路傍の花 ウォレスside⑥
「ウォレス…お前、好きな女が出来たというのは本当か?」
「………」
隣国との小競り合いもなんとか収束に向かい、ウォレスは王都の諜報部へと戻ってきていた。
そしてその時、教官だったロンダールと久しぶり顔を合わせたのだが、開口一番そう告げられた。
話の出処はわかっている。
前線で負傷しクララ=クレリアが派遣されていた病院に入院していたアイツだ。
先輩たちに教えなければと言っていたがまさか本当に話しているとは……。
ウォレスは端的に答えた。
「……わかりません」
「わからないとはなんだ。自分の心だろう」
「自分の心だからこそわからないんです」
ウォレスが本心を告げると、その気持ちがロンダールに伝わったのか彼はただ「そうか、そうだな……」と答えただけであった。
───ロンダールさんがそんな事を言うから思い出してしまったじゃないか。
クララ=クレリア。
自分とは住む世界が違う人間。
自分のような人間が近付いてはいけない人間だ。
忘れようとしていたのに。
あの笑顔を、あのひたむきな横顔を……。
彼女は今どうしているのだろう。
おそらく元々の勤め先である地方騎士団駐屯地の医務室に戻っているはずだ。
きっと今も懸命に職務を果たしているのだろう。
その時、道端に咲いている小さな花が目についた。
白い小さな花をつける可憐な花だ。
ウォレスはその花からふいと目を逸らし、歩き去った。
「ウォレス!お前っ、好きな子が出来たって本当かっ!?」
秘密裏に会っている双子の弟であるウォードが、落ち合った部屋に入るなりそう告げた。
「………クーか」
なぜ知っている、とは今さら言うまい。
精霊であるクーが植物を通してウォレスの事を見ていたのは間違いないのだから。
そのクーが肩を竦めながら言う。
「だぁってぇ……最前線に立つウォレスが心配でぇ……病院ってほら、お見舞いの花とかが多いじゃない?だからバッチリ見られちゃったりして?」
ウォレスはわざとらしく大きなため息を吐いた。
それを見ながらウォードが言う。
「なんだよ、心配するのは当たり前だろ?そうやってお前を見守って、何かあったら全てを捨てても駆けつける、そのつもりだったんだよ」
「わかってるよ。……でも覗き見されてるようでいい気分じゃないな」
ウォレスのその言葉はスルーしてウォードが話を戻した。
「それよりさ、「それよりとはなんだ」しっかり者の可愛い子なんだって?」
途中で横槍を入れるウォレスを意に介さずウォードがそう言った。
ウォレスは半目になりながら半身に答える。
「……とてもいい子だよ。でもただ、それだけの事だ」
「それだけってなんだよ」
「それだけとはそれだけだ。俺とは無縁の人だ」
「なんでだよっ、せっかく、やっと好きな人が出来たっていうのにっ……!」
「俺は彼女に相応しくない。この汚れた手で、彼女に触れる事など出来ない」
「ウォレス……」
自身の手を見て、それをぎゅっと握るウォレスにウォードはかける言葉がみつからなかった。
自分たちの手が汚れてしまっている事は互いに充分わかっている。
そんな双子を見ながら、クーがウォレスに言った。
「じゃあ……その汚れているという手で触られたワタシは汚いの?ウォードに触れられたワタシは汚れたの?」
悲しそうに言うクーにウォレスは慌てて否定する。
「クーが汚いなんて、そんなわけないだろ?」
「じゃあきっと、あのクララって女の子も大丈夫だよっ!あの子ならきっと、ウォレスの手が汚いなんて思わないよっ!」
最初から諦めているウォレスにもどかしさを感じたクーがムキになって言った。
ウォードはそんなクーの肩を抱き寄せて慰めている。
「わかったから、落ち着けクー」
その様子を見ながらも、ウォレスにはやはり自分はクララとは縁のない人間なのだと思った。
国境近い街で一瞬だけ人生が交差しただけに過ぎない、そんな無関係の人間なのだと。
───いや、交差すらしていないか。
