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誘い

桜の花が咲きだしたこの季節、俺はようやく高校1年になる事が出来た。


「ようやくか」


正直この日をどれだけ待ちわびたことか。

ホームルーム中も早く終わらないかと待ち遠しい。


(先生には申し訳ないんだが、早く話し終わってくれると助かる)


黒板の方を見ると綺麗な字でこれからの生活における注意事項が書かれている。

ノートにメモしていく中で、ある項目が目につく。


『バイトも大切ですが、学業をおろそかにしてはいけません』


口の端が上がっていくのが分かる。

そう、俺は、ようやくバイトが出来るようになったのだ。


俺が住んでいる村は過疎化が進んでおり、学校の在学生は殆どいない。

皆隣町に引っ越していくのだ。まぁ、将来の事などを危惧する親の気持ちも分からなくはない。

決して授業のレベルが低いわけではないのだが。

それでも、生活の利便性を考えると、隣町の方が遥かに優れているので、引っ越していく者たちが後をたたない。

だから、必然的に在学生がどんどんいなくなり、小中高一つの校舎で事足りるほどの規模しかいなくなった。


俺は今日高校1年になったわけだが、そこまでの変化はない。

同じ学年は10人、クラスメイトも当然10人。

小中高とずっと見てきた顔だ。特に変化もない。

教師は一応変化はあったのだが、それもよく見る顔で新鮮さがまるでない。


「紫月君?聞いてます?」


おっと、危ない危ない。考え事をしてて話聞いていないのがバレるところだったな。

これ以上時間伸びるのは流石に勘弁だ。


「ちゃんと聞いてますんで、続きどうぞ」

「……はぁ、もう話終わりました」


ため息をつくのは担任の佳奈美先生だ。

見た目は普通の大学生にしか見えないが、これでも29歳のベテラン教師だ。

後1年で三十路に足を踏み出す複雑なお年頃で、年齢は禁句になっている。

髪を伸ばしており、普段のぼさぼさが嘘のようであった。

ここまで変わるのか!って程に普段はずぼらな人なんだが、学校では頼れる先生だ。


「じゃぁ日直、号令お願いします」

「起立っ、礼っ」

『さようなら』


やっとホームルームが終わった。

さっさと帰る支度を始める。


「紫月ー、さっさと日直の仕事終わらせるから少し待っててくれる?」


黒板を消しながら俺の名前を呼ぶのはクラスメイトの秋津原柚、俺の幼なじみだ。

ショートヘアで整った顔立ちをしており、気さくな性格の村の人気者だ。

普段かなり食うくせに体形に現れないという、女性から見たら不条理の塊みたいなやつだ。

胸は……うん、女性の魅力は決して胸だけで判断するものではないはずだ。


「俺は玄さんの喫茶店に行くつもりだけど?」

「あ、そっか。バイトするって言ってたもんね。先に行ってて、後で私も行くから」

「分かった。じゃ、また後で」


学校を出て向かうのは玄さんのやっている喫茶店『Pura vida』。

玄さんというのは柚の兄だ。この過疎村で喫茶店をやってる酔狂な人だ。

人の少ないこの村で喫茶店をやっても儲からないと思うんだが、彼の入れるコーヒーに惹かれて他所からよく人が来る程で、何とか経営できているらしい。

俺は玄さんに、というか秋津原家の人には恩がある。

その恩を返したくて喫茶店を手伝いたかったのだが、この学校では高校に上がるまでバイトは禁止されていた。


徒歩20分、商店街の裏通りを抜け、自宅に帰る。

俺は一人暮らしだ。家には誰もいない。

父親は俺が小1の時に事故にあい、母は新しい夫の元へ財産抱えて俺を置いて出て行った。

当時は困り果てていたが、隣に住んでいる秋津原家のおじさんが俺の父の親友だったらしく、世話してくれていた。

幸い父には隠し財産があったらしく、それのおかげで学費に困ることはなかった。

結局父が何の仕事をしていたのか、何で隠し財産なんて持っていたのか分からずじまいだったが、俺にはどうでもよかった。

父が死んで、母が裏切った。ただそれだけだ。

そんな事よりも俺を世話してくれていた秋津原家の人への恩の方が、俺にとっては大切だった。


普段着に着替えると家を出て喫茶店に向かう。

歩いて10分程の場所にそこはあった。

見た目は普通の2階建ての民家だが、内装はちゃんと喫茶店だ。

真ん中にカウンターがあり、奥に厨房、カウンター以外にもテーブルとイスが置かれ、20人が限界程度の広さだった。


「玄さん、こんにちは」

「おぉ、こんにちは紫月君、今日で高校1年だったか。おめでとう」

「ありがとうございます。それでバイトですけど」

「分かっているよ。今日は誰も来ていないから、今のうちに説明しておこうか。と言っても見慣れているだろうけどね」


この気さくな兄さんこそ玄さんだ。

背が高く体格がいいうえに普段サングラスをつけているから威圧感があるが、とても優しい人で、村人からも頼りにされている。

ただ見た目怖いのだけが難点だ。

何でモテないのか嘆いていたが、恐らくそのサングラスのせいだろう。


