思いだす習慣
「んっ、つぅ、もう8時か」
ソファーから体を起こし、時計を見ると短い針が8を指していた。
寝ぼけた頭を何とか動かしていく。ここまで朝がつらいのも久しぶりだ。
(やっぱり夜更かしはダメだな)
思い出すのは昨晩の事。
坂巻姉妹と委員長とバイトで会って、それから何故か俺の家で料理を振る舞うことになり、柚も参加してお泊り会をすることになったんだった。
皆で「リヴィエラ」をすることになって、クエストをクリアして、見事ジョブも手に入った。もれなく「Garden」とデュラハンが着いて来たが。
皆も色々とクエストをクリアして、柚と委員長もジョブを手に入れたらしい。まぁ、柚のジョブに若干の不安があるが、それは追々、戦闘を始めてからでいいだろう。
(ま、楽しかったから良しとしよう)
結局あの後、何から始めるか話し合った結果、婆さんの手伝いをみんなですることにした。スープがあまりにも美味かったので、お礼をすることしなった。拠点が手に入ったお礼のついででもあったのだが。
手伝いの内容は牧場の掃除と、畑での種まきだった。俺と柚と委員長は種まきをして、茜と千鶴は牧場の掃除を手伝った。
種まき組は、全員畑仕事を手伝ったことがあるからか、意外とスムーズに終わった。種の種類は聞かなかったが、収穫の時に分かるし、どうせまた婆さんに料理してもらうのだ。楽しみは取っておくことにした。決して聞くのが怖かったからではない。
問題は掃除組だ。茜と千鶴の様子がどうも変だった。意気揚々と掃除しに行ったのに、帰ってきたときはげっそりして帰ってきたのだ。一体何があったのか。茜は顔面を青くして「何で牧場に……」とブツブツ言っているし、千鶴は「……ラスボスはここにいた」って言っているし、よく分からない。結局何があったのか教えてはもらえなかったが、どうせ掃除当番になった時に見に行けばいいのだ。牧場にモンスターがいることも俺は知っているから、驚くこともないだろう。
(時間を忘れるて遊ぶのも久しぶりだったな)
気づいたら夜中の1時になっていた。他の皆はあと少しやっていくようだったので、俺は先に抜けさせてもらった。バイトがあったので、寝不足するわけにはいかなかった。ログアウトし、いつもものようにソファーで眠った。
他には誰も起きていないようだ。客室で寝ているのだろう。柚が勝手を知っているので布団などを出しているはずだ。
(バイトまで後2時間か。……飯つくるか)
11時から玄さんの喫茶店が開くので、10時に来て準備を手伝ってほしいと言われている。
さっさとキッチンに立ち、簡単な朝食を作っていく。メニューはご飯、味噌汁、目玉焼き、サラダと実にオーソドックスな朝食だ。
「いただきます」
他の連中の分まで作っても起きてくる気配がないので、先に食べることにする。
静かな食卓に食器の音が響く。昨日が賑やかだったからだろうか。
いつもの食卓が広く感じる。
(慣れたものだな)
あの日、父さんが事故に遭い、母さんが何処かに行ってしまった日から俺は一人だった。寂しい等感じている余裕もなかったし、たまに柚や坂巻姉妹が来てくれたのでそこまで寂しくもなかった。
今この静けさを何も感じないほどには、俺は慣れたのだろう。
「ご馳走様でした」
食事が終わり、食器を片付け、バイトの準備を始める。
他の連中の食事にはラップしておいて、温めて食べるようにメモを置いておく。
「ふぁー、おはよー。紫月朝早いねー」
9時半すぎると柚があくびしながらボサボサ頭でリビングに入ってくる。
「おはよう。俺が早いんじゃなくて柚が遅いんだよ」
「そっかー、そだねー」
「取りあえず顔洗ってこい。飯は出来ているから」
「わかったー」
そう言って危なっかしい足取りで洗面台の方に向かった。
あれが学校では容姿端麗、才色兼備と人気なんだからな。
俺も慣れていなかったらそういう風に思うものなんだろうか。
「うー、頭痛い。何か飲み物ある?」
「はいはい、結局何時までやってたんだ?」
「えっとね、確か3時までやってた」
「……はぁ、頭が痛いのは自業自得だ。楽しかったのは分かるが」
「うん、楽しかったよ。あれから色々クエストやったんだ。紫月も今度一緒にやろう」
「分かった分かった」
楽しかったのならいい。何も言うまい。
コップにコーンポタージュをいれて渡すとゆっくり飲んでいく。
まだ頭が冴えていないのだろう。コップを持つ手つきが危なっかしい。
隣に座って支えてやる。何度か俺の方に頭を預けてくるから相当眠いのだろう。
(これは他の皆は起きてこないな)
「柚、ご飯は机に置いてあるから、温めて食べてくれ」
「はいはーい。ありがとねー。もう行くのー?」
「あぁ、これからバイトだ。皆にもゆっくりして行ってくれて構わないと伝えておいてくれ」
「んー了解」
さて、そろそろいい時間帯だ。
靴を履いていると後ろから気配がする。立ち上がって後ろを向くと柚が立っていた。
「どうかしたか?玄さんに何か伝言か?」
「んーん。見送り」
「は?」
「ほら、行ってらっしゃーいって」
「……」
「いつも送り出す事ってなかったからね」
「……」
「どしたの?そんな固まっちゃって」
「!……ああ、悪い」
キョトンとする柚に慌てて返事を返す。
「それじゃあ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
当たり前の挨拶。
親がいなくなってからしなくなった習慣。
こんなにも嬉しくて、元気の出るものだったんだな。
「ありがとう、柚」
閉じた扉に言って、俺はバイトに向かった。
「うにゃぁぁぁぁぁぁ!」
ソファの上でクッションに顔を埋めて奇声を放っている柚の姿が。
頭痛も収まり、寝ぼけた頭が冴えてきて、冷静に自分がしたことが急に恥ずかしくなってきたのだ。
「うう、寝ぼけていたからって、なんてことしてんのよ、私!」
シャワーを浴びてさっぱりしても、顔が熱いのが収まらない。
思い出すのは頭を紫月の肩に乗せた時に感じたぬくもり。
あれはヤバかった。他の皆が起きていなくて本当に良かった。
バイトに行くと言って離れた時に寂しく感じ、あのぬくもりが恋しくなって、気づいたら玄関まで出ていた。
「一体次会った時どんな顔すればいいのよぉ」
幼少の頃から奇人変人と言われても、学校で容姿端麗、才色兼備と言われても、
「うう、うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
今は恋する乙女であった。




