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続、小説・吸血鬼の村  作者: iris Gabe
第四部
20/20

20.エピローグ

行商人猫谷「にゃ……?」

書生和弥「ほら、やっぱり。千恵子ちゃんは吸血鬼ではなかったでしょ」

行商人猫谷「はにゃにゃ……、にゃんでにゃんだ? さっぱり、わからんにゃ……」

 GMの報告を聞いた猫谷は、途端に放心状態となってしまい、うなされた熱病患者のように意味不明な独り言をぼやき始めた。

書生和弥「だから、僕が天文家なんだから、千恵子ちゃんは鬼じゃなくて……、それから、望月さんは絶対に鬼であるはずだし……?

 でも、なんで猫谷さんが黒じゃないんですか? あれれ、おかしいなあ?」

 とがめているはずの和弥自身も、なにが真実なのかわかっていなくて、混乱しているようであった。

令嬢琴音「どうやら、猫さんも和弥さんも、たった一つの発言に振り回されちゃったようね。まあ、うちがいうのもなんやけど、あれはめちゃくちゃな暴言やったわ!」

子守り千恵子「それは、つまり――、召使いのお姉ちゃんが、お嬢さまが鬼である、といった発言のことね?」

行商人猫谷「にゃっ、にゃにー? にゃんで吸血鬼が味方の正体をばらしちまうんだよー。おっかしいじゃねえか?」

書生和弥「まさか? そんな大胆な……」

 飯村和弥も猫谷庄一郎もその場で固まって動くことができなかった。

小説家望月「死してなお、敵を走らす――、実に見事でしたな」

令嬢琴音「まあ、うちの手下の小間使いちゃんのファインプレーということやね。これも日頃のうちのしつけが功を奏したんでしょうけど……」

 鼻高々にしゃべりまくる令嬢の姿をいま々しそうに眺めていた猫谷だが、ついにこらえきれなくなっていい返してきた。

行商人猫谷「あれー、お嬢さま。たしか、小間使いから鬼扱いされた時、まじで切れていませんでしたかね? あれが演技とは、ふははっ、俺さまにはとても思えないなあ」

令嬢琴音「うっさいわねー。あん時、うちが切れた振りしたんは、皆を欺くための迫真の演技に決まっとるやん! おーほほほっ」

 無理を装う琴音を横目に、七竈亭の女将が大真面目な顔でつぶやいた。

女将志乃「結果的には吸血鬼側が勝ったけれど、あたしには理解できないわね。小間使いが取った行動は――」

土方中尉「余も、女将に同感である。血迷った末の愚行としか思えぬが……」

令嬢琴音「仕方ないわねえ。どうやら、皆さんには詳しい解説が必要なようだわ。

 じゃあ、小間使いちゃん、説明しておあげなさい」

行商人猫谷「俺さまといたしましては、ぜひお嬢さまのお口からじかにご説明を願いたいものですな。お嬢さまは、その――、小間使いの意図が全部わかっていたんでやんしょう?」

令嬢琴音「うっさいわねー! いい加減にしとかんと、本当にぶつわよー!」

行商人猫谷「へいへい……。じゃあ、小間使いさま、ご説明をお願いしやーす」

 ぶち切れ寸前まで令嬢を追い込んでおいてから、猫谷は妙に嬉しそうな顔で引き下がっていった。

小間使い葵子「それでは、不束ふつつか者ではございますが、皆さまがお望みとあらば、ご説明申し上げさせていただきます。

 七竈の女将さまと将校さまのお二人を亡き者にすることができました二日目の夜までは、わたくしたちの目論みは全てが順調に進んでいたと申せましょう。

 ところが、完璧だと思われた中に、実は小さなほころびが生じていたことに、恥ずかしながらわたくしは、かなり後になってから、ようやく気づくことになります」

行商人猫谷「なんでえ、その小さなほころびって?」

小間使い葵子「三日目の朝に、猫谷さまは『残された鬼の手がかりは一切なしと来た』と確かおっしゃいましたね。しかしながら、猫谷さまのお言葉とは裏腹に、そして皆さまもすでにご存じの通り、わたくしたちはとんでもない匂いをその時に残していたのです。いえ、残さざるを得なかったのです。

