お見合い ウォレスside⑦
迷いながらもクララとの見合いに挑む事を決めたウォレス。
───どうせフラれるとしても、彼女と直接話をする機会なんて金輪際訪れないだろう。それならば思い出作りとして……
決心したはいいものの、最初から縁談を断られると思い込んでいるウォレスが見合いをする旨をローベル卿に伝えると彼は嬉しそうに破顔した。
「そうか!観念したか!まぁそう言うだろうと思ってだな、じつはもうクララ=クレリアが勤める地方騎士団への出向の手続きは済んでるんだ。その方が見合いした後も彼女と接触しやすいだろう?」
「……………は?」
不敬と思いつつもそんな声が出てしまっても仕方ないだろう。
いくらなんでも根回しが良すぎる。
元々から無理にでも自分と彼女の接点を作る気満々だったのではないか。
思わず眉間にシワが寄る。
そんなウォレスにローベル卿は満面の笑みを浮かべながらこう告げた。
「必ず見合いを成功させろ。日和ったり怖気づく事は許さん。必ずクララを落とし、モノにしろ。わかったな?」
「……はっ」
任務命令のような言い方をされると、体に染み付いた習性からか思わず敬礼をして応えてしまうウォレスであった。
そうしてウォレスは出向という名目で地方騎士団の駐屯地入りをした。
直ぐにでも“副団長推薦”という形でクララ側に見合いの打診がいくそうだ。
現地に行き、さっそく遠巻きに彼女の様子を窺った。
銀色の滑らかな髪を風に靡かせて外廊下を颯爽と歩くクララを、ウォレスは眩しそうに目を細めて見ていた。
そしてクララが見合いに応じるという連絡を受け、その日を迎える。
予測していた通り、朝起きるなり精霊のクーが部屋にやって来た。
「ウォレス~!髪を調えてあげる♡服は?え?団服でいくの?…まぁいいか、ウォレスは何を着てもイイ男だし。あ、ちゃんと長靴を磨いていかなくてはダメだよ?」
と、母親のように世話を焼いてくる。
緊張してそれどころではないウォレスは、クーのやりたいようにやらせていた。
それからクーの激励を背に受けて見合いの場となる自然公園へと向かう。
約束の時間には少し早かったが、気持ちを落ち着かせるには丁度よかった。
難しいとされる任務でもこんなに緊張する事はない。
ウォレスは初めて陥る別の意味で逼迫したこの心情を持て余していた。
そうこうしているうちに刻限となり、上司である医務室長に伴われてクララがやって来た。
柔らかなミントグリーンのシフォンワンピースに身を包んだ彼女を見て、ウォレスの心拍数は跳ね上がる。
───なんて綺麗なんだ。
今日のために着飾ってくれたのだと思うと、嬉しくて堪らなかった。
こんな気持ちになるのはやはりクララに対してだけ。
クララには選ぶ権利があって、自分のような男は眼中にないかもしれないがそれでも諦めたくはない、そんな気持ちがウォレスの中に芽生えていた。
クララはなぜか呆気に取られたような表情でこちらを見ている。
ウォレスはとりあえずはと名を告げた。
「ウォレス=バートンです」
「あ……クララ=クレリアです……」
彼女の瞳が自分を捉え名を知って貰える、もうそれだけで有頂天になりそうになる。
クララの上司は「じゃあ、後は若い者同士で」と言って足早に去って行った。
後に二人だけ残され、とりあえず公園内のカフェにでも入るかと考えるウォレスにクララは言った。
「せっかくの休日をこんな事のために潰してしまってごめんなさい。上には私から適当に報告しておきますので、もうお帰りになって下さって結構ですよ」
───え、
その言葉に内なるウォレスは固まった。
会って早々に帰ってよいとはどういう事だろう。
やはり彼女は俺ではダメだという事か。
速攻でフラれたという事だろうか。
だがしかし、クララからは拒絶というよりはこちらを気遣う雰囲気が醸し出されている。
どうせ帰れと言われてもすんなりと引き下がる事はしたくない。
せめて彼女の真意を知ろうと思い、ウォレスはこう返した。
「なぜ?」
「なぜ、とは?」
「なぜ顔合わせをしてすぐに帰らなければならないんだ?俺は結婚相手としては見られない?」
そうであれば仕方ない。
元々縁談がまとまるなんて思ってはいないのだ。
彼女の口からそうだとハッキリ言ってくれれば諦めもつくというものである。
しかしクララから返ってきた言葉は意外なものであった。
「いえ、それは貴方の方ではないかと。こんな地味で面白みのない女が相手では騎士様はつまらないのではないですか?」
───ん?………地味?………面白みのない?
