18:旦那様に申し上げます
ロゼーヌ様に気持ちを全てお話してから五十日。
ずっと考えておりました。
食欲も失せる程考え、ベルメからドレスを美しく着られない程に体重が落ちたことを叱られる程考えました。最低限の食事を摂らないとベルメが無理やり口に入れる程に。
セナは何も言わず、旦那様と食事を供にすることすら止めたわたくしにレザンもハルトも、そして旦那様も何も言わずに時が過ぎて行きました。
ーーそしてわたくしは決断を致しました。
セナに頼んで旦那様に時間を取ってもらうことをお願いしますと、次の日の午後ならば、とお返事を頂きましてその日を迎えることにしました。
「アニー、考えていたことを聞かせてくれる、ということでいいか」
旦那様の執務室で顔を合わせます。はい、と頷いて旦那様を真っ直ぐ見た時。
旦那様の顔色が随分悪いことに気付きました。
その冷たいながらも整った顔立ちに翳りがあるのです。そんな旦那様を見て驚きました。……旦那様がこんな状態であることに気付かないほどわたくしは考え込んでいた、ということでもあるのでしょう。
「旦那様、そのお顔は……」
「私のことは気にしなくていい。アニーの考えを聞かせて欲しい」
「畏まり、ました」
旦那様の窶れ具合が気になりますが気にしなくていい、と仰られた以上は置いておきましょう。
深呼吸をして目を閉じます。……旦那様の顔を見ると言いたいことが言えないかもしれませんので目を閉じて伝えたいことを伝えることにします。
「旦那様。わたくしずっと考えておりました。わたくしの傷ついた心を旦那様の勝手で決めつけられたこと。……今でも傷ついた心が癒えているわけではないのに、わたくしの傷を軽く見られていたこと。とても……とても悲しくて苦しくて辛くて泣きました。何故、わたくしではないのに旦那様がわたくしの心を推し量れるのか、と。その上謝られてしまえば許さなくてはならないのではないか、と。わたくしの気持ちは許したくない。立場は許さなくてはならない。その二つの気持ちがずっとわたくしの心を占めていました」
一息ついて続けます。
「でも。わたくし決めました。このことについては、旦那様を許す気はないです。どれだけ謝られても許す気になれません。いつか許せる日が来るかもしれない。でも今は許す気はない。偽りのない本音です」
「そう、か」
「はい。でも旦那様を許さないこととは別として。わたくしは旦那様の妻として隣に立つことを決めました。契約があるから……ではなくて、旦那様の隣に立つことをわたくしの意思で。旦那様から政略結婚をルファ伯爵である父に申し込まれ……そしてわたくしと旦那様で契約を交わしたあの日から今まで過ごしてきたことを振り返りました。契約なんてわたくしの意思を聞かずに旦那様の条件だけで良かったはずなのに、きちんとわたくしを対等に扱って下さいました。わたくしの刺繍したハンカチに丁寧なお礼状を下さいました。旦那様と食事をするようになってから、話をする時はわたくしを見て話を聞いて下さいます。お見送りすれば嬉しそうに、行ってきますと仰る。王城からの帰りに美味しいお菓子を買って来て下さることもある。……そんな日々を思い返してみて旦那様の優しさや暖かさが嬉しいと思っています。旦那様の傷ついた気ちを聞いた時は、わたくしも辛くなりました。旦那様のわたくしに対する気持ちを聞いても、それでもそう思いました。それだけ、旦那様と少しずつ重ねて来た日々は、互いに誠実だったと思うのです」
旦那様は、わたくしの言葉に、うん、と頷きました。
「旦那様がわたくしの傷ついた心に対して考えたことや勝手な謝りは、許せそうにないです。それでも、旦那様と重ねて来た日々は信じられます。その日々を信じて、旦那様の妻であることを続けたいと望みます。ただ、あまり社交性が無いわたくしですので、その、社交に関して撤廃されても、全部はお付き合い出来る自信はありません」
困ったように旦那様を見れば、旦那様が分かった、と頷きます。
「私も元々社交は得意ではない。だから公爵として必要があるもの、参加義務があるものを中心に、二人で話し合いながら参加しよう。私一人で参加することはしない。これは契約書に記載しておきたいくらい、私の本音だ」
旦那様がそこまで仰るのならば、わたくしも覚悟をしなくてはならないですね。
「分かりました。都度旦那様と話し合います。それと、慈善事業の件と後見人活動の件は、お引き受け致します。先代公爵夫人様が行っていたのでしたら、わたくしも受け継ぎたいと思います」
実はこの件についても、結構悩んでいました。慈善事業と一言で言われてもどんな内容なのか分かりませんでしたし、後見人活動もどんな形で後見人をしていたのか分かりませんでしたから。
セナとレザンに教えてもらって、わたくしでも出来るような形でしたので、受け継ぐ決断をしました。
旦那様を許すのか許さないのか。
その決断にも時間がかかってしまいましたが、慈善事業と後見人活動の件も熟考しました。その上で受け継ぐ決断をしましたから、大丈夫です。
「そうか! ありがとう! 母上が精力的に行っていたことを、アニーが受け継いでくれるのなら、有り難いし嬉しい。よろしく頼む」
「畏まりました。精一杯務めます。……これがわたくしの決断です」
旦那様に正直にお伝えした今の気持ちは、全て打ち明けました。
旦那様の勝手な懺悔に謝罪を受けて許せないのが本音ですが。それでも契約を終えようと思えないくらいには、過ごして来た日々は、旦那様を信じられるものですので。
「でも、勝手な懺悔や謝罪をされてもわたくしは嬉しいどころか傷つくだけですので、やめてください。話し合いは必要ですけれど、一方的なものは、嫌です」
「分かった。……これからもよろしく頼む」
旦那様はどこか安心したように、口元を綻ばせました。その表情に胸がキュンと痛くなったのは、なぜでしょう?
……もっと見たいともちょっと思いました。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