 それは、鬼が二人とも健在である、という事実です――。

 女将さまを失血死に追い込んだ以上、その事実を悟られるのは仕方ないことなのですが、それが三日目の朝となってしまったわけですね」

女将志乃「いっていることがよくわからないわね。それがどうしたのよ?」

小間使い葵子「欲をいわせていただければ、三日目の朝ではなくて、四日目の朝だったら都合が良かった、ということです。つまり、鬼が二人とも健在であると判明することが、わたくしたちにとっては、少々早過ぎたのです。

 もう一度、あの時の状況を思い出してくださいませ。

 わたくしたちは初日に望月さまを感染吸血鬼にして、二日目に女将さまと将校さまを亡き者にいたしました。さらに、それまでに高椿子爵さまと菊川さまが、処刑によってゲームから離脱されておりました。

 三日目の朝の時点で生き残っていたプレーヤーは、琴音お嬢さまとわたくしが吸血鬼で、望月さまが感染吸血鬼ですが、それ以外の、猫谷さま、和弥さま、千恵子さまの三名は健全な村人でございました。

 そこで問題となるのが、三日目の夕刻に行われる処刑となってまいります。その処刑で、仮にわたくしたち鬼が二人とも吊るされなければ、健全な村人をあと一人減らすだけなので、わたくしたちが勝利するのは容易でした。

 しかし、わたくしたち鬼のどちらかが処刑されてしまうと一大事となります。そうなれば鬼は一人となってしまいますから、わたしたちは、健全な村人を最終的に一人まで減らさなければ勝利できなくなります。さすれば、勝負は四日目の夕刻まで確実に持ち越されることになります」

小説家望月「というとなんですかな? 三日目と四日目の処刑で、琴音お嬢さまと葵子さんが立て続けに吊るされてしまう場合のみ、吸血鬼側の勝利が消滅する、とおっしゃるわけですな。

 いわれている意味はよくわかりますが、六人の容疑者の中に隠れ潜む二人の鬼が、都合よく連続して処刑される可能性なんて、極めて低いものと推測されますが?」

小間使い葵子「わたくしは臆病者です。臆病者のわたくしは、ただいま望月さまがご指摘された可能性が、実際には五分五分で起こるのではないか、と判断いたしました」

小説家望月「五分五分とね! わたしには想像できかねる数値ですな。当時なにも手掛かりがなかった二人の吸血鬼を見つけ出して二日連続で吊し上げることなど、極めて困難であったと思われますがね」

 小説家は、組んだ腕を袖の中に押し込んだまま、じっと考え込んでいた。

小間使い葵子「わたくしはある程度覚悟をいたしておりました。三日目の議論で、きっとどなたかが『天文家のローラー作戦』を提案されるに違いないと……」

令嬢琴音「そして、まさに千恵子がそれを提案したのよね」

小間使い葵子「その通りでございます、お嬢さま。

 天文家のローラーはまことに良い作戦だと思います。そして、そうなれば、わたくしと和弥さまが三日目に吊るされてしまう可能性は、お互いに五分五分です。

 そして、もしわたくしが吊るされるようなことになれば、翌日にはわたくしが鬼である事実が皆さまにばれてしまいます。さすれば、わたくしがそれまでに行った発言は全て否定され、和弥さまのご発言が全面的に受け入れられることになりましょう。それを手がかりにして、琴音お嬢さまを四日目に吊るすことは、村人側の皆さまにとってさほど造作もなかったであろうと思われます」

小説家望月「まあ、そういわれれば、そのようですな……」

 望月もようやく納得したようだ。

子守り千恵子「なるほど。そういうことだったんだ!」

 突然、千恵子が甲高い声を張り上げたので、傍にいた猫谷がびっくりした。

行商人猫谷「なに納得して大きな声をあげてやがるんだ? いまいったのは、用心深い小間使いにしてみれば、あたりきしゃりきの推論じゃねえのか?」

子守り千恵子「ううん、違うのよ。ええと、どう説明したらいいんだろう?

