
「おーい!アリガタバチってなんなの?さっき言ってた『敵』なの?おーいってば!」
ドームはカッチカチに固まっている。
前脚でツンツンしたけど、脚も触覚も畳むように引っ込めていて動かない。
「なんだよ、無視しないでよ!」
ムッとして「聞いてる!?」と頭突きしたけど、ドームは反応することもなく、固まったままグラリと揺れた。
え?あれ?
「ね、ねぇ?」
もう一度前脚でツンツンしてみたけど、やっぱりドームは無反応だ。
気絶してんのかな?まさか・・死んでるってこと・・無い・・よね?
怖い考えが浮かんでブルルルルルッと頭部を振った。
なんだかどんどん不安になってくる。
「ど、ど、ど、どーしたの?」
脚より敏感な触覚をおずおずと伸ばして、チョンと触ってみる。
う・・動かない・・動かない!?
「うわぁっ!し、しし、死んでる!」
ひっくり返りそうになったところで
「モイーーー!!死んでないモイ!!」
ドームが大声を出したのでホッと胸、いや虫だから胸部?を撫で下ろした。
「なんだよもー!死んじゃったかと思ったじゃん!びっくりさせないでよ。」
「なら大成功だモイ。」
「えぇ?」
「死んだふりしてたモイ。」
「死んだふりぃ!?」
虫のくせに、っていったら虫に失礼かもだけど、虫がそんなことするなんて超ビックリだ!
「なんでなんで!?なんでそんなことすんの!?」
「なんでって・・。敵が来たりとかしてビックリすると、何にも考えられなくなって、頭が真っ白になるんだモイ。そんで、気がつくと死んだふりしてるんだモイ。」
んん?それって・・
「それさぁ、死んだふりじゃなくて、気絶してるってことなんじゃないの?」
「プキューーーーン!?」
ドームは大声をあげると、モイモイ言いながら頭を捻り始めた。なんだか混乱させちゃったみたいだな。話しを変えてやらなくちゃ!
「ねぇねぇ、さっき飛んでた虫のこと、敵って言ってたじゃん。あれ、なんて虫なの?」
「モイ?」
「さっきの気絶の原因になった、あの虫。」
「・・・モイーーー!!気絶じゃなくて、死んだふりだモイィ!」
「わかったわかった。あの虫、なんていうの?」
「アリガタバチだモイ。」
「アリガタバチ?」
「そうだモイ。」
アリガタバチかぁ。初めて聞いた名前だ。
有り難いハチってことなのかなぁ?
そんなことを考えていると、ドームが何かを思い出したように
「大変だモイ!!」
と叫び、突然シャカシャカと歩き出した。
「どーしたの?どこいくんだよ?」
短い脚で爆進していくから、こっちは追いかけるのが大変だ。
も〜、急いでんなら飛べば良いのに!
「ねえってば、どーしたの?」
「アリガタバチがいるって、仲間に教えるんだモイ。」
「敵だから?でもさ、さっきの虫は飛んでっちゃったし、大丈夫なんじゃない?」
突然ドームが止まって、ぶつかりそうになった。
「遅かったモイ。」
「へ?」
何が遅かったのか確かめようとして、よっこいしょと頭部を持ち上げると、
「うわぁぁ!?」
そこには、夥しい数のドーム達が鎮座していた。
「うわわわわ・・・・ひぇ!?」
そして、その間を縫うように、ヒタヒタ歩いているスマートなアリがいる。
ドーム達と同じくらいの大きさで、ツヤツヤしたカラメルみたいな色の、お尻が長いアリだ。ドーム達が動かないから、アリが地面をウロウロしているようにしか見えない。
「なに?なんでアリがいんの?」
後ろから小声でそう尋ねると、ドームはぐるりとこっちを向いて
「アレはアリじゃないモイ。アリガタバチのメスだモイ。」
と言った。
「え!?あれアリじゃないの!?」
思わず声が大きくなって、慌てて前脚で口を押さえた。
「アリガタバチはハチなんだモイ。メスには羽がないんだモイ。」
「えっ、えっ、待って!じゃあ、有り難いハチじゃなくて、アリ型のハチってこと!?」
ドームは頭部を捻っていたけど、ボクにはストンと腑に落ちた。
そっか!『有り難い蜂』なんだと思ってた。だけど『蟻型蜂』ってことなんだな。確かにあのメスはアリに見えるもん。
腕は組めないから(脚しかないもんね!)ドームと触覚でも組むかと考えてた時、唐突にアリガタバチが敵だってことを思い出した。
「そういや、アレって天敵なんでしょ?食べられちゃう前に早く逃げようよ!」
焦りながら、前脚をドームにかけて引っ張った。
「天敵じゃなくて、敵だモイ。」
「天敵は他にいるの?」
「天敵は人間だモイ。」
「人間?」
「そうだモイ。」
そっか。多くの生き物にとっての天敵は、人間なのかもしれない。
なんだかちょっぴり淋しい気がした。
そんなボクの気持ちに気づく様子もなく、ドームは話し続けている。
