僕だけの物語
「僕の事、見られてないかな?」
「さあね」
カラスは返してもらった本とココアが入っていたコップを手に取ると、千里の前に立ち塞がった。
この店は何でも屋さん、というのは表の顔。本当は代々、亡くなった人を成仏させるための手伝いをする店であり、18時に美帆が店を出ないといけないのは、他の幽霊と鉢合わせするかも知れないから。
幽霊になってしまった人は、必ずこの店に時間通りにやって来る。
そしてこの店に置いてあるものは、幽霊たちの呪いがかかっているのだ。
カラスはその幽霊から、どんな未練があるのかを聞いて幽霊たちの未練をなくしてあの世に逝ってもらう仕事をこの店で行っている。
しかし、美帆は生身の人間でこの店を見つけてしまった。
見つけてしまった美帆は、店でカラスが作ってくれたご飯を食べたり、店に置いてある本を読んだりして時間を潰していた。
そして2週間前、いつものようにこの店に美帆はやって来たのだが、運悪く棚に飾ってある置物を見ているときに奥の扉が開いて、千里が「兄さーん」と言いながら店内に入って来たのだ。
美帆は驚きを通り越して「そういえば今日は立花君、学校休んでたな」や「お兄さんがいるんだ。もしかしてカラスさんの事かな」という事を考えながら、ぼーっと千里を見つめていた。
「え、何で高橋がここにいるの!?」
それに驚いた千里はキッチンに隠れた。
「千里、彼女は貴重なお客様なのだから失礼な態度はやめなさい」
笑いながらカラスは千里の腕を掴み、美帆の前に連れて行った。
「カラスさんと立花君は兄弟なの?」
「そうだよ。美帆ちゃんと千里は同級生だったんだね」
千里と美帆は隣の席だったが喋る事はほとんどなく、顔見知り程度の仲だった。しかし、カラスは勘違いをしてこんな提案を出してきたのだ。
「そうだ!千里の書いてる本、美帆ちゃんに読んでもらいなよ」
それには素直に驚いた美帆が千里の事を見た。
「え?立花君って小説を書いてるの?」
千里は顔を赤くして頷く。
「でも、素人が書いたやつだから面白くないよ、きっと……」
千里は自信なさそうに俯きながら呟いた。
「怖気づいてどうするんだよ。いつか誰かに読んでもらって感想聞きたいって言ってただろう。素人の時に恥かいといた方が良いって」
美帆は言い合いを始めた二人を見て、咄嗟に手を挙げた。
「読みます!ていうか読んでみたい。立花君の事あまり知らないし、これをきっかけに仲良くなれると嬉しいし……」
美帆は千里よりも顔が紅くなった。
「だってよ。どうする?」
「でも……まだ書いてる途中だから、月曜日に学校で渡すよ」
千里は俯きながらも、そう言って笑顔を見せた。
美帆の顔も花が咲いたように明るくなる。
「分かった!楽しみにしてる」
二人は約束してしまった。
「よし、もう暗いから帰りな。美帆ちゃん、またおいでね」
「うん、勿論!立花君も、また月曜日に」
そう手を振った。
それが美帆が生きていた最後の出来事になったのだ。店を出て数分後、暗かった夜道で車に気付かなかった美帆は、車に跳ねられて亡くなった。
美帆が亡くなった事を月曜日の朝礼で知った千里は、実感が全く湧かなかった。
鞄の中に入れていた原稿用紙を見ていると、不思議と涙が溢れた。慌てて目を拭うと、周りのクラスメイト達がざわついているのに気が付いた。
口々に「あそこって街灯少ないよね」「私帰り道だよ」「気を付けないと」そんな、自分たちを心配する声ばかり。誰も悲しみの言葉を発さなかった。千里はようやく、何故あの店に美帆が来ていたのかが分かった千里だったが、自分もただのクラスメイトなのだと思い出すと、悔しくて堪らなくなり、沢山話してみたかったという後悔ばかりが募った。
家に帰り、カラスに美帆の事を話すと「そっか」とだけ言った。高橋美帆が亡くなったという事は、この店にまたやって来るとカラスは踏んでいたからだ。
その週の金曜日、クラスにはいつも通りの空気が流れていて、美帆の席には花が置かれているだけで、何も変わった事は起こらず、美帆も店にはやって来なかった。
来てほしいような、来てほしくないような複雑な気持ちにになりながら花を見ていると、担任が教室に入って来るや否や、美帆の席にぼんやりとした人影が現れた。それは、高橋美帆の姿をしていた。
「嘘だろ……」
千里は幽霊を見る事は出来ない。その能力を持っているのは兄のカラスだけだった。千里は目を擦り、しっかりと美帆の姿を見ようとした。しかし、窓から入る光のせいでどう頑張っても形を捉える事しかできない。誰にも気づかれないように「高橋?」と呼びかけると、美帆は千里の方に顔を向け、「しー」っと言うとすぐに顔を前に向けた。担任が「立花君?どうかしましたか」と聞かれたが何も答える事が出来ず、鞄を手に取ると、教室を飛び出していた。
そのまま家に戻ると、カラスはいつものようにソファーに座り、珈琲を飲んでいた。
息を整えながらカラスに近づく。
「高橋美帆が見えた」
「来るの?」
「多分……」
「美帆ちゃん、千里に普通に接してきた?」
