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3.

「つまり、貴方は前世の記憶をお持ちで、前世でこの世界とよく似た『乙女ゲーム』なる創作物を知っていると?」


「はいぃ……」


クラウディア様の絶叫から時間は過ぎ。

ピチチと可愛らしい鳥さえずりを聴きながらテラスのテーブルに着いた私達は、まるで取り調べのような光景を繰り広げていた。

クラウディア様から畳んだ扇を向けられ、私は肩をすくめて返事をする。

混乱を極めた言い合いの後、「あなた何を言ってますの!?」というクラウディア様に説明を求められ(強要され)すべてを白状した次第だ。


「それで貴方は『モブ』というお話に登場もしない脇役で?」


「はい……」


「私は平民上がりの伯爵家如きの娘を虐める『敵役』?」


「はい……あの、でも、私はゲームのクラウディア様好きだったですよ?」


「今はそんな事どうでも宜しい!」


「はいぃ!」


ビシッと扇を突きつけられ、私はぴんと背筋を伸ばす。

さすが頭の良いクラウディア様は、私の支離滅裂な突拍子もない話を理解してくれたようで「なるほど」と頷くと扇を広げ口元を隠し目を細める。

勿論、理解したのと信じるのとは別な話なわけで。


「貴方……妄想癖でもありますの?」


やっぱりね!

そうなりますよね!

私はがくりと首を落とした。

信じてもらえるなんて思ってなかった……けど、本当に信じてもらえないくて脱力してしまう。


「やっぱり信じられないですよね……」


私としては誰にも、それこそ親兄弟の身内にも話した事のない秘密を話したのだ。

クラウディア様に何を言っているのかと詰め寄られたというのもあったし、アルバート殿下との関係を誤解されては困るという気持ちもあった。けれど、話していくうちに私は誰かに打ち明けたかったんだと感じていたのも事実で。

誰にも言えず悶々と悩んだり考えたりしていたけど、それを誰かと共有したかったんだと気がついた。

だから『こんな突拍子もない話、信じてもらえる訳ない』と思いつつも、クラウディア様に話したのだ。

けれどちょっぴりヘコむ私に、クラウディア様は意外なことを口にする。


「あら。別に信じてないとは言っておりませんわよ?」


「へ?」


予想外の言葉に顔を上げれば、クラウディア様は扇を畳みテーブルに置く。


「確かに非現実的なお話でしたけれど、貴方が嘘を言ってるとは思っていませんわ。事実か妄想かは別にしても」


「信じて下さるんですか!?」


「だってそのお話が嘘だとして貴方に何のメリットもないでしょう?言い逃れにしてはあまりにお粗末ですし。それに……」


ふふっと手を口に当てて笑う。


「貴方、腹芸が得意な様には思えませんし」


「は、はぁ」


つまり隠し事が出来なそうと言うことだろうか。

貴族子女としては如何かなものか……ま、でも社交会に積極的に参加する気もないし、クラウディア様に信じてもらえたなら万々歳だわ!