「アリガタバチの幼虫は、シバンムシの幼虫を食べて大きくなるんだモイ。」
「え・・じゃあシバンムシの幼虫は、アリガタバチの巣に連れて行かれちゃうの?」
「違うモイ。メスには毒針があって、シバンムシの幼虫を、その毒針で麻痺させるんだモイ。」
ま、まさか・・・。
「ま、麻痺させたあとって・・?」
「卵を産みつけるんだモイ。」
「えぇーーー!?もしかして、卵1個に幼虫1匹ってこと?」
「決まってるモイ。だから、アリガタバチのメスに見つかると、あっという間に幼虫がいなくなるんだモイ。」
そう言うと、ため息をついて別の方向に向かって歩き出した。
「どーしたの?」
「アリガタバチに見つかったってことは、ここじゃないところを探さなくちゃだモイ。そーしないと、子孫が残せないモイ。」
ドームは立ち止まると、前羽をパカっと左右に開いた。
こんな風に開くのか。
感心していると、茶色くて膜のような後ろ羽を広げてヴヴヴと鳴らし、
「モイ〜〜〜〜〜」
そう言い残して、もたっとしながら空に向かって飛んでいった。
パチッ
「う〜〜ん。」
ベッドの上で思いっきり手足を伸ばした。
こんなにスッキリ目が覚めたのは久しぶりだ。
「あちゃ〜、歯磨きしてなかった。」
そんなことより宿題の方が問題なんだけど、えーい!ここは現実逃避だ。
両手で弾みをつけて勢いよく起き上がると、
「そうだ!今日はパパがいるんだ!」
と急いでリビングに向かった。
「おっ、りく早いな。おはよう。」
「おはよう!今朝はパパが作ってるんだね!」
「作ってるんじゃなくて、これから作るんだよ。フレンチトーストとハムエッグだぞ。」
「やったー!」
パパのフレンチトーストは柔らかくてフワフワで、粉糖をかけて食べるんだけど、これが絶品なんだ。
「ママは?」
「まだ寝てるよ。もう少し寝かせといてあげよう。」
よし!ママがいない今がチャンスだ!
「聞いて聞いて!昨夜はシバンムシになったんだよ!」
レタスをちぎっているパパに、今朝の虫物語をしゃべり始めた。
「そうか。目の前でそんなに頭をぶつけてたら、そりゃあびっくりするよな。」
「そーなんだよ!なんか等間隔っていうか、一定のタイミングでガン、ガン、ガン、って頭突きしてたんだ。」
そう言うと、パパがシバンムシについて説明を始めた。
「だからシバンムシっていうんだよ。漢字で書くと『死の番をする虫』で『死番虫』になるんだ。」
「死の番?なんか怖いね。」
「シバンムシは外国にもいるんだけど、英語で『デス ウォッチ ビートル』って呼ばれてて、それをそのまま日本語に訳したって言われてるんだよ。シバンムシの立てる周期的な音が、静かな部屋だと時計みたいに聞こえるらしい。」
「えー、そう考えると、なんか嫌な名前だね。」
「まあ、そうだな。自分の名前が『死の番人』なんて、パパも嫌だなぁ。」
アイツも、自分の名前の由来知ったら、嫌がったんだろうな。
ドームの丸っこい顔と短い脚を思い浮かべた。
「そうそう、アリガタバチって知ってる?」
「ああ、知ってるよ。アリによく似たハチだろう?」
「なんだ〜、知ってたのか〜。」
ガックリと頭を垂れた。
「だから言ったであろう。孝之は虫だったのだ。」
突然、肩の上にアリンコが現れた。
「ハハハ!昆虫図鑑もずいぶん読んだ・・いや、じっくり見たからね。写真を散々観察したもんだよ。特に御前に出会ってからは。」
しゃべりながら、パパは小皿にハチミツをたらすとアリンコの前に置いた。
「おお!わかっておるではないか!」
アリンコは「甘露甘露」と言ってペロペロと舐めている。
「アリの型をしたハチなんて、おもしろいよね。最初はさぁ、「ありがとう」の方の「有り難いハチ」でアリガタバチだと思っちゃったよ。」
ボクがそう言うと、「それでも良いのではないか?」とアリンコが顔をあげた。
「なんでさ?」
「アリの型などと言うのは、人間が勝手に言っているに過ぎぬ。アリガタバチを有り難いと思うている人間にとっては『有り難い蜂』、アリガタバチなのであろうよ。」
「そうだね。アリガタバチに刺されると、他のハチと同じように腫れたりするし、アナフィラキシーショックを起こす可能性だってある。だから危険ではあるんだけど、アナフィラキシーショックなんて知らない時代の人にとっては、シバンムシを退治してくれる「有り難いハチ」だったんじゃないかな。」
「そっかぁ。でもシバンムシからしたら、有り難くないハチだよねぇ。」
確かにと言って2人と1匹で笑い合っていると、
「あら、2人とも早いのね!」
ママが楽しそうに入ってきた。
虫の話はここまでだ。
「ママ、おはよう!」
パパとボクの声が重なった。