「え?うん」
カラスは「あー」と頭を抱えると、「面倒なことになったな」と笑いながら言った。
「何で?」
「美帆ちゃんは死んでるのに気づいてないかも。しかも金曜日を繰り返し生きている可能性が高いね」
自分が亡くなった事に気づいていないのなら、気づかせないといけない。亡くなった人はこの世に居てはいけないのだ。
「昔からの決まり事だよ。輪廻転生。次の生まれ変わりが待っているから逝かないといけない」
カラスは時計に目をやる。
いつも学校帰りにやって来ていたから、きっとあと少しで美帆がやって来るのかもしれないと考えて、千里をキッチンの裏に隠した。
「これ……高橋に渡そうと思ってた小説。出来たから渡してほしい」
「未練は亡くなった人も、生きてる我々も、少ない方が良いね」
体操座りをして、小さくなっている千里の頭を撫でた。カラスは原稿用紙を受け取ったのと同時に美帆が店の扉を開けた。
「こんにちは。また来ちゃった」
そう言いながら美帆がソファーに座ると、カラスは大きく息を吸ってから美帆の所に向かった。
そして早速、原稿用紙を渡した。
「いらっしゃい。今日はね、プレゼントがあるよ」
「これがプレゼント?」
原稿用紙を受け取った美帆は不思議そうに首を傾げた。
すると、ぼんやりしていた美帆の姿が、突然生きている人間のようにくっきりした姿となった。
それは千里の眼にもはっきりと映るくらいだった。
「なんで……」
千里は息を飲む。
カラスは、きっと未練があるのだ。と確信した。
「私、大切な何かを忘れてる気がするんだよね……」
美帆は原稿用紙を机に置き、ソファーにもたれて天を仰いだ。
「じゃあ思い出さないと」
カラスはいつもの仕事のように美帆の前に座る。
未練が何か聞き出さなくては。
しかし、美帆は首を横に振った。
「ううん、別にいいの。その方が生きていたいって思うじゃない。明日の楽しみ、みたいな。あ、これ読んでも良いの?」
「ちょっと待って!」
カラスは美帆の動きを制止して考える。美帆の未練は千里の小説を読みたいという気持ちなのかもしれない。
しかし、美帆はあの時の約束を忘れている。と、いう事は、千里がカラスと兄弟という事も知らない。
これは、伝えていいものか。
「ちょーっと待っててね」
キッチン裏に向かったカラスは千里に尋ねる。
「お前、どうする」
「僕でも姿がくっきり見える」
「彼女の未練は、お前の小説が読みたいという気持ちだ」
「読んだらどうなるの」
「読んでも消えないと思う」
「じゃあ!」
読んでもらおうよ、そう言いそうになった時、カラスが悲しい顔をした。
「でも、お前が書いたと知ったら、きっと消える。彼女はお前と約束したから」
千里は固まった。
消えてほしくない。
千里にも、美帆への未練が残っているのに、カラスは気が付く。
「どうする」
「カラスさーん、私読んじゃうよー!これ、面白そうだよー」
明るい美帆の声が聞こえる。
そんな美帆に、千里は覚悟を決めた。
「高橋の為に小説を書かせてほしい。彼女に楽しい世界を見せたいんだ。彼女がこの店に来てくれるのなら、僕のことは伏せててもいいから」
それを聞いたカラスは、いつものように悪魔みたいな笑みを浮かべると、「よし」と言って立ち上がって時計を見た。17時50分、ギリギリだ。
「美帆ちゃん、その作者の本、いつもみたいに50円でレンタルをさせてあげる」
美帆は毎回この店にある本を50円でレンタルしていた。滞納したりもしていたけど、これで彼女にとって通常の金曜日になる。
「了解、レンタルはいつまで?」
「金曜日の17時、必着です」
亡くなった日の金曜日を美帆は繰り返しているので、17時までに店に来ないと美帆の魂は消滅してしまう。
「必ず守ってね」
念を押すと、美帆は大きく頷いて財布から50円を出し、
「小説読むの、すごい楽しみだわ。18時になるからまた来るね。さようなら」
美帆は明るく手を振って店を出て行った。
「これで良かったのか?お前が美帆ちゃんと話せるのは、冥途に向かう日だけ。お前が作者だって教えた時だけなんだぞ?」
「帰りの会では話せると思うから、今はそれだけで充分だよ」
千里はカラスに精一杯の笑顔を見せた。
それから数か月がたった。
美帆が冥途へと向かうタイムリミットは刻一刻と迫っていたが、千里は寂しさを感じてはいなかった。帰りの会で美帆にちょっかいをかけたり、小説の感想をキッチン裏でコッソリ聞いたりすることで、今まで知る事もなかった高橋美帆という人物を知ることが出来たからだ。
今日は金曜日。彼女が僕の小説を持って店にやって来る日だ。これは彼女の物語だけど、同時に僕の物語でもある。僕が作者だと知った時、彼女はどんな顔をするのだろうか。ただそれだけが、今の僕の生きる意味だったりする。
学生の頃に書いた話をリメイクしました。
設定がユルユルで直すのが大変でした。
けど、昔から主人公が入れ替わるのを書くのが好きだったんだな、と再確認出来て楽しかったです。