「つまらない?」
言っている意味がわからず思わずそう訊いていた。
クララは当然といわんばかりに頷いた。
「ええ、ものすごく」
───そんなバカな。
クララが何を思ってそう言ったのかは分からないが、彼女の側にいられるだけで奇跡だというのにつまらないと思うなんて……
「ありえない」
本心が素直に口から出た。
「ありえない?」
クララはそう言ってきょとんとしてこちらを見ている。
ウォレスは正直に訊ねてみた。
「それともキミがつまらなく思っている?俺が相手で」
するとクララの方からも思わず本心が、といったような言葉が出てきた。
「ありえない」
「ありえない?」
「ええ」
まっすぐな眼差しをこちらに向けてこくんと頷くクララを見て、ウォレスの気持ちが一気に逸る。
「じゃあ互いに気に入ったという事でいいんじゃないか?このまま進めて」
半ばそうであって欲しいという願望も込めてウォレスがそう言うと、クララは驚いたように瞬きを繰り返すだけであった。
その日、クララと共に時間をすごし、ウォレスの決意は揺るぎないものへと変わっていた。
彼女と共に人生を生きたい。
他の男になんか渡したくはない。
いつ死ぬかもわからぬ仕事をしている自分だが、それならそれで彼女がその後困らないだけの金を遺してやれる。
凛としてしなやかに生きる彼女の尊厳が誰にも脅かされないように。
そしてウォレスは見合いが終わってすぐに、ローベル卿を通してクララ側に結婚の申し込みを入れたのであった。
結婚の申し入れをして欲しいと通信魔道具でローベル卿に告げると、それは卿の予想を遥かに上回る早さだったらしい。
自分でも呆れるほど性急だとは思う、思うが立ち止まってはいられなかった。
任務で散々行う駆け引きや心理戦などクソ喰らえで、己の感情の赴くままに行動したのであった。
結果、クララ側から「謹んでお受けする」という旨の返事を受け取ったとき、ウォレスは思わず小さくガッツポーズをした。
窓の側に植わっている楡の木から「ヤッターー!」というクーの声が聞こえた気がした。
そして居ても立っても居られず、すぐに直接クララにプロポーズをしに行ったのであった。
ローベル卿に、
「手ぶらで行くなよ?指輪を用意する前に求婚に行くんだから花束くらいは持って行けよ?」
と言われた通りに花束を持って。
彼女の前に跪き、こう告げる。
「クララ=クレリアさん。初めて会った時からキミの事が頭から離れなかった。どうか俺の妻になって、クララ=バートンになってください」
初めて会った時から数ヶ月、彼女の事を忘れようと努力したが結局は無理だった。
たった数週間、一方的に見ていただけのクララの存在が日に日に大きくなるばかりであった。
そんな思いを込めて彼女にプロポーズの言葉を贈る。
「はい。不束者ですがどうぞよろしくお願いします」
はにかみながら嬉しそうに返事をしてくれたクララを見て、感極まったウォレスがすぐに立ち上がってクララを優しく抱きしめた。
彼女との間にある花を潰さないように優しく。
「ありがとう……!クララ……今まで生きてきた中で一番嬉しいよっ」
クララは真っ赤になりながらもその抱擁を受け入れてくれ、ウォレスはさらに舞い上がる。
そしてウォレスは
「すぐにでも入籍しよう。結婚指輪もすぐに贈るから」
と言った後、クーに頼んで精霊界で作られる指輪を手に入れた。
それぞれの瞳の色の精霊石をはめ込んだ指輪を。
その指輪をクララの左薬指に自らの手ではめる時にウォレスはこの言葉を添えた。
「この指輪の石は精霊石だ。どんな時も肌身離さず持っていて欲しい。石は必ずキミを守るし、キミがどこにいても俺にはすぐに居場所が分かるから」
石には守りの力を付与して貰っている。
クララが恐怖を感じたり、なにかしらの強い衝撃を受ければ近くにいる精霊の加護を受けられるものだ。
そしてそれは当然、対となる指輪を介してウォレスにも知らされる。
クララが指輪を外してもまた然りだ。
その指輪が光る自身の手をじっと見つめ、クララは嬉しそうに微笑む。
そして「ありがとう、一生の宝ものにするね」と言ってくれたのだ。
ウォレスは気付けばクララを抱き寄せ、キスをしていた。
式を挙げないと決めた二人の、これが結婚式となったのであった。
結婚後すぐにウォレスが王国最大の領土を誇るクマロク公爵領駐屯の騎士団に転属となり、クララは一旦仕事を辞め夫婦として移住した。
騎士団近くの治安の良いエリアにアパートを借り、二人で暮らし始める。
穏やかで満ち足りた二人だけの暮らし。
クララはまだ十八と年若い新妻だが、すでにベテラン主婦のような貫禄で家政の全てを切り盛りしていた。
掃除の行き届いた部屋。
清潔な衣類や寝具。
手縫いのカーテンが風をすべらせる窓辺。
本来の役割をきちんと果たしているキッチン。
そしてそこから漂う美味しそうな食事の匂い。
自分とは無縁なものだと思っていた生活がそこにあった。
任務で留守にする事も多々あったが、それでも家に帰れば笑顔で迎えてくれるクララがいる。
愛しくて愛しくてたまらない。
ウォードとクー以外にこんなにも大切な存在が出来るなんて想像もしなかった。
ただ一つ、その幸せな暮らしに憂いがあるとするならば、それはやはり自分の半身である弟の存在を妻に打ち明られない事だろう。
ウォードの事を話したい。
そう頭に過っただけで刻まれた魔法印がちりちりと灼けるような痛みを放つ。
まるで呪いのように。
ロンダールはこれを“呪印”と呼ぶが、本当にその通りだと思った。
そんな決して打ち明ける事の出来ない秘密を抱えながらもウォレスはクララとの暮らしを紡いでゆく。
幸せだった。
只々幸せだった。
そしてその暮らしに変化が訪れたのは結婚して一年半が過ぎた頃だった。
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多分(曖昧でごめんなさい)ウォレスsideは次で終わりです。
“あの日”のカラクリやクララの逃亡中のウォレスの事が語られます。