「それにしても……ユアン・メイスフィールド様ねぇ」


信じてもらえほっとした私はティーカップに手を伸ばし、そんな私を前にクラウディア様は顎に手を当て、何かを考える素振りをしている。

喋り過ぎて喉乾いちゃった。めっちゃ喋ったもの。

美味しいお茶で喉を潤そうと口に含んだ瞬間ーー。


「噂程度ですけれど聞いた事がありますわ。大変な実力をお持ちで、アルバート殿下の腹心でいらっしゃるとか。そんな希代の魔術師様から熱烈な求愛を受けてらっしゃる訳ね」


「ぶーーーーっ!!」


「きゃああ!!ちょっと!汚いですわよ!!」


「ゴホッ!ご、ごめんなさ……ゲホゲホッ」


盛大にお茶を噴き出してしまい、咄嗟に横を向いたのでクラウディア様に直撃しなかったが怒られてしまった。

離れていた侍女の皆さんとメリッサも駆け寄ってくる。

公爵家の侍女の皆さんが私のカップやナプキンを新しいものと取り替え、メリッサが素早くお茶がかかってしまったデイドレスを拭いてくれる。

うう、皆さんの仕事を増やしてすみません……。

仕事の早い侍女達(メリッサ含め)が再び離れた場所に戻ると「お茶を噴き出すご令嬢を初めて見ましたわ」というクラウディア様に謝った。


「まぁ、こちらに被害が及ばなかったので構いませんけど。大丈夫ですの?」


「申し訳ございません……咽せてしまいました」


「そんなに動揺するような事を言ったかしら?だって貴方のお話ではユアン・メイスフィールド様は幼少の頃より貴方をずっとお慕いしていらしたのでしょう?そして現在貴方に求愛してらっしゃると、そういうお話でしたわよね」


「ひぃぃ!肯定するのも烏滸がましいですが、概ねそんな感じです……」


「何で奇声を上げていらっしゃるのよ……しかも貴方、顔が熟れた苺のようになってますわよ」


呆れたような口ぶりでクラウディア様に指摘され、私は赤くなった顔を両手で覆う。


「だって恥ずかしいんですもの!ユアンは魔術師としても凄くて、しかもすごくカッコ良いんですよ!?それなのに私みたいな何処にでもいる、それこそ何か自慢するものもなく目を引くことのない地味なモブが、自らそんなハイスペック幼馴染が自分を好きだと話すなんて……とんだ羞恥プレイですぅ!」


「ちょっと何言ってるかよく分からないけれど……随分と自分を卑下するのね。貴方はご自身の『役』が『モブ』だからメイスフィールド様と釣り合わないと思ってらっしゃるの?それともご自身の容姿や実績が釣り合わないと思っているのかしら?」


覆った手を下げクラウディア様を見れば小首を傾げてこちらを見ていた。

その視線には苛立ちや呆れなどの感情は見えず、だからこそ私も素直に自分の気持ちを口にする。


「どっちも、です……。私本当にこの世界のこと前世で知ってて。私の知ってるこの世界では主人公次第ですけど、ユアンは主人公を好きになるんです。主人公は可愛くて努力家で皆んなから好かれるような女の子で。それにもし主人公がユアンルートを選ばなかったとしても、あんな素敵な人の隣に私が立つのは不釣り合いだって思います……」


「そう。でもそれってとても失礼な話ね」


「え?」


今度はクラウディア様がカップを持ち上げお茶を飲み、私が首を傾げた。

クラウディア様はカップをソーサーに戻すとテーブルのクッキーを一つ手に取り口に入れる。それを咀嚼し飲み込みとニコリと微笑んだ。


「このクッキー美味しいのよ。当家の料理長が昔から作ってくれるものなんだけれど、私の好物の一つなの。良かったら召し上がってみて」


「?はい。いただきます……」


訳も分からず推められるまま私もクッキーを頬張る。

サクサクと歯触りの良いクッキーはバターの風味と砕いたナッツの香ばしさが加わりとても美味しい。

ニコニコとこちらを見ているクラウディア様にそう伝えると。


「そうでしょう?このクッキーはね、我が家の料理長が何度も試行錯誤して美味しいものを作ってくれたの。私はその料理長が考え工夫して作ってくれたこのクッキーが美味しいから好きなのよ。どんなに綺麗なクッキーを出されても、私が美味しいと思った気持ちは無くならないでしょう?この気持ちは私が考え、感じた私だけの気持ちだわ。それなのに『それは違う』なんて否定するのは失礼な話よね?」


「……」


「メイスフィールド様が貴方を好きだという気持ちだって同じではないかしら」


クラウディア様はまた一つクッキーを摘む。


「貴方の知っているこの世界がどんなものだったとしても、メイスフィールド様はご自身で感じ、惹かれたから貴方を好きなのでしょう?それなのに主人公を好きになるだの地味で釣り合わないだの、彼の気持ちを無視した失礼な話だと私は思うけれど」