 じゃあ、お姉ちゃんがいったことを踏まえて、もしも猫谷のおじちゃんがお姉ちゃんの立場だったら、おじちゃんは三日目の議論をどう持っていこうとしたのかなあ?」

行商人猫谷「なにい? 俺さまに謎々だと? ふん、面しれえ。乗ってやらあ。

 そうだな、俺さまが葵子の立場だったら、当然、三日目にてめえが吊るされないようにしなくちゃならねえ。

 つまり、ライバルの和弥を吊し上げさせるよう議論を進めなければならねえから、そのための策を巡らすことだろうな。うんうん、我ながら百点満点の完璧な答えだぜ!」

子守り千恵子「だけど、召使いのお姉ちゃんはそうはしなかったのよね」

行商人猫谷「にゃんだって? それ以外にいったいなにをするっていうんでい?」

 千恵子にあっさりと出鼻を挫かれて、猫谷がムッとした。

子守り千恵子「お姉ちゃんが選んだのは、三日目にどちらが吊るされてもかまわない方法。つまり、三日目にお姉ちゃんが吊るされたとしても、それでも鬼さんたちが勝っちゃう方法よ!」

土方中尉「吊るされても勝てる方法だと? むむむ……。んなのあるわけねえだろが!」

書生和弥「それが、味方の琴音お嬢さまを鬼だと断定すること、ですか!

 三日目に僕が吊るされれば、その時点で鬼の勝ちはすんなりと確定するし、三日目に葵子さんが吊るされても、琴音お嬢さまだけは吊るされないように、前もって布石を打っておく――」

小説家望月「気が狂っていますよ! そんな先のことまで読んでいたっていうのですか? まだ天文家がローラーされるのかどうかさえもわかっていないうちから?」

 興奮した望月が大声を張り上げた。

行商人猫谷「そこが小間使いの小間使いたるとこなんにゃ。この女、尋常な頭脳の持ち主じゃないんにゃ……」

 すっかり観念しきった猫谷が肩をすぼめて縮こまった。

小間使い葵子「和弥さまがおっしゃった通りでございます。

 わたくしは、確実に鬼を抹殺できる手段があることに、すなわち、千恵子さまが提案された天文家のローラー作戦に、三日目の朝になった時点でようやく気づくことができました。本当にお恥ずかしい限りでございます。

 もしもローラーが執行されて、わたくしが三日目で処刑されてしまえば、わたくしが吸血鬼であるという事実は、翌日になればはっきりと判明してしまいます。

 たとえそうなっても、わたくしはなんとしても琴音お嬢さまを護らなければならないと考えました。琴音お嬢さまが四日目の処刑を免れることさえできれば、わたくしたちは勝利に大きく近づくこととなりましょう。

 苦肉の策でしたが、わたくしは琴音お嬢さまと敵対関係を演出することで、琴音お嬢さまを護ろうといたしました。ただ、わたくしがこの策を思い立った時には、すでに二日目の夜が明けてしまっており、わたくしは琴音お嬢さまに全貌を示すことができないままで、この策を実行に移さざるを得ませんでした。

 その点に関しましては、琴音お嬢さまを混乱させてしまって、本当に申し訳なく思っております」

令嬢琴音「なにをいっとんの。とってもいい策やったと思うわ。もっとも、聡明なうちにとってみれば、小間使いちゃんの奇策に応対することなんて造作もないことやったしね」

行商人猫谷「お嬢さま――、あくまでもあの時の動揺は演技だったとしらばっくれるわけでやんすね?」

小説家望月「やはりそうでしたか。わたしは使徒という立場上、葵子さんがわざとKさまのことを鬼だといわれたことには気づきましたが、いやはや、にわかには理解できませんでしたな……」

行商人猫谷「だから、おめーら、とぼけるのもいいかげんにしろよ! 絶対にお嬢さまも物書きも、あの時は錯乱していたんだって!」

令嬢琴音「なに細かいことにいつまでもぐじぐじとこだわっているんよ。ほんに女々しいったらありゃしない」

小説家望月「まことに、負け犬の――、いや負け猫の遠吠えですな」

 二人にからかわれて地団太じだんだを踏んでいる猫谷をやり過ごして、私はさらに説明を続けた。

小間使い葵子「わたくしの策には、もう一つ不安要素がございました。それは、わたくしが処刑される三日目の晩に、猫谷さまがどなたを護衛なさるかです。

 あっ、わたくしたちには望月さまが猟師を騙られている事実はわかっておりますから、わたくしは真の猟師は猫谷さまであると確信しておりました」

令嬢琴音「そうやね。猟師宣言をした以上、猫さん自身も危ない身なのだから、自分自身と、天文家宣言した和弥さんとの、どちらを護るかよねえ」

書生和弥「それならば、僕と猫谷さん以外の人を襲えばそれでいいじゃないですか? 

