17:これからのことは・1
旦那様の言葉は、正直に言ってしまえばわたくしの傷を更に深くするものでした。瘡蓋になりかけた傷。でもそれを無理やり剥がされて新たに血が出て来るような。
でも旦那様はわたくしの“旦那様”でこの国の“公爵様”でわたくしや父と“契約を交わした相手”で簡単に怒りを見せたり嘆いて見せたり縁を切ると言葉にしたり出来るような相手ではなくて。
「取り敢えずお気持ちは受け取りました。少し、考えさせてもらえますか」
わたくしは……そうとしか、言えませんでした。
あまりにも身勝手な考えでわたくしの傷を深くし、それを口にしなければわたくしは知らずにいられたものの、もう口にされた以上は“無かったこと”には出来なくて。
無かったことには出来ないのに謝られてしまえば、いくら旦那様が許さなくてよい、と言っても許すしかないのでは、とも思ってしまうし。
身分から見ても旦那様の方が上。
結婚制度が変わったと言えども貴族の、それも親世代の価値観など未だ変わらず、男を立てる女が喜ばれる点から考えても“夫”を立てる“妻”は、立場が下ですから、そこから見ても旦那様の方が上。
旦那様は離婚をする気が無い、と最初に明言されていますからこれから先、わたくしか旦那様が死ぬまで添い遂げることになる以上、やはり許さなくてよいと言われても許さないといけないのではないか、と相反する気持ちが鬩ぎ合い心が乱れて考えが纏まりません。
こんな時は、と刺繍をしてもいつの間にか手が止まってセナに指摘されますし、では、と公爵家の花壇でカミツレやラベンダーの手入れをしながら香りを嗅いでも気持ちは落ち着かずにベルメから指摘されてしまいます。
そんな日々を三日過ごし、旦那様とは一応顔を合わせて食事を摂るものの、会話も出来なくて。
「わたくし、旦那様との関わりが中途半端ですわね」
あの場に居たのはハルトだけですが、旦那様が口止めしていなければレザンとセナには伝わっているはず。
ベルメにはセナから伝わっているか、それともベルメがわたくしから話してもらうのを待っているのか。
どちらにせよ、セナもベルメも何も言わずにわたくしのやりたいことをさせてくれますし、考えごとで手を止めるわたくしをそっと指摘するだけで後は見守ってくれているのを感じています。
でも。
旦那様にどのように何を伝えればいいのか分からず、わたくしは到頭独り言のように言葉を落としました。
「奥様、僭越ながらもしもお気持ちが定まらないようでしたら、本日はロゼーヌ様がいらっしゃる日。お気持ちを打ち明けてみたらどうでしょう」
わたくしの言葉に、セナがそっと助言をくれました。
そういえば本日は、ロゼーヌ様の公爵夫人教育の日です。お忙しい中、変わらずに夫人教育を施して下さるロゼーヌ様に、このような悩み事を打ち明けるのは、と躊躇う気持ちが無いわけではないのですが、確かにこのままではいつまでも気持ちが定まりません。
セナの助言通り、ロゼーヌ様に打ち明けることにしましょう。
「アニー、あなた、何があったの」
時間になっていらしたロゼーヌ様が、わたくしの顔を見るなりそのようなことを口にされました。余程わたくしの顔は酷いものなのでしょうか。
ですが、どのように話を切り出そうか悩んでいましたから、ロゼーヌ様があっさりとそのように問いかけて下さったことで、わたくしは夫人教育よりも先に悩み事を打ち明ける無礼を謝ってから、旦那様との話し合い、そして旦那様から打ち明けられたわたくしへの気持ちなどを全て、ロゼーヌ様に打ち明けました。
……打ち明けてから気づきましたが、とても重荷だったようで心がふと軽く感じました。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