「それは……」


特に私の返答を求めていないのか、クラウディア様は手に取ったクッキーを口に運ぶ。

クラウディア様がおっしゃる事はその通りだと思う。

私だってこの世界で生を受けてから18年生きてきたのだから、この世界はこの世界で現実なのだと分かっている。

けれど何処かで「ここは乙女ゲームの世界だから」と線引きしていたのも事実だ。

この世界で生きている人達が、それこそ私だってそれぞれの人生をしっかり自分の足で歩いているというのに。

黙ってしまった私にクラウディア様はクッキーを食べなながら朗らかに続ける。


「勿論、貴方がどう考えるのかも貴方の自由ですけれどね。それに今貴方を好きだからといって、今後もそれが変わらないとは言い切れないし。けれど今の貴方を好きなメイスフィールド様を否定するのはおやめなさい。ちゃんと向き合うべきだと思うわ」


「そう……ですね」


「そうよ?それに私だって貴方がおっしゃるみたいにアルバート殿下をお慕いしてませんわよ」


「そうですね……って、えええ!?そうなんですか!?」


クラウディア様の話を俯き聞いて居た私は驚いて顔を上げる。

そんな私にクラウディアは呆れた様な顔を見せた。


「王族との婚約に何故私情が入ってると思いますの?確かに我が家としては娘を第一王子の婚約者にしようと色々画策してきましたし、公爵家の娘として私も研鑽を積んで参りましたわ。それは飽く迄貴族としての矜持よ。アルバート様をお慕いしての事ではありません」


想定外の言葉に、けれど言われてみれば当たり前の事に私は驚いていた。

だってゲームの中のクラウディア様はアルバート様を好きだったはずよね?

なのに目の前のクラウディア様は別に好きじゃないと言う。


「クラウディア様はアルバート様が好みではないんですか……?」


「好みではないって、貴方不敬ですわよ……でも、そうね。身分はもちろん見目麗しい方ですから特に不満はないわね」


「え……それだけ?」


「そうね。お互いに支え合いながら良い国を作っていきたいと思っているわ」


「真面目!!」


思わず突っ込んでしまった私にクラウディア様はコロコロと笑う。


「貴方は面白い方ね。不思議な事を言うし感情が豊かで私の周りには居ないタイプ。ぜひお友達になりたいわ」


「へ?」


怒られると思っていただけだけに、楽しそうなクラウディア様に意表をつかれる。


「あら、私とお友達になるメリットは沢山あると思うわよ。前世の話に関わっているのだし、なんと言っても筆頭公爵家の娘でしてよ」


胸を張るクラウディア様が可愛すぎる……。

じゃなくて!


「私は嬉しいですけど……クラウディア様には何もメリットがありませんよ?」


メリットの話をするのならば、別に権力の中枢に位置する家柄でもないし、クラウディア様に有益なものを与えられるとは思えないが。

そんな事を考える私に、クラウディア様はテーブルについた手に顎を乗せて笑顔を見せる。


「だって面白いもの」


「面白い……」


「ええ。面白い人だからお友達になりたいの。面白い人に出会えるなんて中々ないでしょう?せっかくそんな方と出会えたのだから縁を持ちたいと思うのは当然だと思わない?」


「はぁ……」


楽しそうに言うクラウディア様には申し訳ないが、私は別に面白い人間ではないのだけど。

前世の記憶があるのは確かにちょっと変わっているけれど。

でもクラウディア様とお友達になれるのはちょっと嬉しい。

なんたって前世で好きなキャラだし、前世の事を話せたのはクラウディア様だけだ。


「クラウディア様がいいのでしたら是非!」


「ふふふ。では私も貴方をリズベス様と呼んで宜しいですわね?」


「はい!……あ!も、申し訳ありません!私勝手にお名前を」


私は慌てて謝罪した。

いつのまにかクラウディア様呼びになってしまっていたわ!

焦る私にクラウディア様は気にしていないと言う。


「もうお友達だもの。クラウディアと呼んでちょうだい」


花の様に微笑む月の女神に心の中で鼻血を垂らしながら、こうして新たな友人を手に入れたのだった。

書籍化作業の為、更新がゆるりとなります!

少々お時間ください(;ω;)

次回はユアンと甘々デート…からの不穏な嵐到来予定です!

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