22 最強はつらいよ
市役所のそばに玉北小の体育館があった。
ボランティア団体のリーダーとのやりとりを思い出し、訪れてみる。しかしリーダーの姿はなく、避難者も数人しかいなかった。
同じ団体に所蔵する種島の話によると、周辺住民のほとんどが隣町に避難し、リーダーはその手伝い、および新たな避難所への物資輸送のために不在らしい。
「戦闘警報が出たんだ」と種島は付け加える。「だから皆、急いで避難した」
「なるほど」
「山神君も戦うのかい?」
「かもしれません」
「そうか、頑張ってくれ。君がいたら、百人力だ」
種島と固い握手を交わし、別れた。
体育館には陸上自衛隊の姿もあって、挨拶を交わす。次元対策部隊は、元々自衛隊で設立された組織だが、様々な事情があって、分離独立したという経緯がある。しかし関係は良好で、自衛隊とは協力して活動することが多く、修介に対しても友好的なことが多い。
若い自衛隊員の話によると、住民の避難は16時までには完了するとのことだった。
「今回の戦闘で、自分たちがすることはありそうっすか?」
「わかりません」
「そうっすか。まぁ、必要になったら、言ってください。自分に、そんな権限はないんすけどね」
「頼りにしていますよ」
体育館を出る。
「順調なんだにゃ」と恵美が言う。
「今回みたいに、特定の時間帯しか活動しないモンスターが出現した場合は、準備に時間を掛けることができるから、避難もやりやすい。もちろん、それだけじゃなくて、過去の教訓がしっかりと生きているという理由もある」
「……そっか」
「まぁ、ここから順調に行ける保証はないし、気を抜かずにやっていく必要がある」
「うん。でも、どうやって、アラクネを倒すにゃ? とっても強い相手なんでしょ?」
「簡単な相手ではないわな」
修介は自分の右手を開き、思案顔で眺めた。
「どうしたのにゃ?」
「……まぁ、相手は強敵だけど、倒す方法が全くないわけではないと思うんだよな」
「と言うと?」
「さっき俺は、闘気を介することで、闘志を伝えることができると言ったろ? あれは実は不正確な言い方なんだよね」
「どういうことにゃ?」
「闘気を介するやり方だと、俺の闘志そのものが伝わっているんじゃない。さっき力がみなぎっているように感じたのは、俺の闘気によって、田中さんの細胞全体を活性化させたのさ。この言い方にも語弊があるんだけど。まぁ、とにかく、そういうからくりがあって、俺の闘志が伝わったと言うよりも、闘気によって細胞が活性化したから、力がみなぎったのさ」
「へぇ。でも、それとアラクネ攻略にどんな関係が?」
「それは……教えない。攻略法を自分なりに考えるのも、モンスター戦では大事なことだぜ」
「……なるほど」
恵美は聞きたかったが、理由が理由なだけに、それ以上聞けなかった。
修介はベンチに座り、アラクネ攻略作戦を黙考する。その顔は楽しそうで、隣で見ていた恵美は、感心しながら言う。
「すごいにゃあ」
「……何が?」
「何て言うか、山神君と私は同い年なのに、山神君の背中があまりにも遠いから」
「まぁな。これでも元Sランクですから」
「何か協力できることはないか、と思っていたけど、私ができることなんて、何もなさそうだにゃ。私はまだまだ弱いし……」
恵美は、寂しそうに眉尻を下げた。
「……そんなことはないぜ」
「本当?」
「ああ。田中さんは、モンスターに限らず、戦うときに大事なことって何だと思う?」
「うーん。戦闘能力とか?」
「そうだな。あとは?」
「戦術?」
「そうだ。他には?」
「他に? うーん……」
「あとは気持ちだ。こいつには絶対に勝つ。そういう気持ちが強さに繋がる。そして、この気持ちは理由があればあるほど強くなる」
修介の目つきが鋭くなる。視線の先には、壊された建物があって、修介の瞳の中で、炎が揺らめく。
「今回、俺はやつに絶対勝ちたいと思っている。その理由は、やつがこの街を破壊したことだけじゃない。この街の多くの住人に思いを託されたからだ。さっきも言ったように、本当はそういうのが嫌いなんだ。でも、俺クラスの超能力者になると、そんなことを言っていられないことを、ここに戻って来て、わかった。だから俺は、彼らの思いを力に変えようと思う。そして、田中さんの思いも力にしたいと思う」
「私の思い?」
「そうだ。ここまで田中さんを突き動かした、根底にある強い思い。そいつを俺に、託してくれ。確かに能力はまだまだ訓練が必要なレベルかもしれない。でも、その気持ちはきっと、上位ランカーにも引けを取らない強いものだと思うから」
「……ありがとう」恵美ははにかむ。「そう言ってもらえると、嬉しいにゃ。でも、どうやって託せばいいにゃ?」
「作戦に協力してもらう。そこで、田中さんの力と思いを借りる」
不思議そうに首をひねる笑みに対し、修介は気楽そうに微笑む。
「ま、詳しいことは後で。そろそろ会議室に戻ろうか」
「うん」
二人は立ちあがり、市役所へ向かった。
会議室に戻ると、孝彦がパソコンで作業をしている真面目そうな若い女に話しかけていた。
「上からの返事はどうなってる?」
「はい。今、丁度、返事が来たところです」
女がパソコンの前からずれ、孝彦はパソコンの画面を眺める。孝彦の眉間のしわが徐々に深くなっていく。
「どうしたんですか?」
修介は声を掛ける。
「上に、人員を増やすように要請したんだ」
「却下されたんですか?」
「いや、そういうわけじゃない。一応、人は回してくれたみたいだが、『守り』のメンツなんだ」
「『守り』のメンツ?」
「杉並」孝彦は若い女に声を掛ける。「相手が、アラクネの亜種であるかもしれないことは伝えたんだよな?」
「はい」杉並は答える。「そしたら、敵の情報をさらに得よ、と返事がありました」
「つまりだ」孝彦は修介に向き直る。「手は貸すけど、倒せる確証を得るまでは、自分たちで何とかしろってことだ」
「アラクネは危険なモンスターなんですよね?」と恵美。
「ああ。でも、よくあることさ。上の人間は、リスクを冒して、貴重な人材を失うのを恐れているんだ」
「なるほど。だから、守りを固めて、敵の様子を探るというわけですね?」と修介。
「そうだ」
悩ましい顔つきの孝彦を見すえ、修介は言った。
「アラクネは、倒してもいいんですよね?」
修介の表情から察したのか、孝彦は表情を引き締め、答える。
「……ああ」
「なら、提案があります」
「何だ」
修介は不敵な自信をにじませて言った。
「アラクネは俺が倒します」




