打ち合わせ
「……旅ってこれか」
皿を洗いながら目の前に置かれたVR機器見る。
今話題のVRMMORPGを一緒にやろうという事なんだろう。
全くややこしい言い方をしやがって。
玄さんも安心したように胸を押さえている。
「これは紫月の分ね。それで?やる?」
片方のVR機器とパッケージを渡してくる。今皿洗ってるんだけどな。
玄さんの方を向くと、
「もう誰も来そうにないし、皿洗いが全部終わったらやっていきなよ」
うん、面倒見てやってってことだな。分かりましたよ。
「わかった。やるよ」
「やった!じゃあ説明するね。皿洗いながらでいいから聞いてて」
「はいはい」
そんなに嬉しいのか。
こちらとしてもただ一緒にゲームしただけでそんなに喜ばれるなら嬉しいが。
「じゃぁまずゲームの説明からね。名称は『リヴィエラ』。最近発売されたVRMMORPGよ。世界観とかは私も実際にやってないから分からないわ」
「いや、説明書とかないのか?そのパッケージに入ってないのか?」
「ないそうよ。私も父さんから貰ったから何とも。それにリヴィエラは既にダウンロードされているの。このパッケージが何なのかは分からないわ。実際に使ってみたけど何もデータ入ってないみたいだし。」
「そうか。じゃあパッケージは置いてこう。またおじさんに聞けばいいだろ。それより説明書がないのなら準備のしようもなくないか?」
「一応始めた時にチュートリアルはあるみたい。私も掲示板見て情報集めている程度だから」
「いや、それでも助かるよ。俺はあまりゲームに詳しくないんだが、何か気を付けておくこととかないのか?」
「ああ、それならNPCに気を付けたほうがいいみたいよ」
「NPC?」
「あー、そっか。分からないか。そうだね、寧ろ経験ない方が問題なさそうね」
「?」
「一般的にNPCはゲームのキャラだから感情といったものがないって思われがちなんだけど、このゲームではNPCも感情を持っているって認識すればいいわ」
よくわからない。感情のあるなしで何が問題になってくるんだ?
「ゲームのキャラにも感情があるってことはね、ゲーマーであればあるほど違和感があるもんなの。感情がないものと思って接してしまう。失礼な言動であったり、横暴な態度であったり。そういう問題行為がおこってしまうものなの」
「そうなのか。つまり、いつも通りにしていろと?」
「そ!紫月は普通に違和感なくコミュニケーションが取れると思うよ」
まぁ、何事にもマナーが大事だという事なのだろう。
「あとはジョブかな」
「ジョブ?」
「うん。例えば戦士職であったり、魔法職であったり、色々あるみたいなんだけど、どうもクエストによって変わるみたいなのよ」
「すまん、話が飛んで意味が分からない」
「あ、ごめんごめん。この手のゲームってね、基本的に最初にある程度方向性が決めれるもんなの」
「それが?」
「ただこのゲームは、最初は全員同じ無職で、町でクエストを達成することによって職が決まるようなの。だから最初はクエスト探しからやることになると思うわよ」
「それって、自分が狙った職にならなくないか?」
「いや、結構掲示板に発生条件なんかは載ってあるからそれは大丈夫みたいなんだけど、どうもまだ明らかにされていない職があるみたいなの」
あー、何となく分かってきた。まだ発見されていない職を見つけたい。そんなところだろう。
「なぁ、とりあえず方向性だけ決めとかねぇ?」
「ああ、前衛後衛の事?」
「あぁ、何の職になるか分からないにせよ、とりあえずどういうプレイスタイルでいくのかぐらいは決めとけるだろ」
「そうね、じゃぁ私から。私はとりあえず前衛がいいかな。とにかく攻撃で来てスカッとしそうなのがいいな」
「それじゃぁ俺は後衛になるのか。魔法を使ってみたいから、後ろでちまちま魔法打ってればいいか」
「サポート系だと助かるな」
「わかった。とりあえず適当にクエストやって、レアな職業に当たったらそれで、そうじゃなかったら今言った方向性で行くか」
「うん。じゃぁ皿洗い終わるまで私掲示板見とく」
