60話「ドラゴンブレス」
巨大な雪のゴーレムの平手が、銀竜を叩き潰した。
雪原に、冷たい風が吹き抜ける。
「ドラちゃんやっつけた」
憤然と、ルルイェはつぶやく。
「……誰が誰をやっつけたって?」
「ッ……」
ゴーレムの手のひらを斬り裂いて、ドラゴニアが翼を広げた!
伝説の銀竜が飛翔する。
「人が弱ってるのをいい事に、好き放題やってくれたわね、ルル」
「……」
翼を羽ばたかせ、ゴーレムの肩に乗るルルイェより高い目線で言うドラゴニア。
彼女は力を完全に取り戻していた。
結界が壊されたのだ。
「燃えなさいクソチビ!」
「あわわっ」
フルパワーのドラゴンブレス!
巨大な雪のゴーレムを一瞬で蒸発させ、背後に広がる広大な森を見渡す限り灰に変えた。
しかしルルイェは、どうにか無傷で空に浮かんでいた。
「今のは肩慣らしよ。イジメにイジメて泣かすわ、このクソチビ」
「……泣かないもん」
× × ×
「なんだ今の光」
「なんでございましょうなぁ……」
勇ましく馬を駆っていたボスコンが、表情を硬くする。
「……ドラゴンブレスであろう。伝説通りの凄まじい威力じゃ」
夜空を焼くようなまばゆい閃光に、ライリスのゲボも一瞬で引っ込んだようだった。
という事は、アイシャさんたちは無事で、ガイオーガが結界を破壊したって事だろう。
それは嬉しいが、フルパワーになったドラゴニアがルルイェと戦っているとしたら……。
「……やっぱ恐いから、ここは慎重に行きましょうか」
馬を下りて、危なくないか確かめながらゆっくりと……
「? ボスコン、止まるのじゃ! 何か降ってきおったぞっ!」
ライリスが上を見て叫んだ。
ズドォォォォーーーーーーーン!!!!!
雪がまばらな大地にめり込む勢いで落ちてきたのは、ドラゴニアの巨体だった。
「ドラさん!」
「あそこにおるのは……魔女か?」
ルルイェが遙か上空に浮かんでいた。
愛用の杖を構え悠然と、地面に半分埋まったドラゴニアを見下ろしている。
って事は、結界はまだ壊されていない?
「ざっけんな、絶対泣かす!!!」
ドラゴニアは首を上げて、空に向かってドラゴンブレスを吹いた。
その威力は、以前、ベルゼルムの陣地で見たものと比較にならない。あの時も結界に力を抑えられていたのだ。
「ルルたん逃げろっ!?」
しかし、超高熱線はルルイェの手前でぐにゃりと屈折し、大きな曲線を描いて方向を変え、ドラゴニア自身に向かって降り注ぐ。
「きゃあああっ!?」
自らの最大威力を持つ攻撃を浴びて、ドラゴニアはたまらず悲鳴をあげた。
そこへ、ルルイェが杖を振りかぶって急降下してくる。
危うくドラゴニアがかわした後に、クレーターのような穴が空いた。
「……どうなってんだ? 結界が壊れてドラさんはフルパワーに戻ったんだろう?」
それなのにドラゴニアは、ルルイェに押されっぱなしの防戦一方。繰り出すあらゆる攻撃が曲げられ、跳ね返され、ほとんどなす術がない。
「あわわわ…………に、逃げるのじゃボスコン!!!」
「御意っ」
勇猛果敢な老騎士も、神話レベルの戦いには勇気が挫けたようだ。
俺は馬から飛び降りる。
「タケル!」
「二人はどっか安全なところに避難してて!」
「そなた、どうする気じゃ!」
「わからん!」
二人が止める間もなく、俺は魔女と古竜の戦っている中へ駆け込んでいった。
「ハァ、ハァ…………やっぱり強いわね、ルル。知ってたわ、本当は私よりあなたの方がずっと強いって。そうよ、本気を出したあなたに私じゃかないっこない」
「……」
「だから昔から、あなたをネチネチイジメて苦手意識を植え付けてきたってのに……。タケルのためなら、マジになっちゃうのね」
「……ごめんなさいする?」
「……したらどうする?」
ルルイェは、首を横に振る。
「……許してあげない」
「ムカっ! バーカバーカ、チビルル!」
「……泣かす」
ルルイェの杖の先端が光を集め始めた。
俺の目にも見えるほどの、相当な魔力が集中している。
あれを叩きつけられたら、ドラゴニアといえどひとたまりもないだろう。
「ルルたん!」
やっとふたりのいる場所まで駆けつけた俺は、地面に倒れたドラゴニアの傍へ行き、ルルイェに声をかけた。
「タケタケ……?」
「ルルたん、待てって!」
「生きてた……よかった」
「ああ、生きてるよ。だからもうやめろ! ドラさんも、やめましょう」
俺が割って入った事で、緊張で張り詰めていた場の空気がちぐはぐになる。
気まずいが、それで本気だった空気が少しでも和らげばいい。
「どきなさい、タケル。噛み殺すわよ」
「あんた、まだやる気かよっ!」
「やるわよ、徹底的にね!」
ドラゴニアが叫んだ。
その声圧だけで、俺は吹き飛ばされる。
「いてて……なんでそこまでむきになるんすか!」
限定フィギュアのためじゃないはずだ。
もっと心の深い部分に、本当の理由があるはずだった。
「そんなの決まってるじゃない……」
ドラゴニアは弱気になる。
「ルルが……ルルが…………」
「素直になっちゃいましょう、ドラさん」
それで、ルルイェと仲直りすればいい。
ドラゴニアの本当の願いは、そこにあるはず。
「…………同じヒキコモリ仲間だと思ってたのに、ルルが一人だけ外に出て行こうとするからよおっっ!!」
…………え?
それは、本気のドラゴンブレスを吐くような、心の吐露だった。
オタク友達が急にオタクをやめてリア充目指し始めた、
なんて経験、長年オタクやってれば誰しもあるんじゃないでしょうか?
あの焦り、苛立ち、怒り……どうにかして邪魔してやろうってなりますよね?(ニッコリ)
次回、
61話「最後のエンシェント・ドラゴン」
古き者たちはなぜ去ったのか。重要な事実が語られます。




