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2.7 精神攻撃

 黒影恭弥の元カノと戦うことにした恵美だったが、いざ戦うとなると、躊躇う自分がいた。修介の作戦を実行できる自信がないし、そもそも、本当にその作戦を実行して良いのか、という戸惑いもある。


 しかし恵美に悩んでいる暇はなかった。


「やるしかないにゃ」


 恵美は気合を入れ、恭弥の元カノで、Bランクの超能力者である佐藤四音を探した。


 恭弥が四音と別れたのは一か月前のことだ。四音の束縛が嫌になったことが原因だとか。四音は未だに別れた事実を受け入れることができなくて、思い出の場所を巡っては泣いているらしい。


 その話を聞いた修介は、恭子に聞いた。


「何で、恭子がそんなこと知ってんの?」

「聞いたら兄が教えてくれるので。何でも、その元カノさん、別れたのに、毎日連絡してくるとか」

「愛されてんな」

「兄はそうでもないですけど。そこが、残酷なところっすよね」

「あいつが人を好きになるとは思えないけど」

「さすがっすね。自分もそう思うっす!」


 そして恭子は、四音が泉公園にいると予想した。理由は一年前に一緒に行った場所だからである。さらに、泉公園にある噴水のそばにいるかもしれないと恭子が言うので、恵美は噴水まで行ってみた。

すると噴水のレンガに座る女子高生がいた。佐藤四音である。四音は目が大きい、愛らしい顔つきの少女で、憂いのある表情で噴水を眺めていた。


 恵美は「頑張れ自分」と言い聞かせ、四音に歩み寄った。


「あの、佐藤四音さんですにゃ?」

「そうだけど、何?」


 四音は不機嫌な調子で、恵美と向き合った。


「私と決闘して欲しいにゃ」

「嫌だ。そんな気分じゃないんだよね」

「でも、すでに登録は完了してるにゃ」


 恵美の後ろには審判ロボットがいた。


「あっそ。だから、何? うちは今、それどころじゃないから」

「レートが下がってもいいのかにゃ?」

「いいよ」

「ふぅん」


 恵美は意味深に鼻を鳴らす。


「何?」


 四音は不快の色を濃くした。


「やっぱり、つまらない女にゃ」

「は? いきなり何? 失礼じゃね?」

「ああ、ごめんなさいにゃ。ただ、恭弥の言う通りだにゃ、と思って」


 恭弥という言葉を耳にした瞬間、四音の表情は明らかに変わった。焦りと苛立ちの混じった様相で立ち上がった。


「今、あんた、恭弥って言った?」

「そうにゃ。黒影恭弥。あなたもよく知っている人物にゃ」

「あんた誰!? 恭弥とどういう関係なの!?」


 四音に詰め寄られる。しかし恵美はくすくすと笑って、まともに答えなかった。


「ねぇ、恭弥の何なの!?」

「さぁて。何だろうね?」


 恵美が挑発するように目を細めると、四音はカッとなった。


「いいわ。決闘してあげる! その代わり、私が勝ったら、恭弥から離れること、わかった?」

「できるかにゃ?」


 ドンと恵美は四音に突き飛ばされた。予想していなかったために、恵美は驚いて体がふらつく。


「邪魔なんだけど、さっさと準備してよ」


 恵美はムッとして四音を睨む。しかし四音は、それ以上に強い私怨をもって、恵美を睨んだ。


「ルールは風戦が良いにゃ」

「は? 嫌だ」

「そっか。なら、申し込みを取り下げるにゃ」

「……いいわ。やってやろうじゃないの」


 審判ロボットから支給された風船を装着し、二人は対峙した。噴水の周辺にいた市民たちは、決闘に理解を示し、その場から離れた。


「それでは決闘を開始いたします」と審判ロボット。「3、2……」とカウントが始まったところで、恵美は袖に隠していたシール付きの煙玉を手に収める。

「1、決闘開始です!」


 その合図とともに、恵美は煙玉を四音に投げた。噴水の水が龍の如く集まって、四音を守った。『水の奏者(ウォータリスト)』。それが四音の能力だった。水龍にぶつかる寸前に、恵美は煙玉を爆発させ、相手の視界を塞いだ。


「こざかしい真似を」


 四音は舌打ちし、水龍をゲル状のシートに変化させ、煙の上にかぶせた。そのときを待っていたとばかりに、恵美はシール付きの小石を四音に投げた。エンジンによって加速した小石が、四音の風船を一つ割った。


「やったにゃ」

「ちっ」


 お返しとばかりに、ゲルが水龍となって恵美に襲い掛かる。恵美はスニーカーにあらかじめ施していた仕掛けを発動する。隠しローラーだ。さらにくるぶしに付けたシールに意識を向け、スイッチを押す。炎が噴き出し、恵美は逃げる。


 右足からしか炎が出ていないが、恵美はうまくバランスをとりながら走った。水龍が追いかけてくる。水龍の放った水弾にミサイル化した石をぶつけ、爆発させた。スニーカーのエンジンは消えたが、左足に張っていたエンジンを作動し、恵美は噴水から遠ざかった。