ウォレスは自嘲するしかなかった。
そうやって月日が過ぎ、初めて芽生えたこの想いもいずれ風化してゆくのだろうと思っていた矢先の事だった。
王国騎士団長副団長ジャック=ローベルがウォレスに言った。
「ウォレス=バートン。好きな女性が出来たって?」
「…………なぜ貴方のような方までご存知なのですか……」
騎士団上層部で唯一尊敬に値すると思っている副団長にまでそう言われ、ウォレスはもはや開いた口が塞がらなかった。
「ロンダールから聞いたんだよ、可愛い部下の初恋をなんとか叶えてやりたいとな」
「何をわけの分からない事を……」
自分の初恋だからとなんだというのだ。
そんなもののために彼女に多大な迷惑をかけるなど絶対に御免だ。
ローベルが何かしらしようと考えているなら大きなお世話、なんとしても阻止せねばならない。
「副団長、不敬を承知で言わせて頂きます。彼女は陽の光の下で生きる堅気の世界の人間です。影で生きる俺とは関わりあいのない人だ。だから一切、余計な事はしないでください」
ウォレスがキッパリとそう告げると、ローベル卿は不敵な笑みを浮かべた。
「お前がそう勝手に決めつけるのはまぁ勝手だがな。しかし彼女は医療魔術師、国が定める婚姻義務を課せられた人間だ。そして彼女にはどうやら恋人も婚約者もいないらしい。このままでは彼女の上司に適当に選ばれた適当な男に嫁ぐかもしれんなぁ」
「……それでも、俺よりは真面な人間のはずです……」
「そうとは限らんぞ?立派な肩書きを職業に持つ男でも、陰で暴力を振るったり、外に妾を囲って妻を蔑ろにしたり、子供を産まして家政婦扱いする酷い男もいるからなーー」
「ローベル卿」
卿がわざと不安要素を並べ立て、揺さぶりを掛けられている事がわかる。
ウォレスは非難めいた眼差しをローベル卿に向けた。
しかし卿はそれを意に介する様子もなく話を続ける。
「ちなみにこれはただの脅しではないのだ。少し小耳に挟んだのだがな、クララ=クレリアに縁談が来ているそうだ。しかも相手はお前たちの孤児院に圧をかけた男の息子だ。まさにあの親にしてこの子ありといった感じの最低な息子でな。……バートン、いいのか?そんな奴に彼女を渡して」
「っ………!?」
あの日、孤児院の院長ローザに脅迫紛いの言葉を投げかけ怯えさせたあの男の事だけは忘れた日はない。
いつか機会があれば必ず殴ってやろうと思っている男の一人だ。
そんな男の息子と彼女が……?
目を見開くウォレスの肩をポンと叩き、ローベル卿はこの言葉を残し去って行った。
「影の仕事に就いているからといって全てを諦める必要はないんだ。今までの騎士団ならそれが当たり前だとして来たかもしれないが、これからはそんな馬鹿げた思考は払拭されていくだろう。俺が必ずそうする。だからバートン、自分の心の望むままに行動してもいいんじゃないか?」
自分の心の望むままに……?
その時、なぜかウォレスの脳裏にあの道端に咲く可憐な花が浮かんだ。
彼女はあの花だ。
日陰の人生という悪路に咲く花。
自分のような人間が関わってはいけない清廉な花。
決して手折る事など許されない、するべきではない。
だけど……もし、それが許されるのなら……。
───求めてもいいのか?彼女を。
本来なら有り得ない事だ。
いつだって自分が望むものは手に入らない。
今回もそうだと思っていたのだが………。
───あの男の息子より俺の方がマシだなんて、烏滸がましいな。
そうわかっていても、それでも。
彼女が欲しい。
そう思った。
もし、許されるなら、この仄暗く冷たい道端の片隅に寄り添ってくれる花を求めてもいいのなら………。
この時、ウォレスは心を決めたのであった。
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午前中の仕事が長引いてお見合いや新婚生活まで行かなかったー。
ごめんなさい。
お見合いは明日に持ち越しです。




