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2.11 参上!

 気を失った恵美を噴水のレンガに寝かせ、愛莉は恵美が落としたスマホを拾い、スリープモードを解除する。ロック画面が現れ、認証番号を求められる。愛莉の手からバチッと電流が走り、ロック画面も解除する。


 愛莉が連絡帳を開こうとしたときだった。


「そこまでっす!」


 愛莉が振り返ると、恭子が仁王立ちで立っていた。


「師匠がいつかと思って田中先輩をつけていたら、思わぬ現場に遭遇したっす! まさか、愛莉先輩が田中先輩を襲うとは……」

「あなたが何者かは知らないが、何も見なかったことにして、ここを立ち去ることをおススメするよ」

「そういうわけにはいかないっす! 田中先輩は、自分のライバルっすけど、師匠の大事な人っすからね!」

「もしかして、その師匠と言うのは、山神修介のことか?」

「そうっす!」

「そうか。あなたもか……」


 愛莉が恭子と向き合う。愛莉からあふれるオーラに、恭子は圧倒されるが、歯を食いしばって、睨みかえす。このとき恭子は、このまま馬鹿正直に立ち向かっても、恵美の二の舞になると思った。だから、愛莉に提案した。


「決闘っす! 決闘で、自分が勝ったら、田中先輩を返してもらうっす!」

「……いいだろう」


 恭子は冷や汗をかきながらも、白い歯を覗かせる。一定のルールと審判の目があれば、愛莉も無茶はしないだろうし、自分にも勝機があると恭子は考えた。


「じゃあ、審判ロボットは自分が……」

「すでに呼んでいる」


 いつの間に!? 驚く恭子に対し、愛莉は不敵な笑みを浮かべた。

サイレンを鳴らしながら、審判ロボットが二人の下に走ってきて、二人の間で止まる。


「お待たせいたしました」と審判ロボットは記録音声で喋る。

「ルールは、スリーカウント制でいいな?」

「OKっす!」


 愛莉が審判ロボットに登録する。


「よしっ、準備は完了だ」

「うっす」


 木刀を持って構えた恭子に、愛莉は手を差しだした。恭子は不審な目つきで、愛莉の手を眺めた。


「握手。それが礼儀だろう?」

「そんなこと、したことないっす」

「なら、教えてあげよう。相手に敬意を払うため、決闘の前に握手をする。それが、上位ランカーの礼儀なんだ」

「そうなんっすか?」

「ああ。少なくとも私はそうしているし、私が所属する研究所でも、上位ランカーであるからこそ、対戦相手には十分過ぎるほどの敬意を払うように言われている。だから、私はいつも、お互いの健闘を誓う意も込めて、握手することにしているんだ」


 愛莉は微笑む。嘘を言っているようには見えなかった。それに、綺羅愛莉と言えば、女の対戦相手には淑女であることで有名だ。だから、愛莉の言うことは正しいのかもしれない。


 恭子は戸惑いながらも、愛莉と握手を交わした。見惚れてしまいそうなほど、細くて、しみのないきれいな手だった。柔らかく、しっとりしていて、握り心地も良かった。どんなお手入れをしたら、こんな手になるのだろう。恭子は興味津々で、愛莉の手を眺めた。


「握手を求めたのは私だが、そろそろ離してくれないか?」

「ああ、すみません! その、綺麗な手だったんで!」

「ありがとう」


 恭子は気を取り直して、木刀を構えた。一方愛莉は、武器であるはずの剣も持たず、静かに開始の時を待った。


「いいんすか、それで?」

「ああ。これが私のスタイルなんだ」


 その余裕、叩き潰してやるっすよ! 恭子は心の中で意気込んで、木刀を力強く握った。


「それでは決闘を始めます。3」


 審判ロボットがカウントを始めたところで、恭子は口を開く。これまで、開始の合図が鳴るまで、呪文(チート・コード)は唱えないようにしていた。それがマナーだと思っていたから。しかし、修介との出会いによって、その考えを改めた。勝つためにグレーゾーンを攻める。それが恭子の決意だった。


「2」


 呪文を唱えようとして、恭子は全身に痺れを覚えた。うまく舌が回らず、体も動かせない。そこで恭子は気づく。愛莉が淑女ではなく、悪女な笑みを浮かべていることに。


「1」


 恭子は動かしがたい表情筋を必死に動かして、愛莉を睨んだ。


「決闘開始!」


 合図が鳴った。しかし恭子は一歩も動けなかった。そんな恭子に、愛莉は悠然と歩み寄る。


「良いことを教えてあげよう、黒影恭子さん」


 なぜ、自分の名前を!? 恭子は驚いた。愛莉のような人間が自分を知っているのは予想外だった。


「戦いは始まるから始まっているんだ。だから、相手と目が合った瞬間から、用心するに越したことはないよ」


 愛莉は恭子の隣に立って、その肩に手を置いた。


「それに、対戦相手のことを事前に知っておくことも大事なことだ。私は、強い女の子のことはちゃんとチェックするようにしていて、あなたのことも前から興味があった。だから、こんな形で決着がついてしまうことは、非情に残念だよ」


 バチッと一際強い電流が流れ、恭子は膝から崩れ落ちた。


 審判ロボットのカウントが始まって、勝利を知らせる鐘が鳴っても、愛莉の表情は変わらなかった。そこに喜びの色は無くて、静かな怒りだけがある。


「山神修介」愛莉は空を見上げて言った。「借りを返させてもらうよ」

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