それから俺はバイト内容を打ち合わせた。

最も、ある程度は打ち合わせていたので、そこまで時間のかからないものだったが。

最初は雑用、会計、皿洗いなどを任されることになった。


「料理の方もその内お願いするとして、今日はとりあえず皿洗いお願いするよ」

「はい、分かりました」

「本当なら別のバイトをしてもらいたいところなんだけどね」

「え、迷惑でしたか?」

「いやいや、違うよ。そういうんじゃなくてね」


皿を洗いながら思い悩む。

恩を返すためにバイトを申し込んだんだが、もしかすると迷惑だったのだろうか。

前から話していたから、了承してくれているものだとばかり思っていたが……。


「君にお願いしたいのは妹の面倒だよ」

「……」


成る程、柚のね。それは確かに任せたいだろうな。

柚は幼少の頃から頭が良く、好奇心が強かった。

その強い好奇心を満たすためにあれこれと首を突っ込んで行くんだが、それに付き合わされていたのが俺だった。

そのせいで以前は周囲から変わった子だとか色々と言われていたが、本人が気にしていないのだからいいのだろう。


「いやぁ、正直君にはそれだけでバイト代出してもいいと思っているんだけどね」

「流石に柚に失礼ですよ。それに、もう落ち着いたんじゃないんですか?」

「いや、今も興味のあることがあるらしいよ。また紫月君も誘われるんじゃない?」

「はぁ。まぁ俺も俺なりに楽しんでますんで」

「そう言ってくれるのは紫月君だけだよ。改めて柚をよろしくね」


いつも通りに何か巻き込まれるんだろうなぁ、と思っていると


バァン!


急に扉が物凄い勢いで開く。入ってきたのは柚だった。


「はぁ、はぁ、ただいま」

「こらっ、柚。ドアを力任せに開けるなと言ってるだろっ」

「あ、兄さん、ごめん!慌ててたもんだからつい。紫月来てる?」

「はぁ、全く。奥で皿洗いしているよ」

「じゃぁ私ウーロン茶で」


自分が飲むものを告げるとカウンターに座る。

ふむ、余りこちらから見ることがなかったから不思議な感覚だ。


「店員さん、スマイルください」

「申し訳ありません、お客様。当店そのようなサービスは扱っておりません。愛想笑いでよろしいですか?」

「……普通でお願いします」


全く、急に来たと思ったら何を言っているんだ。

ハァ、とこちらがため息をつくと、ムッとした顔でこちらを見てくる。


「ねぇ、紫月。少しぐらい表情を変えてみてもいいと思うんだけど。いつも仏頂面で疲れない?なんか怒ってるみたいだよ」

「俺いつも仏頂面か?そんなつもりはないんだが」

「いやまぁ、付き合いの長い私たちの前だと多少はマシだけど、学校だと殆ど笑わないじゃん」

「そんなことはないぞ、今日だって校長がセリフ噛んでたろ。あれで笑いそうになったし」

「……うん、これからも笑わないで上げて」

「お前が黒板消してる時に下着が見えそうになってて顔が赤くなってたはずだが」

「え、全然変わってなかったけど……ってまてぇぇぇぇぇ!それに気づいていたんなら言ってよぉぉぉぉ!」

「一応俺にも羞恥心はある」

「私にだってあるわよぉぉぉぉ!」


自分が顔に出にくいタイプであることは自覚しているが、そんなにだろうか。

たまに女子が俺にプリントを渡してくるとき「ヒッ」と言っているのも俺の顔が怖いからか?


「はぁ、疲れた。なんでこんなに疲れるのよ」


玄さんが出してくれたウーロン茶をごくごく飲んでこちらを睨んでくる。理不尽だ。

玄さんは笑いながら見ているが、睨まれてる身としてはたまったもんじゃない。


「それで?結局何のようなんだ?随分急いでたみたいだが」

「あ、そうそう。それを言いに来たの」


相も変わらずコロコロと表情が変わるものだ。

こちらまで癒されるのだから不思議なものだ。


「ねぇ紫月、ちょっと旅に出ない?」

「は?」


こいつは何を言っているんだ?突拍のないことを言うのはいつもの事だが、流石についていけない。

第一学校もあり、俺はバイトもある。

ほら見てみろ。隣で玄さんも目を丸くしている。


「は?じゃなくて、旅よ!私たちに足りないのは冒険よ!」

「いや、十分今でも冒険してると思うんだが。学校はどうする。俺はバイトもある。遠くには行けんぞ」

「え、学校には行くわよ。バイトもやればいいじゃない。いつもバイトしたいって言ってたんだし」

「……すまん。話が見えん。どういうことかちゃんと説明してくれ」


慣れとは怖いものだ。玄も


(今スルーしそうになったけど紫月君学校とバイトがなければ普通に行こうとしてたよね!一応紫月君は男で柚は女だよね!二人旅だよね!えっ、いつの間に二人ともそんな仲に?いや、早すぎない!)


パニックになっていた。


「あ、ごめんごめん。飛ばしすぎたわね。これ一緒にやらない?」


目の前に置かれたのは世間で今話題のVR機器だった。その横には恐らくゲームなのであろう、パッケージが置かれていた。


「……旅って、これか」


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