「待ちなさいっ!」


 四音が水龍とともに走って追いかけてくる。このまま逃げ切れば、恵美の勝利だ。しかしその油断がわずかな隙を生み、水龍が放った水弾に対する反応が遅れ、風船を一つ割られてしまった。


 恵美は牽制とばかりに、ミサイル化した小石で風船を狙うも、水龍に飲み込まれ、爆発すらできなかった。恵美は唇を噛み、煙玉を使って再び視界を遮り、シールを張り直し、再び走った。


「いい加減にしなさい!」


 四音の水龍による怒涛の水連弾。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる戦法だ。恵美はうまくかわしながら、遠ざかろうとしたが、風船をまた一つ割られ、顔をしかめる。やはり一筋縄ではいかない相手のようだ。恵美は方向転換する。水連弾によって煙が晴れ、四音と向き合う。


「さぁて、終わりにしましょうか」


 四音は余裕のある表情で言った。


 恵美はそんな四音を眺め、笑いを押し殺す。修介に教えられた精神攻撃の始まりだ。


「何、その顔、ホントムカつくんだけど」

「いや、ホント、恭弥が嫌いになるのもわかるにゃ、と思って」

「はぁ!? ふざけんな! あんたに、うちの! 恭弥の何がわかるっていうの!」


 恵美はもったいぶるように口を開く。


「わかるにゃ。だって、恭弥から話を聞いたもん。恭弥は言っていたにゃ。四音は、自分のことしか考えていないって。僕のことを全然考えてくれないわがままな女だって」

「そ、そんなことない!」

「本当にそうかにゃ? 恭弥が山神修介に負けたとき、あなたは恭弥に何て言ったにゃ? その言葉に恭弥はどんな反応をした?」


 四音はハッとする。正直なところ、恵美は、四音が恭弥に何と言ったかまでは知らない。しかし四音が慰めようとして、それが恭弥を怒らせたことは、恭子情報で知っている。


「ち、違う! あれは、ただ」

「言い訳は無用にゃ。あなたの言葉で、恭弥は傷つき、怒った。それが、事実にゃ。あなたは恭弥のことを心配しているようで、実は自分のことしか考えていない、自己満女にゃ」


 四音の目じりからつぅと涙がこぼれた。


「恭弥は、あなたのそういう被害者ぶるところも嫌いだったにゃ」

「な、何で、あんたに、そこまで言われなきゃいけないわけ!」


 四音の目から、涙がとめどなく流れ、顔がくしゃくしゃになった。四音は目を両手で覆い、泣き始める。


 今がチャンス! 恵美はシール付きの石を投げようとした。が、そこで疑問に思った。このまま勝ってもいいのか、と。四音は泣いていた。そんな相手の風船を割ってもいいのだろうか。覚悟していたはずなのに、泣いている相手を前にして、恵美は動揺する。


「……許さない」


 指の間から見える四音の目には、強い怒りと怨みに満ちていて、恵美はたじろいだ。


「あんたのこと、絶対に許さないから!」


 恵美は慌てて、石を投げ、炎を噴射させた。が、その石は水龍に呑まれた。水龍はさらに、四音の怒りを表すような荒々しい動きで、恵美に襲い掛かった。恵美は急いでスニーカーのシールに触れようとした。が、焦って、触れそこねる。


「しまっ」


 水龍の風圧とともに、ぱぁんと風船の割れる音がして、恵美は尻餅をつく。見上げると、風船が無くなっていた。恵美の敗北を知らせる鐘の音が鳴って、恵美の前に四音が立つ。侮蔑の色を濃くして、四音は吐き捨てるように言った。


「これで、うちの勝ちね。二度と恭弥に近づくな。この泥棒猫が」


 恵美は悔しそうに閉口し、見返すことしかできなかった。四音は踵を返すと、荒々しい足どりで、恵美の前を離れた。


 四音の姿が見えなくなってから、サイクルロード沿いの雑木林に隠れていた修介と恭子が出てきた。


 修介が恵美に手を差し伸べる。恵美はその手を握ろうとして、修介が静かな怒りを抱えていることに気づく。少なくとも恵美には、修介が怒っているように見えた。恵美はおそるおそる修介の手を掴み、立ち上がった。


「あ、あの、山神君」

「取りあえず、お疲れ様。途中までは良かったよ」


 途中までは。その言葉に、恵美は息苦しさを感じた。


「どうして、石を投げるのを躊躇ったの?」

「それは、その」

「可哀想になった? 泣いている相手が?」


 恵美は口をつぐむ。修介に対し、何も言い返すことができなかった。


「田中さんが真面目で優しい人だというのは俺もわかってる。でも、そんなんじゃ、何も守れないよ? あの言葉は嘘だったの?」


 抉られるような胸の痛みを覚え、恵美は項垂れた。泣くつもりはなったのに、気づいたら、涙がこぼれていた。

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