 たとえば、望月さんとか……、あっ、彼は初日に感染させていましたね。

 それなら、ええと――、千恵子ちゃんを襲えば、少なくともGJされることなく、確実に感染させられますよね?」

小間使い葵子「千恵子さまを感染させることは簡単にできました。でも、それでは、一歩足りないのです。というのは、翌日の四日目に処刑される人物は、ほぼ間違いなく望月さまか千恵子さまとなるからです!」

書生和弥「そうか、なるほど……! まず、葵子さんが鬼であると判明すれば、この僕が天文家であることになる。そして、猫谷さんは猟師である可能性が極めて高い。すなわち、鬼がいるとすれば、琴音さん、千恵子ちゃん、望月氏の三人の中の誰かということになる。

 そして、琴音さんは、葵子さんのサーカス紛いのあの奇抜な発言によって、鬼ではないと皆から信じ込まれていた。

 となれば、必然的に四日目に処刑されるのは、望月氏か千恵子ちゃんのどちらかということになる」

小間使い葵子「そうです。そして、仮に、三日目の晩に千恵子さまを感染させれば、四日目の処刑で、望月さまと千恵子さまのいずれのお方が処刑されても、生き残る健全な村人が和弥さまと猫谷さまのお二人、ということになります。

 こうなると、四日目の夜の襲撃がブロックされてしまえば、大逆転でわたくしたち吸血鬼側が敗北を期す可能性がございました」

小説家望月「つまり、三日目の晩に千恵子ちゃんを襲撃する行為は、貴重な襲撃の機会を一回パスしてしまう行為と等しいわけですね」

令嬢琴音「せっかく、三日目の晩に千恵子を感染させても、次の日に処刑されたんじゃ、元の木阿弥もくあみになってしまうんよね」

行商人猫谷「とんでもねえことまで考えてやがる。このあま……、悪魔だ!」

小説家望月「つまり、三日目と四日目の晩の二回のチャンスで、猫谷さんと和弥君のいずれかを感染させられれば、黒側が勝利できるということですね。確かにそうだ。なるほど、すご過ぎる!」

令嬢琴音「えっへん。というわけで、うちは三日目の晩には、和弥さんを襲うたんよ」

書生和弥「銀弾は怖くなかったんですか?」

令嬢琴音「銀弾に当たっちゃったらそれまでやん。うちらもぎりぎりまで追い込まれていたしね」

書生和弥「そうですね。僕たちに残されたラストチャンスは、銀弾で琴音お嬢さまをしとめることだったというわけですね」

女将志乃「というわけで、猫さん? あなた、肝心の三日目の晩はなにをしていたのよ? 銀弾で和弥さんを護っていれば大逆転であたしたちが勝利できるという、あたしたち村側に残された最後のチャンスとなったあの晩に……」

行商人猫谷「なにをしていたって? 俺さまは宣言した通りに、俺さまの護衛をしていたぜ。だって、小間使いがしゃべったあんな細かい推論を、おおらかな俺さまができるわけねえじゃねえか。それに、自分が殺されるかもしれないって時に、鬼であるかもしれねえあかの他人の和弥君を護るなんて芸当は、俺さまには無理だわな」