「はいはい」
ここは先に宿題を終わらせろと言うべきなんだろうが、今日は有り難い事に宿題が出ていない。
心置きなくゲームにバイトに費やせることが出来るわけだ。
「ありがとうね、紫月君」
「玄さん?」
皿洗いを終わらせ、片づけをしていると玄さんが話しかけてくる。
手には玄さんが淹れたのであろうコーヒーが。
有り難くいただきながら改めて玄さんが話しだす。
「柚がああやって遊びに誘うのって実際の所紫月君しかいないからね」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。他の子たちは幼少の頃一度彼女の誘いを断ってるからね。必ず誘いにのってくれる紫月君だからこそ柚も誘うんだと思うよ」
「まぁ、俺も楽しんでるんで別にいいんですけど」
それは本当の事だ。柚は本当に俺が楽しいと思える事に誘ってくれるのだ。
ただ俺自身が柚との関係が居心地がいいと思っている面もあるのだろうが。
面白そうなことをワクワクしながら挑戦して、終わった後に笑いあう。
面白かったにせよ面白くなかったにせよ、俺はどっちでも良かった。
ただこの時間こそが楽しいと感じたのだから。
「そうか、そう言ってもらえてよかったよ。正直気がかりだったんだ。君が恩を返すために柚と一緒にいるんじゃないかと。本当は一緒にいるのは苦痛なんじゃないかとね」
「それはないですよ。恩を返したいのは本心ですけど、それとこれとは別です」
「そっか。まぁ、これからも大変だと思うけどよろしくね」
「はい。コーヒー有難うございました。おいしかったです」
「うん、カップあ流しに置いておいてくれ。終わっていいよ」
「余りやれていなかったと思うんですけど、本当にいいんですか?」
「構わないよ。今日はお試しさ。それにこれから柚の相手があるだろう。ゆっくりしていくといい」
玄は柚が楽しそうにしているのが見られれば十分なのだ。
紫月にバイトをしてもらうことになったものの、本音を言えばバイトをせずに青春を満喫してほしい。
だが紫月が秋津原家に恩を感じていることも知っている。
子供の頃から他人に迷惑をかけない事だけを気にして、家からあまり出ないような子だった。
だからこそ柚が紫月を引っ張りまわすのを良しとした。
出来る事なら柚と紫月にはこのまま結ばれてほしいとすら思う。
(でないと婚期逃しそうだからなぁ)
頭に思い浮かべるのは家でビールを飲みながら笑っている、ボサボサ頭の女性。
流石にあんなふうにはならないと思うが、お兄ちゃん少し心配です。
(あいつも昔はもう少しちゃんとしてたんだがなぁ)
コーヒーを淹れながら、今年紫月たちの担任になったであろう佳奈美の事を思い返していると、
「久しぶり」
本人が店に入ってきた。
あまりのタイミングの良さに驚いてしまったが、お湯を注ぐ手には影響がない。長年続けた賜物だ。
「よぅ、久しぶり。珍しいな、今日は早いんだな」
「そうね。皆下校したし、私の仕事も終わらせたから一服しようと思ってね」
「そうかい。そりゃ選んでもらえて光栄だね」
「まだ似合わないサングラス付けてるんだ」
「まぁな、これは思い出の品だからな」
「コスタリカの友人から貰ったんだっけ?また聞かせてよ」
「はは、こんな話で良かったらいくらでも」
基本的に佳奈美は外食をしないのだが、学生の帰りが早く、自分も早く帰れたことから、いつもと違う事をしようと思って店に寄ったのだった。仕事帰りなのだから当然スーツで、いつものボサボサ頭ではなく。
「普段からそうしていればいいだろうに、勿体ない」
「ま、お姉さんにも色々あんのよ」
「はいはい」
「むっ、なにその投げやりな感じは」
「とりあえずメニューを言ってくれ」
疲れた感じでコーヒーを淹れながら相手をする。
それを見ていた二人。
「なぁ、もう付き合っちまえばいいと思うんだ、あの二人」
「ええ、兄さんも早く決めちゃわないと貰い手がいなくなると思うのよね」
お互いに同じ心配をされていると気づかない兄弟であった。