令嬢琴音「まあ、うちらも、いま猫さんがいった通りに猫さんが考えているだろうなと思って、和弥さんを襲撃することにしたんよ。ねえ、小間使いちゃん」

小間使い葵子「さすがはお嬢さま。仰せの通りでございます」

 と私は浮かれる琴音に調子を合わせておいた。

土方中尉「だが、さすがに三日目の晩には銀弾を用いて我が身を護っていたのであろうな? 猫谷どの?」

行商人猫谷「ふっ、銀弾なら初日の小間使いの護衛でとっくに使っちまったぜ」

蝋燭職人菊川「なんと……、猫谷さん、あんた村人側の最も貴重な武器を、初日から使ってしまったのですか? いったい、なぜ?」

行商人猫谷「なぜって、初日の晩から鬼を銀弾で殺しちゃえばよ、その――、かっこいいじゃねえか? さすれば、俺さまは一躍英雄になれたって寸法よ! はっはっはっ。

 しかし、来ると思ったんだけどなあ。初日の葵子襲撃は。うんうん、俺さまが鬼だったら、絶対にそうしたろうな……」

令嬢琴音「あほくさ……。そもそも小間使いは鬼なんやから、そんなん絶対にあら得へんわ」

女将志乃「やっぱ、猫さんが猟師になっちゃったことが、あたしたち村側の最大の敗因ね。

 あーあ、今回も小間使い一人にしてやられちゃったわ」

小間使い葵子「そんなことは……。滅相もございません」

 奥の肘掛け椅子で静かにしていたご主人さまが、ついに我慢しきれず輪の中にとび出していらした。

高椿子爵「皆さん。葵子の知恵に対抗できるのは、このわたししかおりません。次回のゲームでは、わたし、高椿精司をぜひとも初日から処刑しないでいただきたい。

 皆さん、次回こそは、若き皇帝――高椿……、高椿精司を、どうぞよろしくお願いします!」

 前回に続いて今回も早々に処刑されてしまったご主人さまは、悔しそうな表情で必死に訴えておられた。私も次回こそはご主人さまがご活躍されることを願ってやまない。

 この時、私は背後から舐めるような危ない視線を感じて、ビクッとした。振り向くと、さすらいの行商人猫谷が、私を見つめて、なにやらぶつぶつとつぶやいている。

行商人猫谷「にゃにゃにゃ……、今回もこの小娘にやられたにゃー。

 それにしても、こやつ……、俺さま好みの清楚な容姿をしてるくせに、性格も素直で申し分ない。そして、行動は知的で的確ときている……。

 というわけで……、惚れたにゃ! どうか、俺さまの嫁になってくれにゃー!

 いや、待てよ。嫁はさすがにちと早急過ぎるか……? 物事には順番ってものがある。

 にゃらば、とりあえず今日から、俺さまを葵子嬢のしもべにしてくだせえ。一生のお願えでごぜえますだー!」

小間使い葵子「な、な、なにをおっしゃるんですか? 気持ちわる……。

 はっ――、ただいまの奉公人のわたくしにあるまじき失言、まことに申し訳ございません。

 わたくしは、すでに召使いの身でございます。その、わたくしの、しっ、しもべだなんて……、そのようなことになにか意味がございますので……しょうか?」

 この猫谷のあまりに突飛で非論理的な暴言には、さすがの私も理性がすっかりぶっ飛んでしまった。

令嬢琴音「基本的にMなのよね、猫さんって。普段は『俺さま』とかなんとかいって偉ぶっとるけど……」と、令嬢は両手を天井に向けて呆れ果てていた。

行商人猫谷「きしょー。今回は大人しく引き下がってやるけれども、俺さまはあきらめねえぞ。次こそは、葵子嬢のあの無垢で純真な心をばっちり射止めてやるからにゃー。ふははっ――」

 さすらいの行商人猫谷は最後に不気味な捨て台詞を唱えると、風呂敷袋を担いで屋敷から去っていった。


 さて、ゲームが終了すれば、それぞれの戦士はネット上の仮想世界から抜け出して、リアルの生活に戻り、しばしの休息にくつろぐ。

 終わってみれば、今回のゲームも楽勝だ。皆は私の行動の一つ一つに驚きをみせていたが、天文家を騙り、和弥の挑発は相手にせず、味方である琴音を黒だと断言する――、このようなことは私にしてみればいずれも児戯に等しい必然の判断に過ぎない。

 一同の驚いた顔といったら――、たしかに滑稽だ。あれを眺めることくらいが私にとって、せいぜい清涼感を充足してくれるささやかなきょうであったといえよう。

 もしも参加プレーヤーの中に私に匹敵する頭脳の持ち主がいて、なおかつ私の裏をかこうと策を巡らしてくるようなら、私も作戦の修正を余儀なくされたことであろうが、如何せん、そのような心配は今回も皆無であった。退屈極まることこの上なしだ。

 次回こそは私を本気にさせてくれる少しはましなプレーヤーが現れてくれることを切に願いつつ、とりあえずこの物語の筆をくことにしよう。


  高椿家小間使い 東野葵子

つたない文章を最後までお読みいただきありがとうございました。皆さまのご意見ご感想をお待ちしております。

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